王宮からの迎えの馬車が、王都マヴェルを巡っている。
豊かな国だ――とルウルウは感じた。にぎやかな大通り、レンガや石を積んだ家々、豪華な神殿の屋根さえ遠くに見える。
別の馬車に乗ったジェイドたちも、この光景を見ているだろう。なにを感じたか、あとで話したいものだ。
馬車の列が、王宮の門をくぐる。ルウルウは気づかなかったが、破格の待遇だ。身分低き者であれば、貴族であっても王宮の門外で馬車を降ろされる。ルウルウたちにはそれがなかった。
「到着いたしました、ルウルウ殿」
馬車がゆるゆると停車する。扉が開けられ、騎士アッシュが声をかけてくる。馬車から降りると、王宮の姿が目に入る。
「大きい……」
ルウルウは王宮を見上げて感嘆の声を漏らした。
王宮は、白い壁の美しい、壮麗な城だった。前庭は広大で、花々が咲き誇り、噴水からは大量の水が流れ出ている。幅の広い階段が、城の入口へと向かって続いている。階段は白い石を切り出して積んでいるように見える。
「噂に聞くレークフィア王国マヴェル城……すごいな」
「あ、ジェイド」
ルウルウとランダの後方から、ジェイドやカイル、ハラズーンがやってくる。
全員が揃ったところで、アッシュがにっこりと笑って話す。
「我らが王は、一刻も早くご一行に会いたいと仰せです。ですが……」
アッシュの視線が、ルウルウたち全員の衣服に行く。
「お疲れでございましょう。まずは衣装替えと参りましょう」
衣装替え、と言われてジェイドやランダは理解した顔になる。カイルが「やれやれ」と肩をすくめる。あまり理解できていないのは、ルウルウとハラズーンくらいだ。
カイルが言う。
「まぁ……こんな土ぼこりまみれの格好じゃ、王様には会わせられないよね!」
ルウルウたちは厳しい旅の途中だ。衣服は常に汚れてしまっている。宿に泊まれば風呂に入り、洗濯できることもあったが、今は大して清潔な格好でもない。
アッシュが声をひそめる。
「そのようなつもりは……ですが、王宮の中には気難しい貴族がたもおります。きちんとした衣服をまとえば、貴殿らを侮る者もおりますまい」
「きちんとした服の用意、ないけど?」
「ご心配なく。私の用意ではありますが、準備してございます」
ルウルウ一行は、アッシュに連れられて支度部屋へと入った。これもまた、男女で別の部屋に導かれる。
ルウルウとランダが入った部屋には、大きな湯殿がついている。部屋の中で待機していた侍女たちが、ニコニコ笑って近づいてくる。
「お待ちしておりました、勇士様がた」
「この湯殿の湯は、王宮に引かれた温泉でございます。どうぞ心置きなくお楽しみください」
「さぁさぁ、お手伝いいたしますので!」
複数の侍女たちが手を伸ばしてくる。ルウルウは固まり、ランダが苦笑する。
「大丈夫、大丈夫。アタシもルウルウもひとりで出来るって!」
「まぁ、そうおっしゃらず。ご準備をお手伝いせよ、とアッシュ様から言われておりますので……」
あれよあれよと服を持っていかれ、ルウルウとランダは湯殿に入れられた。髪や体も侍女たちにまんべんなく洗われてしまう。そののち、巨大な湯船に浸かって体を温める。
「ああーっ、本当に慣れないねぇ!」
湯船に全身をひたしながら、ランダがぼやいた。
ルウルウはこれまでの旅を思い出す。宿に泊まることがあれば、風呂には入ることができた。といっても、大きな桶に湯を満たして使う程度で、こんな大きな湯船には入ったことがない。
「なんだか……すごいですね、王宮って」
「レークフィアは大きな国だからね。懐具合もいいんだろうさ」
ジェイドたちも、こんな湯殿に入れられているのだろうか。あれこれ世話されながら風呂に入る仲間たちを想像して、ルウルウはすこし笑った。
湯船から上がると、複数の侍女たちが素早く近寄ってくる。ふかふかとした布で全身を拭かれる。そして――。
「では、こちらをお召しください。お手伝いいたします」
有無を言わさず、侍女たちは新しい衣服をルウルウたちに示した。抵抗するひまもなく、ルウルウもランダも着替えさせられる。化粧を施され、髪型も丁寧に整えられる。
ランダは凛とした女騎士風に。
ルウルウは可愛らしい姫君風に。
「な、なんだいこりゃぁ……」
大きな鏡の前で、ランダもルウルウも呆然となる。
ランダはパンツスタイルだが、レースをあしらったブラウスが女性らしい。編み込んで結い上げた髪には、艶やかな宝石の髪飾りが揺れる。
ルウルウはドレスだ。白銀の髪が映えるよう、濃い紫色のローブ型ドレスを着させられている。真珠のついたタージュの杖に合わせるように、真珠を連ねたネックレスが輝いている。
「おお、やはりお似合いですね」
「わっ……!? あ、アッシュ様……」
背後からかけられた声にルウルウは驚く。金髪の騎士アッシュが入ってきていた。
「着心地はいかがですか? どこか苦しくはありませんか?」
「いえ、大丈夫そう……です」
ルウルウはドギマギしながらアッシュに答える。
「ランダ殿もお似合いです。やはり貴殿には女性の騎士風が合っていたようだ」
「そりゃいいんだけどね。どうしてここまでしてくれるのさ?」
「もちろん、当然の礼儀ですので」
アッシュの答えに、ランダが怪訝そうな表情になる。
そこへ、部屋の扉が開いた。カイルが入ってくる。
「うわー! やっぱりルウルウたちも着替えてる! いや、着替えさせられてる!!」
見れば、カイルも洒落た格好になっている。派手な濃い柑橘色の上着に、洒脱な羽飾りを着けた帽子。道化師をモチーフにした貴族の仮装、といった感じだ。
「ねー! ジェイド、ハラズーン! おいでよ! ルウルウたちが!!」
カイルが廊下に呼ばうと、ふたりの男たちも部屋に入ってくる。ジェイドとハラズーンの格好を見て、ルウルウは目を見張った。
「わ……」
ハラズーンは異国風のゆったりした衣に、彼がもとから身につけていたアクセサリーが揺れている。加えて、そのアクセサリーを際立たせるかのように、新たなネックレスや腕輪で飾り立てられている。
ジェイドも異国風だ。しかもハラズーンよりずっと、見たことがないデザインの衣服になっている。直線的な仕立ての衣を、体の前で襟元を合わせて幅広の帯で留めたものだ。黒髪は高く結い上げられ、翡翠色の髪留めをしている。
「まさかこんな格好になるとは……」
ジェイドが
「よいではないか! 我は気に入ったぞ」
「そうか? それはそれでいいが……」
男性陣の変身ぶりに、ルウルウは目を輝かせた。まるで全員が物語の登場人物になったかのようだ。
「すごい……! すごい! かっこいい!!」
盛り上がるルウルウを見て、アッシュが満足げに目を細める。
「ようございました。皆さん、お似合いですよ」
「しかし、なぜ俺にこの衣を?」
ジェイドの問いかけに、アッシュが笑って答える。
「勝手ながら……ジェイド殿は、東方大陸のご出身と拝察いたしました。ですので、このほうが似合うであろうと。ご不快でしたか?」
「いや……」
ジェイドの返答は、彼にしてはどこか歯切れが悪かった。ルウルウは違和感を覚える。彼の出身地――東方大陸で、なにかあったのだろうか。そういえば、ルウルウもジェイドも、ジェイドの過去に踏み込んだ話をしたことがない。
「…………」
いつか聞いてみたい、とルウルウはジェイドの顔を見て思った。