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第1-2話 大都に渦巻く(2)

 王宮からの迎えの馬車が、王都マヴェルを巡っている。


 豊かな国だ――とルウルウは感じた。にぎやかな大通り、レンガや石を積んだ家々、豪華な神殿の屋根さえ遠くに見える。

 別の馬車に乗ったジェイドたちも、この光景を見ているだろう。なにを感じたか、あとで話したいものだ。


 馬車の列が、王宮の門をくぐる。ルウルウは気づかなかったが、破格の待遇だ。身分低き者であれば、貴族であっても王宮の門外で馬車を降ろされる。ルウルウたちにはそれがなかった。


「到着いたしました、ルウルウ殿」


 馬車がゆるゆると停車する。扉が開けられ、騎士アッシュが声をかけてくる。馬車から降りると、王宮の姿が目に入る。


「大きい……」


 ルウルウは王宮を見上げて感嘆の声を漏らした。

 王宮は、白い壁の美しい、壮麗な城だった。前庭は広大で、花々が咲き誇り、噴水からは大量の水が流れ出ている。幅の広い階段が、城の入口へと向かって続いている。階段は白い石を切り出して積んでいるように見える。


「噂に聞くレークフィア王国マヴェル城……すごいな」

「あ、ジェイド」


 ルウルウとランダの後方から、ジェイドやカイル、ハラズーンがやってくる。

 全員が揃ったところで、アッシュがにっこりと笑って話す。


「我らが王は、一刻も早くご一行に会いたいと仰せです。ですが……」


 アッシュの視線が、ルウルウたち全員の衣服に行く。


「お疲れでございましょう。まずは衣装替えと参りましょう」


 衣装替え、と言われてジェイドやランダは理解した顔になる。カイルが「やれやれ」と肩をすくめる。あまり理解できていないのは、ルウルウとハラズーンくらいだ。

 カイルが言う。


「まぁ……こんな土ぼこりまみれの格好じゃ、王様には会わせられないよね!」


 ルウルウたちは厳しい旅の途中だ。衣服は常に汚れてしまっている。宿に泊まれば風呂に入り、洗濯できることもあったが、今は大して清潔な格好でもない。

 アッシュが声をひそめる。


「そのようなつもりは……ですが、王宮の中には気難しい貴族がたもおります。きちんとした衣服をまとえば、貴殿らを侮る者もおりますまい」

「きちんとした服の用意、ないけど?」

「ご心配なく。私の用意ではありますが、準備してございます」


 ルウルウ一行は、アッシュに連れられて支度部屋へと入った。これもまた、男女で別の部屋に導かれる。

 ルウルウとランダが入った部屋には、大きな湯殿がついている。部屋の中で待機していた侍女たちが、ニコニコ笑って近づいてくる。


「お待ちしておりました、勇士様がた」

「この湯殿の湯は、王宮に引かれた温泉でございます。どうぞ心置きなくお楽しみください」

「さぁさぁ、お手伝いいたしますので!」


 複数の侍女たちが手を伸ばしてくる。ルウルウは固まり、ランダが苦笑する。


「大丈夫、大丈夫。アタシもルウルウもひとりで出来るって!」

「まぁ、そうおっしゃらず。ご準備をお手伝いせよ、とアッシュ様から言われておりますので……」


 あれよあれよと服を持っていかれ、ルウルウとランダは湯殿に入れられた。髪や体も侍女たちにまんべんなく洗われてしまう。そののち、巨大な湯船に浸かって体を温める。


「ああーっ、本当に慣れないねぇ!」


 湯船に全身をひたしながら、ランダがぼやいた。

 ルウルウはこれまでの旅を思い出す。宿に泊まることがあれば、風呂には入ることができた。といっても、大きな桶に湯を満たして使う程度で、こんな大きな湯船には入ったことがない。


「なんだか……すごいですね、王宮って」

「レークフィアは大きな国だからね。懐具合もいいんだろうさ」


 ジェイドたちも、こんな湯殿に入れられているのだろうか。あれこれ世話されながら風呂に入る仲間たちを想像して、ルウルウはすこし笑った。


 湯船から上がると、複数の侍女たちが素早く近寄ってくる。ふかふかとした布で全身を拭かれる。そして――。


「では、こちらをお召しください。お手伝いいたします」


 有無を言わさず、侍女たちは新しい衣服をルウルウたちに示した。抵抗するひまもなく、ルウルウもランダも着替えさせられる。化粧を施され、髪型も丁寧に整えられる。


 ランダは凛とした女騎士風に。

 ルウルウは可愛らしい姫君風に。


「な、なんだいこりゃぁ……」


 大きな鏡の前で、ランダもルウルウも呆然となる。


 ランダはパンツスタイルだが、レースをあしらったブラウスが女性らしい。編み込んで結い上げた髪には、艶やかな宝石の髪飾りが揺れる。


 ルウルウはドレスだ。白銀の髪が映えるよう、濃い紫色のローブ型ドレスを着させられている。真珠のついたタージュの杖に合わせるように、真珠を連ねたネックレスが輝いている。


「おお、やはりお似合いですね」

「わっ……!? あ、アッシュ様……」


 背後からかけられた声にルウルウは驚く。金髪の騎士アッシュが入ってきていた。


「着心地はいかがですか? どこか苦しくはありませんか?」

「いえ、大丈夫そう……です」


 ルウルウはドギマギしながらアッシュに答える。


「ランダ殿もお似合いです。やはり貴殿には女性の騎士風が合っていたようだ」

「そりゃいいんだけどね。どうしてここまでしてくれるのさ?」

「もちろん、当然の礼儀ですので」


 アッシュの答えに、ランダが怪訝そうな表情になる。

 そこへ、部屋の扉が開いた。カイルが入ってくる。


「うわー! やっぱりルウルウたちも着替えてる! いや、着替えさせられてる!!」


 見れば、カイルも洒落た格好になっている。派手な濃い柑橘色の上着に、洒脱な羽飾りを着けた帽子。道化師をモチーフにした貴族の仮装、といった感じだ。


「ねー! ジェイド、ハラズーン! おいでよ! ルウルウたちが!!」


 カイルが廊下に呼ばうと、ふたりの男たちも部屋に入ってくる。ジェイドとハラズーンの格好を見て、ルウルウは目を見張った。


「わ……」


 ハラズーンは異国風のゆったりした衣に、彼がもとから身につけていたアクセサリーが揺れている。加えて、そのアクセサリーを際立たせるかのように、新たなネックレスや腕輪で飾り立てられている。


 ジェイドも異国風だ。しかもハラズーンよりずっと、見たことがないデザインの衣服になっている。直線的な仕立ての衣を、体の前で襟元を合わせて幅広の帯で留めたものだ。黒髪は高く結い上げられ、翡翠色の髪留めをしている。


「まさかこんな格好になるとは……」


 ジェイドが面映おもはゆそうに言う。


「よいではないか! 我は気に入ったぞ」

「そうか? それはそれでいいが……」


 男性陣の変身ぶりに、ルウルウは目を輝かせた。まるで全員が物語の登場人物になったかのようだ。


「すごい……! すごい! かっこいい!!」


 盛り上がるルウルウを見て、アッシュが満足げに目を細める。


「ようございました。皆さん、お似合いですよ」

「しかし、なぜ俺にこの衣を?」


 ジェイドの問いかけに、アッシュが笑って答える。


「勝手ながら……ジェイド殿は、東方大陸のご出身と拝察いたしました。ですので、このほうが似合うであろうと。ご不快でしたか?」

「いや……」


 ジェイドの返答は、彼にしてはどこか歯切れが悪かった。ルウルウは違和感を覚える。彼の出身地――東方大陸で、なにかあったのだろうか。そういえば、ルウルウもジェイドも、ジェイドの過去に踏み込んだ話をしたことがない。


「…………」


 いつか聞いてみたい、とルウルウはジェイドの顔を見て思った。

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