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第1-1話 大都に渦巻く(1)

 魔族を退け、竜人谷ルーガノンを出立したルウルウ一行。

 冒険の旅、そのパーティ構成はこうだ。魔法使いルウルウ、剣士ジェイド、道化師カイル、弓手ランダ。そしてそこに、竜人の戦士ハラズーンという新たな仲間が加わった。ハラズーンは竜人谷の王に切望されたが、それを断ってルウルウたちの仲間になった。


 五人はさらに西を目指す。

 西を目指す旅路は厳しかった。ときに魔獣を倒し、ときに魔族を退ける。報酬を得るために、冒険者として依頼を受けることもあった。


 そうこうしていると、噂が生まれる。魔族の王――魔王を退けるため、旅をしている冒険者一行がいる、という噂だ。

 噂の伝達は、ルウルウたちの歩く速度よりずっと速い。魔獣や魔族の暗躍に疲弊していた人々が、希望をこめて噂をする。噂は、西方大陸の大きな話題となっていた。


「この先、大きな街があるそうだ」

「なんて街?」

「マヴェル……この国の王都だ」


 ルウルウ一行は、大陸の西にある大国――レークフィア王国へと至っていた。王都マヴェルに近づくにつれ、道がどんどんよくなっているのを感じる。治安もよく、人々の往来も活発だ。時折、騎馬の人間や大きな荷物を乗せた馬車も行き交っている。


「着いたな」

「おっきーい!」


 ルウルウは目の前の壁を見上げた。王都をぐるりと囲む城壁がそびえている。城壁には東西南北それぞれに大門があり、人々の出入りを監視しているそうだ。


「次! 通行手形をあらためる!」


 王都の東にある大門から、ルウルウたちは街へと入った。昼前の時刻だ。街には活発に人々が行き交っている。幅の広い道は石畳で舗装され、歩きやすい。


「お腹すいたね~」

「ここからどこへ向かう?」

「そうだな、とりあえず冒険者ギルドに――」


 ジェイドたちが相談する中、ルウルウはふと大通りを見る。人々の流れが、左右に割れていくのが見える。カラカラと車輪の回る音がして、馬の鼻息も聞こえる。


「ねえ、ジェイド。あれは……」

「ん?」


 一行が大通りに視線をやる。

 大通りを行き交う人々が割れて、こちらに向かってくる何者かを見ている。壮麗な馬車が二両、多くの護衛に守られながらゆっくり進んでいる。


 馬車を先導する者もいる。白い芦毛の馬に乗った、男性騎士だ。金色の髪をなびかせ、白銀の鎧をまとっている。歳の頃は二十代か、いかにも王宮の華といった様子の美男子だ。


「……どうやら身分の高い人が通るらしいな」

けようかー」


 ルウルウたちも呑気に群衆にまぎれ、馬車の列が通り過ぎるのを待とうとする。

 だが――。


「止まれ!」

「え?」


 ルウルウ一行の前で、馬車の列が止まった。先導していた騎士が馬から降りる。金髪の騎士がルウルウ一行に視線をやると、群衆が思わずといった風に割れる。


「魔法使いルウルウ殿、それに冒険者一同よ」


 軽やかな風を思わせる声で話しかけつつ、騎士がルウルウたちの前にやってくる。


「お待ちしておりました。我らが王、キドワ国王陛下より――お迎えでございます」

「お、お迎え……!?」


 ルウルウたちは目を丸くした。顔を見合わせて、おたがい心当たりがないことを確認する。

 騎士はルウルウたちの当惑を悟ったようで、居ずまいを正す。


「失礼いたしました。私は近衛騎士団にて団長を務めます、アッシュと申します。以後、お見知りおきを」

「騎士団長……」


 ルウルウは小声でカイルに尋ねる。


「騎士団長って……偉い人?」

「近衛騎士団だから……国王に近しい、すっごい偉い人だよ」


 ルウルウはますますわからなくなる。ジェイドが前に進み出た。


「アッシュ殿。国王陛下からのお出迎え、痛み入ります」


 ジェイドがアッシュに答える。否、質問したいという意図が見て取れる。国王が冒険者を待っているなどと、人間の国では考えにくいことだ。


「しかしながら、我らは一介の冒険者。陛下にお会いできる人間だとは……」

「いいえ、ジェイド殿。貴殿らのお働き、ご活躍はすでに陛下のお耳に届いております」


 ジェイドも一瞬驚いたように目を見張った。騎士アッシュがジェイドの名を知っていることに驚いたようだ。おそらくアッシュは全員の名前と特徴を把握しているのだろう。つまりは国王も同じと考えられる。ルウルウ一行は知られている――のだ。


「突然のことに驚かれていらっしゃるでしょうが、どうか。我らが王にお会いくださいませ」


 アッシュは丁寧で柔らかな物腰で、一礼する。その様子は光をまとっているかのようで、物語の中にも出てきそうな色男だ。


「ねぇ、ジェイド。どうするの?」

「……断れないな、これは」


 カイルの問いかけに、ジェイドがわずかに眉を寄せて答える。

 ジェイドはアッシュに向かって、一礼する。


「承りました、アッシュ殿」

「おお、よかった! 感謝いたします」


 アッシュはパッと華やかに笑って、馬車の護衛たちに指示を出す。二両の馬車の扉がそれぞれ開く。護衛たちがルウルウらを促し、男女に分かれて乗ることになる。


「馬車に乗るのは初めてですか、ルウルウ殿?」


 アッシュがにこやかにルウルウに語りかけてくる。ルウルウはうなずいた。


「足元にお気をつけて。ああ、お手をどうぞ」


 ルウルウを馬車に乗せるため、アッシュが手を差し出す。ルウルウは警戒もせず、アッシュの手を取って馬車に乗り込む。アッシュはランダにも同じように手を差し出す。


「……いや、乗れる。大丈夫だよ」


 ランダはアッシュの手を断り、サッと馬車に乗る。ルウルウの隣に座り、ふうとため息をつく。馬車の扉が、護衛たちの手で閉められる。


「ランダさん?」

「どうにもこういう扱いは慣れないね。まるで姫さんだ」

「お姫様……」


 ルウルウは馬車の中を見回した。金塗りに、赤い天鵞絨(ビロード)の布地で飾り立てた車内。ふかふかとクッションの効いた座席。馬車の窓にはまった透明な板は、高価そうなガラス製だ。


 ルウルウは物語を思い出す。師匠タージュの蔵書にあった物語には、こういう馬車もよく出てきた。貴人の姫君が乗るための馬車だ。


「ランダさん……」

「ん、どうした?」

「わたし、ちょっとワクワクします」


 なぜこんなことになっているのか、疑問には思う。それ以上に、ルウルウは胸の高鳴りを覚えていた。


「なんだか……今までとは違う、感じです」

「そうかい? あんまり浮かれるなよ」


 ランダの忠告にうなずきつつ、ルウルウは窓から外を見る。馬車が動き始める。王都の中を周回する大通りをぐるりと回り、王宮へと向かっていった。

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