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第3-4話 王の身(4)

 ジェイドとハラズーンのコンビネーションによって、魔族アルファハは翼を削がれて床に落下した。


 ジェイドがショートソードをアルファハに突きつける。ハラズーンが棍棒を拾って、同じく構える。衛兵たちも槍を手に、アルファハを取り囲んだ。


「あーあ、ここまでか。でもおもしろかっただろう?」

「なにを言う、魔族め。我ら竜人を愚弄しおって!」


 ハラズーンの怒鳴り声を聞いても、アルファハはおかしそうに笑った。


「ははは! だって王が僕に成り代わってても、竜人は誰も気づかなかったよ? 愚かだからもてあそんでやった、それだけさ!」

「魔王がそれを指図したのか?」


 ジェイドが厳しい表情で尋ねる。アルファハが笑って答える。


「どんな王でも、ひとびとは構わない――そうだろ? 魔族と違ってね」

「そんなわけがあるか!」


 ハラズーンが怒鳴る。


「民を苦難の中に置き去りにし、土地を悪しきものであふれさせる! 慈しみではなく、怖れによって支配をする! それのどこが王であるか!」


 ハラズーンの言葉に、ジェイドの黒い瞳がわずかに揺らいだ。


「ハラズーンは気づいていたぞ、アルファハ。だから俺たちを殺そうとしたのだろう?」

「まぁね」


 アルファハはクスクスと笑った。傷を負って苦しそうに息をしているのに、かなり余裕があるような表情だ。


「剣士ジェイド、弓手ランダ、道化師カイル、そして魔法使いルウルウ……」


 アルファハの赤黒い目が、ルウルウたちを見据える。


「魔王様はずっとお待ちでいらっしゃるぞ」

「どういうことだ?」


 ジェイドがさらに尋ねようとした瞬間、アルファハの胸に槍が突き立った。全員がぎょっとして、言葉を失う。槍が飛んできた方向を見る。


「あ、あ、ああ、あアア……」


 槍を投げた若い衛兵が、呆然としている。ガクガクと体を震わせる。


「おい、どうした!?」

「しっかりしろ!」


 周囲の衛兵が近寄った瞬間――若い衛兵の体から、膨大な魔力が放たれる。


「うわぁっ!?」


 衛兵やそばにいた者たちが吹き飛ばされる。魔力を帯びた若い衛兵の体が、空中へと浮かぶ。明らかに竜人ができる芸当ではない。


『忠実なるしもべ、アルファハ。ご苦労であった』


 若い衛兵の口から、地の底から響くような声がする。明らかに彼自身の声ではない。


「まさか……魔王!?」


 カイルがすくみあがりながら言う。ルウルウもハッとする。全員が、空中に浮かぶ竜人――否、魔王の姿を見る。誰も動けない。まるで魔法にかかったかのようだ。


「おお……魔王様……」


 魔族アルファハが、恍惚とした表情で魔王を見る。口から血を吐いて、陶然と腕を伸ばした。


「我があるじ、我が王……いかがでしたか?」

『よくやった、アルファハ』


 魔王はアルファハに向かって、にっこりと笑んで見せた。


『おもしろかったぞ――』

「黙れ!」


 魔王に向かって毅然と叫んだ者がいる。ジェイドだ。ショートソードを魔王に向け、鋭い視線を投げかける。ルウルウをかばうように彼女の前に立つ。


「魔王め、人々をもてあそんでなにがおもしろい!?」

『ほう』


 魔王の目が、揺らめく。ジェイドの言葉に興味を惹かれたようだ。


『答えてやろう、剣士ジェイド』

「…………」

『この世は当然、王の道化師である』


 王者を楽しませるためだけの装置――道化師。魔王はこの世すべてがそうである、と言っている。しかもジェイドの名を知っている。おそらく魔王は全員の名を知っている。その事実が、ルウルウたちの心に硬い氷をすべらせたかのような冷たさをもたらす。


「ふざけるな!」


 ジェイドの怒りがこもった怒鳴り声が、ぞっとする気配を振り払う。


「貴様の悪意、必ず退け、償わせてみせる!」

『ほう――それはそれは』


 ジェイドの言葉に、魔王が楽しげに笑う。


『おもしろい、ではないか』


 ジェイドが床を蹴った。空中に浮かぶ魔王へと、剣を投擲しようとして――。


『ひざまずけ』


 魔王がひとこと、言った。

 ズン、と全員の体が重くなる。その重さに耐えきれず、全員が床に倒れ伏す。


「く、あ……!」


 ジェイドも膝を折り、床に倒れる。体が重い。

 ルウルウたちも当然、床に倒れ伏す。全身に、まんべんなく鉄を乗せられたかのような重みがある。指一本、上げられない。


「なんだ、これ……!?」

「か、体が重い……っ!」


 ルウルウは必死で頭を動かし、ジェイドを見る。

 ジェイドは剣を床に立て、それを杖のようにつかんで立ち上がろうとしている。重く、言うことを聞かない体を、精神力だけで持ち上げようとする。


「う、お、お……!」

『おもしろい、よいぞ、よいぞ』


 空中に浮かぶ魔王が、コロコロと笑う。全員をもてあそび、楽しんでいる。ひとしきり笑ったのち、魔王はルウルウに視線をやる。


『魔法使いルウルウ、聖杯の魔女タージュの弟子よ』

「……っ!?」

『私は楽しみにしているぞ。そなたと会う日を――』


 魔王がそう言うと、全員の体がフッと軽くなる。空中に浮かんでいた魔王――否、竜人の体がドサリと床に落ちる。


「……っ、はぁ……!」


 ルウルウは大きく息を吐いた。心臓がバクバクと強く打っている。冷や汗が全身を伝い、恐怖を示していた。

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