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第3-3話 王の身(3)

 竜人の王――竜王が苛立っている。

 周囲の衛兵や侍従、侍女たちは、竜王の苛立ちに内心ヒヤヒヤしている。下手なことでさらに機嫌を損ねれば、自分の身も危ういやもしれない――そういう空気が漂っている。


「ええい、ハラズーンめらはまだ見つからぬのか!」


 竜王の館、その玉座の間で竜王は怒鳴った。手に持っていた酒坏を、床に投げつける。貴重なガラス杯がパン! と割れて、侍女たちがすくみ上がる。


『ふ、ふ、ふ……』


 不意に、不敵な笑い声が玉座の間に響く。全員があたりを見回す。だが誰かが笑っているわけではない。地の底から、くぐもった笑い声が昇ってくる。


「な、なんだ、この笑い声は……?」

『竜王よ、いや、王の偽物よ、覚悟するがよい!』


 何者かがそう言うと――玉座の間の中央部の床から、煙が上がる。石畳のすきまから、白い煙が立ち昇ってくる。


「なんだ、この煙は!?」


 竜王が訝しがると同時に、玉座の間の床――その一部が引き戸のように左右に開いていく。開いて見えたのは、四角く深い穴だ。そこから大量の煙が上がり、全員が呆気にとられる。


 床に開いた穴の底から、別の床がせり出してくる。つまりは昇降装置だ。上がってくる昇降装置に、ハラズーンが乗っている。手には、華麗な装飾の王冠を持っている。


「ハァッ!」


 ハラズーンは、昇降装置が上がり切る前に床を蹴った。煙で全員が惑っているあいだに、竜王へと肉薄する。


「く、く、来るなァァァァァ!」


 竜王が叫んだ。衛兵たちが前に出ようとするが、ハラズーンの方が速い。ハラズーンは王冠を竜王の頭部へと叩きつけるように載せた。


「な、なんだ……!?」


 竜王の頭に載った、華麗な王冠。あしらわれた赤い宝石が、みるみるうちに緑色に変化していく。竜血石――邪悪なものを知らせる宝石が、まさに竜王の正体を示している。


「なんだ、なんだ、やめよ、やめよ!」

「皆の者、見よ! この者は我らの王ではないぞ!」


 ハラズーンの宣言に、竜人たちは混乱したように顔を見合わせる。


「これなるは聖なる王冠、竜血石を散りばめし竜鱗の王冠である! この者が王であれば、赤く輝き祝福を与えるが――」

「やめよ、ハラズーン!!」

「いまや竜血石は緑色! この者は邪悪なる魔族の手先である!!」


 ざわ、と竜人たちがどよめいた。

 昇降装置のあたりから湧いていた煙が、晴れていく。そこに複数人が立っている。


 ルウルウたちだ。厳しい表情で、緑色の王冠をつけた竜王を見据える。ルウルウ、カイル、ランダ、ジェイド――そして、年老いた竜人がジェイドに支えられている。


「り、竜王様!?」

「竜王様がふたりいる!?」


 ジェイドが支えていた竜人を見て、周囲がさらにざわめく。エメラルドグリーンの鱗に、白い毛が生えた体――玉座にいる竜王にそっくりだ。ジェイドに支えられた老竜人は、玉座を指で示す。


「皆の者、騙されてはならぬ……」


 衰弱しているのだろう、出るのはかすれた声だ。それでも老竜人は、その場にいる全員に告げる。


「その者は、魔族である。余に姿を似せ、余と成り代わっておった……!」


 老竜人がそう言うと、竜王は王冠をつかみ、床へと叩きつけた。緑色の宝石が、王冠から落ちて床に散らばる。玉座から空中へと舞い上がる。その場にいる全員が、竜王だった存在を見上げる。


「ククク、バレちゃぁしょうがない」


 老竜王だった者の顔がぐにゃりと歪み、人間に似た顔に変化する。竜人でないのは明らかだ。背中にはコウモリに似た翼が生えている。人間でもないのが明らかだ。

 そう、竜王だと皆が思っていた者は――魔族であった。


「あーあ、もうちょっとだったのになァ。ハラズーン、お前、竜王を殺さなかったのか」

「竜王に呪いをかけ、ゴーレムの核に変化させるなぞ……手の込んだことをしおって!」


 ハラズーンが棍棒メイスを魔族に向ける。


「貴様、何者だ!?」

「僕か。僕は魔王様の忠実なるしもべ、アルファハ」


 魔族がアルファハと名乗った瞬間、ランダが矢を放った。アルファハは空中でひょいと矢を避けた。パチンと指を鳴らす。


 魔族の指の音が、玉座の間に響いたとき――数人の侍従たちに変化が起こった。肉体が急速に縮み、小さなトカゲのような姿になってしまう。ゴーレムの核に変化していく。

 ルウルウがハッとして叫ぶ。


「ランダさん! 魔族を狙い続けて!」

「あいよ!」


 ランダが矢を弓につがえ、放つ。魔族アルファハは矢を避けてしまうが、チッと舌打ちするのが見て取れた。


「小賢しいなぁ、魔法使いルウルウ! 詠唱を止めようだなんて!」


 アルファハはルウルウを知っているようだ。しかもルウルウの意図に気づいている。


「でも無駄さ! ここでは雷の魔法は唱えられない!」


 ルウルウは内心ドキリとした。

 空中に浮いているアルファハを攻撃するには、雷を呼ぶ魔法が有効打に思える。だが岩を削り出したようなこの建物の中では無理だ。魔法で館が壊れれば、みな生き埋めになってしまう。


「そうか、魔法は無理か。ハラズーン!」


 ジェイドがハラズーンに視線をやる。ハラズーンがうなずき、棍棒を手放す。大きな両手を重ねて、前に出す。


「――来い、ジェイド!」


 ジェイドがハラズーンに向かって駆け出す。ハラズーンの前で床を蹴り、彼の手に足を乗せた。ハラズーンの太い両腕がうなり、ジェイドを空中へと投げ上げる。


「な……っ」

「覚悟しろ」


 アルファハよりも高く、ジェイドの体が舞い上がる。ショートソードが閃き、ジェイドが落下する重さを加えて、アルファハを斬りつける。


「ギャアァァッ!?」


 アルファハは空中でバランスを崩した。コウモリのような翼を深く傷つけられ、玉座の間の中心へと落下する。同時にジェイドが床へと舞い降りた。

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