地下迷宮の最下層――宝蔵に至る部屋で、ルウルウ一行は巨大なゴーレムと対峙していた。見上げるほどの大きなゴーレムが魔法陣の中心に現れる。
「チッ!!」
ランダが一番早く反応した。矢を弓につがえ、放つ。矢はゴーレムの左胸へと吸い込まれ――鋭い音を立てて、弾かれた。
「ダメだ、硬すぎる!」
「下がれ! ヤツの間合いに入るな!」
ジェイドが素早く指示を出し、ルウルウとカイルはあわてて下がる。ランダも下がる。発光する魔法陣の中は、ゴーレムの腕が届く位置だ。拳が飛んでくれば、ひとたまりもない。
「あれなに、ルウルウ!?」
「たぶん、ゴーレムを呼び出す召喚魔法だと思う!」
「ゴーレム、あんなにでっかいの!?」
カイルが叫ぶと同時に、ゴーレムが右拳を振り上げた。最も近くに立つハラズーンに向けて、大きな拳を振り下ろす。ハラズーンが避けると、ゴーレムの拳は石床を砕いてめり込んだ。
「ぬん!」
ハラズーンが床にめり込んだゴーレムの拳に、
「おっとぉ!」
ハラズーンは数歩たたらを踏んだ。そこにゴーレムの左拳が襲いかかる。ハラズーンは素早く避けるが、また床にゴーレムの拳がめり込む。石畳が砕ける。
ゴーレムの動きは緩慢だ。だがパワーは桁違いに強い。一発でも当たれば、やすやすと骨が砕けてしまうだろう。
「ハラズーン!」
「ううむ、肉弾戦では無理があろうというもの」
「どうする?」
「やはり核をなんとかするしかあるまい」
ジェイドとハラズーンが狙うべき場所を決める。ゴーレムの核――強大な土人形の弱点だ。そこを破壊すれば、ゴーレムは停止する。よく知られた方法だ。
「わかった、アタシがやる。ジェイドとハラズーンは、あいつを上手く引きつけてくれ!」
巨大なゴーレムの額を狙う――ランダの弓なら可能だろう。ジェイドとハラズーンがうなずいて武器を構え、ゴーレムに向かっていく。ふたりの男がゴーレムを惑わせ、額を無防備にする。
「よし……そのまま!」
ランダが矢をつがえ、放とうとしたそのとき。
――タスケテ、クレ。
ルウルウの耳に、なにかが聞こえた。仲間たちの誰の声でもない、と感じると同時にルウルウはゴーレムの額に意識が引き寄せられる。
「あ……だ、だめ!!」
ルウルウは反射的にランダの腕にすがりついた。驚いたランダの狙いが外れ、矢があさっての方向に飛んでいく。
「な、なにすんだい、ルウルウ!?」
「ダメです! 壊しちゃダメ!! 助けを求めてる! ゴーレムが!!」
ルウルウは必死で叫んだ。あのゴーレムの核が、助けを呼んでいる――そう感じ取れた。だがランダたちは困惑する。
「なに言ってんだい!? ゴーレムがどうして助けを求めるのさ!」
「でも……助けて、って言ってるんです!!」
「どうしちゃったのさ、ルウルウ!」
ランダを離さないルウルウに、カイルがあわてて近づく。カイルがルウルウをなだめようとするが、ルウルウはランダの腕を離さない。
「どうにかして……あの核を助けないと!」
「ああもう、わかったわかった! 離しなって!」
ランダが弓矢を下ろし、ルウルウもやっと離れた。ジェイドとハラズーンが戻ってくる。
「ルウルウ、どうした?」
「ジェイド、あの核……壊さずに取り出せないかな!?」
「壊さずに?」
「どういうことだ、魔法使いよ」
「助けを求めてるんです! ただの核じゃない!」
ルウルウは拙いながら直感したことを話す。
「もしかしたら、誰かが姿を核に変えられてるのかも……!」
「ふむぅ……」
ハラズーンがゴーレムを見る。
ゴーレムは床にめり込んだ拳を引き抜いたところだった。緩慢な動きで頭を動かし、あたりを見回している。ゴーレムの眼は生き物のそれとは違うだろうが、こちらを探しているのがわかった。
「魔法使いよ、ヤツの足元をすくえるか?」
「足元、ですか?」
「すべらせても、破壊してもよい。ひっくり返して、頭を無防備にさせたい」
ハラズーンの提案に、ルウルウは素早く考える。雷鳴を呼ぶ魔法を使えば、足を破壊することはできると思った。だが普段と異なる杖では、魔法の制御が上手くいくかどうかはわからない。
「やってみます……いえ、やります!」
「ルウルウ、大丈夫か?」
ジェイドが心配そうにルウルウに尋ねる。ルウルウはニッと笑って見せた。
「わたし、がんばる!」
ルウルウは不安を払うように、仮の杖をギュッと握りしめる。タージュの杖ではない、ただの木の棒――いまはこの杖に頼るしかないのだ。それでも上手くやるしかない。
「詠唱をします。皆さん、離れていてください!」
ルウルウ以外の全員が、後方に下がる。ルウルウはゴーレムと対峙する。ずんぐりとした竜人型のゴーレムが、ルウルウの方を見据えるように動きを止めた。
「いまだ……! 水よ、この世をあまねく閉ざす黒雨となるものよ……!」
ルウルウは魔法の詠唱を開始する。体の中で魔力を編み上げていく。
一方のゴーレムは、詠唱を知ってか知らずか、巨大な体を大きく揺らした。まるで威嚇するような動きののち、ゆっくりとルウルウに向かって進み始める。
ゴーレムの速度が上がる。確実に距離が詰まっていく。ゴーレムの腕が振り上げられる。
「我が願いに応え、
ルウルウは杖をゴーレムに向かって突き出した。体内で編み上がった魔法が発動し、杖を伝って放たれる。閃光と轟音があたりを貫き、雷の衝撃がゴーレムの両脚を吹き飛ばす。
巨石の砕けるような音とともに、ゴーレムは床に倒れた。迷宮が揺れる。
「よぉし、よくやった魔法使いよ!」
ハラズーンが前へ躍り出た。大きな歩幅でゴーレムに走り寄る。倒れてもがくゴーレムの顔に登る。ゴーレムの顔が、ハラズーンの足がかかると少し崩れた。
「気をつけてください! 壊さないで!」
「わかっておる。このハラズーンに任せよ、魔法使いよ!」
ハラズーンは自信満々に答えると、核のすぐそばをメイスで叩いた。ボコリ、とゴーレムの顔が崩れて、核ごと土の塊が取れる。
「剣士よ、受け取れ!」
「おう!」
ハラズーンが核のついた
「ルウルウ、あとはどうする?」
「えっと……」
ルウルウはジェイドの手元を見る。ゴーレムの核――小さなトカゲが、土塊に張りついている。トカゲの丸い目が、ルウルウの目と合う。トカゲの目に確かな意思を感じて、ルウルウはドキリとした。少し怖い。
「大丈夫、もう大丈夫だから……」
ルウルウはトカゲに語りかける。土塊に張りついたトカゲの背中を優しく撫でる。これは魔獣とは異なる、頼りない命だと感じた。
「あの、ハラズーンさん!」
ルウルウはハラズーンの方を見た。彼の足元にあるゴーレムの巨体が、モロモロと崩れていく。砂山のようになったゴーレムの体の上で、ハラズーンがよろめいて踏ん張る。
「おっとっと、どうした?」
「宝蔵の中になにか……、呪いを解くアイテムはありませんか?」
「ほほう、そうだな」
ハラズーンは砂山から下りて、顎を撫でる。
「秘薬があるはずだ。竜血石をいにしえの魔法で溶かし込んだ、聖なる水薬だ」
「呪い、解けますか?」
「邪なる呪いであれば、祓えるであろう」
ハラズーンの答えに、ルウルウはホッとした。事態が打開できそうだ――と思う。
「では……宝蔵に入りましょう! 魔を打ち倒すために!」
ルウルウの言葉に、全員がうなずいた。