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第3-2話 王の身(2)

 地下迷宮の最下層――宝蔵に至る部屋で、ルウルウ一行は巨大なゴーレムと対峙していた。見上げるほどの大きなゴーレムが魔法陣の中心に現れる。


「チッ!!」


 ランダが一番早く反応した。矢を弓につがえ、放つ。矢はゴーレムの左胸へと吸い込まれ――鋭い音を立てて、弾かれた。


「ダメだ、硬すぎる!」

「下がれ! ヤツの間合いに入るな!」


 ジェイドが素早く指示を出し、ルウルウとカイルはあわてて下がる。ランダも下がる。発光する魔法陣の中は、ゴーレムの腕が届く位置だ。拳が飛んでくれば、ひとたまりもない。


「あれなに、ルウルウ!?」

「たぶん、ゴーレムを呼び出す召喚魔法だと思う!」

「ゴーレム、あんなにでっかいの!?」


 カイルが叫ぶと同時に、ゴーレムが右拳を振り上げた。最も近くに立つハラズーンに向けて、大きな拳を振り下ろす。ハラズーンが避けると、ゴーレムの拳は石床を砕いてめり込んだ。


「ぬん!」


 ハラズーンが床にめり込んだゴーレムの拳に、棍棒メイスを振り下ろす。ガキィン! と硬質な音が響き、ハラズーンのメイスが弾き返される。


「おっとぉ!」


 ハラズーンは数歩たたらを踏んだ。そこにゴーレムの左拳が襲いかかる。ハラズーンは素早く避けるが、また床にゴーレムの拳がめり込む。石畳が砕ける。

 ゴーレムの動きは緩慢だ。だがパワーは桁違いに強い。一発でも当たれば、やすやすと骨が砕けてしまうだろう。


「ハラズーン!」

「ううむ、肉弾戦では無理があろうというもの」

「どうする?」

「やはり核をなんとかするしかあるまい」


 ジェイドとハラズーンが狙うべき場所を決める。ゴーレムの核――強大な土人形の弱点だ。そこを破壊すれば、ゴーレムは停止する。よく知られた方法だ。


「わかった、アタシがやる。ジェイドとハラズーンは、あいつを上手く引きつけてくれ!」


 巨大なゴーレムの額を狙う――ランダの弓なら可能だろう。ジェイドとハラズーンがうなずいて武器を構え、ゴーレムに向かっていく。ふたりの男がゴーレムを惑わせ、額を無防備にする。


「よし……そのまま!」


 ランダが矢をつがえ、放とうとしたそのとき。


 ――タスケテ、クレ。


 ルウルウの耳に、なにかが聞こえた。仲間たちの誰の声でもない、と感じると同時にルウルウはゴーレムの額に意識が引き寄せられる。


「あ……だ、だめ!!」


 ルウルウは反射的にランダの腕にすがりついた。驚いたランダの狙いが外れ、矢があさっての方向に飛んでいく。


「な、なにすんだい、ルウルウ!?」

「ダメです! 壊しちゃダメ!! 助けを求めてる! ゴーレムが!!」


 ルウルウは必死で叫んだ。あのゴーレムの核が、助けを呼んでいる――そう感じ取れた。だがランダたちは困惑する。


「なに言ってんだい!? ゴーレムがどうして助けを求めるのさ!」

「でも……助けて、って言ってるんです!!」

「どうしちゃったのさ、ルウルウ!」


 ランダを離さないルウルウに、カイルがあわてて近づく。カイルがルウルウをなだめようとするが、ルウルウはランダの腕を離さない。


「どうにかして……あの核を助けないと!」

「ああもう、わかったわかった! 離しなって!」


 ランダが弓矢を下ろし、ルウルウもやっと離れた。ジェイドとハラズーンが戻ってくる。


「ルウルウ、どうした?」

「ジェイド、あの核……壊さずに取り出せないかな!?」

「壊さずに?」

「どういうことだ、魔法使いよ」

「助けを求めてるんです! ただの核じゃない!」


 ルウルウは拙いながら直感したことを話す。


「もしかしたら、誰かが姿を核に変えられてるのかも……!」

「ふむぅ……」


 ハラズーンがゴーレムを見る。

 ゴーレムは床にめり込んだ拳を引き抜いたところだった。緩慢な動きで頭を動かし、あたりを見回している。ゴーレムの眼は生き物のそれとは違うだろうが、こちらを探しているのがわかった。


「魔法使いよ、ヤツの足元をすくえるか?」

「足元、ですか?」

「すべらせても、破壊してもよい。ひっくり返して、頭を無防備にさせたい」


 ハラズーンの提案に、ルウルウは素早く考える。雷鳴を呼ぶ魔法を使えば、足を破壊することはできると思った。だが普段と異なる杖では、魔法の制御が上手くいくかどうかはわからない。


「やってみます……いえ、やります!」

「ルウルウ、大丈夫か?」


 ジェイドが心配そうにルウルウに尋ねる。ルウルウはニッと笑って見せた。


「わたし、がんばる!」


 ルウルウは不安を払うように、仮の杖をギュッと握りしめる。タージュの杖ではない、ただの木の棒――いまはこの杖に頼るしかないのだ。それでも上手くやるしかない。


「詠唱をします。皆さん、離れていてください!」


 ルウルウ以外の全員が、後方に下がる。ルウルウはゴーレムと対峙する。ずんぐりとした竜人型のゴーレムが、ルウルウの方を見据えるように動きを止めた。


「いまだ……! 水よ、この世をあまねく閉ざす黒雨となるものよ……!」


 ルウルウは魔法の詠唱を開始する。体の中で魔力を編み上げていく。


 一方のゴーレムは、詠唱を知ってか知らずか、巨大な体を大きく揺らした。まるで威嚇するような動きののち、ゆっくりとルウルウに向かって進み始める。

 ゴーレムの速度が上がる。確実に距離が詰まっていく。ゴーレムの腕が振り上げられる。


「我が願いに応え、水神鳴みずがみなりの奇跡を示せ!」


 ルウルウは杖をゴーレムに向かって突き出した。体内で編み上がった魔法が発動し、杖を伝って放たれる。閃光と轟音があたりを貫き、雷の衝撃がゴーレムの両脚を吹き飛ばす。


 巨石の砕けるような音とともに、ゴーレムは床に倒れた。迷宮が揺れる。


「よぉし、よくやった魔法使いよ!」


 ハラズーンが前へ躍り出た。大きな歩幅でゴーレムに走り寄る。倒れてもがくゴーレムの顔に登る。ゴーレムの顔が、ハラズーンの足がかかると少し崩れた。


「気をつけてください! 壊さないで!」

「わかっておる。このハラズーンに任せよ、魔法使いよ!」


 ハラズーンは自信満々に答えると、核のすぐそばをメイスで叩いた。ボコリ、とゴーレムの顔が崩れて、核ごと土の塊が取れる。


「剣士よ、受け取れ!」

「おう!」


 ハラズーンが核のついた土塊つちくれを、ジェイドに投げる。ジェイドが素早く踏み込んでキャッチする。ルウルウのもとへジェイドが戻ってくる。


「ルウルウ、あとはどうする?」

「えっと……」


 ルウルウはジェイドの手元を見る。ゴーレムの核――小さなトカゲが、土塊に張りついている。トカゲの丸い目が、ルウルウの目と合う。トカゲの目に確かな意思を感じて、ルウルウはドキリとした。少し怖い。


「大丈夫、もう大丈夫だから……」


 ルウルウはトカゲに語りかける。土塊に張りついたトカゲの背中を優しく撫でる。これは魔獣とは異なる、頼りない命だと感じた。


「あの、ハラズーンさん!」


 ルウルウはハラズーンの方を見た。彼の足元にあるゴーレムの巨体が、モロモロと崩れていく。砂山のようになったゴーレムの体の上で、ハラズーンがよろめいて踏ん張る。


「おっとっと、どうした?」

「宝蔵の中になにか……、呪いを解くアイテムはありませんか?」

「ほほう、そうだな」


 ハラズーンは砂山から下りて、顎を撫でる。


「秘薬があるはずだ。竜血石をいにしえの魔法で溶かし込んだ、聖なる水薬だ」

「呪い、解けますか?」

「邪なる呪いであれば、祓えるであろう」


 ハラズーンの答えに、ルウルウはホッとした。事態が打開できそうだ――と思う。


「では……宝蔵に入りましょう! 魔を打ち倒すために!」


 ルウルウの言葉に、全員がうなずいた。

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