目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第3-1話 王の身(1)

 ルウルウ一行は、竜王の追求を逃れ、地下迷宮へと足を踏み入れた。竜人ハラズーンが言うには、迷宮の奥に宝蔵があり、聖なる王冠があるという。聖なる王冠は魔族を暴き退ける力がある――そういう話だった。


 ハラズーンの雑な案内を受けながら、ルウルウたちは地下迷宮を進むしかなかった。

 テンタクルスの潜む階段を抜け、左右から迫る壁から逃れ、大量のスパイダーをかいくぐった。罠や魔獣を突破して、ルウルウたちはついに最も下に位置する階層へとやってきた。


「ゼェゼェ……こ、ここが宝蔵のある階層……?」


 カイルが息を切らす。ルウルウも同じような状態だ。何度も広い階層と階段を走ったため、疲れが出ている。ジェイドがひとつ息を整える。


「だが、宝蔵ともなれば無防備ではないのだろう?」


 ジェイドの問いかけに、ハラズーンがうなずいた。


「うむ、ゴーレムの守護がいるに違いないだろう」


 ゴーレム――土を練って造る、半人造の魔獣だ。人型に練った土に、魔獣の核を入れると巨大化して動き出す。亜人たちが護衛などに使うことがあるという。


「第二の神の被造物たる亜人われらが、神を真似て造り出すもの……それがゴーレムだ」


 ハラズーンはそう言いながら、前へと進んでいく。魔法の火が宿る松明をかかげ、前方を照らす。その光に反応するように、壁に明かりがいくつも灯っていく。階層全体を照らすように、明かりが光った。


 ひたすら広い部屋の奥に、小さな扉が見える。黄金と赤い宝石で彩られた、豪華な扉だ。ハラズーンの言う、宝蔵の扉で間違いない。


 その扉の手前に、大きな円陣が描かれている。白い石畳の床に、紺色の染料で描かれているようだ。幾何学模様が丸く配置された、なんらかの魔法陣のように見える。


「む、なんだこれは……?」


 ハラズーンが立ち止まる。困惑しているような表情だ。

 ジェイドが尋ねる。


「どうした?」

「……このような魔法陣は見たことがない」


 竜人ハラズーンはこの迷宮に詳しかった。だが初めて、見知らぬものに出会ったらしい。魔法陣を見て、首をひねっている。


 目の前に広がる、大きな魔法陣。宝蔵の扉に至るには、避けて通れないほどの大きさと緻密さだ。前に進めば、必ず陣のどこかを踏むことになるだろう。


「ううむ、ゴーレムもおらぬようだし、一体どうしたことだ?」

「前に進めない……ってこと?」


 カイルとルウルウは顔を見合わせた。ランダが短髪の頭を掻いて、ため息をつく。


「ルウルウ。アンタ、この魔法陣わからないかい?」

「え、ええと……」


 ルウルウが困ったようにジェイドを見ると、ジェイドもひとつうなずく。

 ルウルウは慎重に前へ出た。魔法陣を踏まないように、全体像を把握しようとする。だが大きすぎて、扉の前に近い部分はよく見えない。


「うーん、なにかを呼び出すものだとは思うのですが……」

「呼び出す?」

「はい、ここにはいない存在ものをここに呼び出す……召喚魔法で使う陣に似ています」


 ルウルウが記憶から引き出した魔法は、召喚魔法と呼ばれるものだった。術者のいる場所にいない存在を引き寄せて呼び出す――かなり難しい魔法のはずだ。


「でも、術者がいないのですから……動かないのかも?」

「そうなのか、魔法使いよ?」

「はい、魔法陣を描いたあとは、なにか呪文を唱えたりしないといけないんです」


 ハラズーンの問いに、ルウルウは答えた。


「な~んだ、じゃあここなにも起こらないってこと?」


 カイルが安心したように言って、扉の方向を見る。黄金の扉が、明かりに照らされてキラキラと輝いている。


「さっさと宝蔵を開けて、竜鱗の王冠を取ってこようよ」

「うむ、ここでいつまでもグズグズはできぬ」


 ハラズーンを先頭に、全員が魔法陣の上を通っていく。とはいえ――魔法陣の描かれていない部分を慎重に踏みつつ、おっかなびっくり前へと進む。

 ルウルウは歩きながら、師匠タージュの言葉を思い出していた。


 タージュによれば召喚魔法は難しいのだという。

 なぜなら、呼び出す相手をどこに居させるかが難しいらしい。呼び出したところで相手が応じなければ、召喚魔法は失敗する。そのため、亜空間に相手を閉じ込めて呼び出せるようにする術者もいる。


(亜空間とは、宝石の中だったり、壺の中だったりする。とても狭い場所だと……)


 ルウルウは魔法陣の真ん中まで来た。ふと上を見上げると、なにかが揺れている。目をこらすと同時に、揺れていたものが落下してくる。


「きゃあっ!?」


 ――ガチャーン!


 ルウルウが一歩下がると同時に、落下してきたものが床にぶつかって割れる。焼き物の破片と、中身の液体がぶちまけられる。

 全員がルウルウを振り返り、身構える。


「大丈夫か、ルウルウ!?」

「う、うん! 当たらなかった!」


 ジェイドの言葉にルウルウが答える。ランダがぶちまけられた液体を見る。


「なんだいこりゃ、酒か?」


 たしかに、液体からは酒のような匂いが立っている。ハラズーンが鼻を鳴らす。


「ふむぅ、これは……王族の酒だな」

「王族の酒……というと?」

「竜王とその身内のみが飲むのを許される、強い酒だ。なにゆえ罠のように吊ってあったのか……」


 ぽわ、とあたりが明るくなった。壁の明かりが強まったのではない。石の床が発光している――否、魔法陣が発光している。酒が魔法陣の線に交わり、そこが光っている。


「……あ」


 ルウルウがハッとする。酒を入れていた焼き物が落下したところで、なにかが蠢いている。酒の中に閉じ込められていたものが、うぞうぞと動いている。それはトカゲのような姿をした小動物のようで――ルウルウと、目が合った。トカゲの口がモゴモゴと動く。


「まさか、呪文を!?」


 ルウルウは叫んだ。小さなトカゲが呪文を唱えている――そう感じると同時に、魔法陣全体が発光する。全員が身構える。魔法陣の線から膨大な魔力が放たれ、小さなトカゲへと集約されていく。


 トカゲを核のようにして、魔力が編み上がり――姿を変えていく。それは巨大な竜人だった。石で作り上げたような肉体に、同じく石で組んだような鎧をまとっている。鎧のすきまからは白い毛が長く伸びて、装飾のようだ。額となるあたりに、トカゲが紋章のように張り付いている。


 竜人型の巨大ゴーレム。全員がそう理解した。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?