ジェイドは地下迷宮について、ハラズーンに尋ねる。知らないままでは、仲間たちを危険にさらす――そういう判断だ。
「魔獣のことはわかった。あとは罠だ」
「うむ、それは――」
ハラズーンが説明しようとしたそのとき。
――カチリ。
なにかがはまった音がした。全員が音の方――カイルを見る。カイルの右足の下で、タイルが一段へこんでいる。
「ひ……っ」
「足を上げるな!」
カイルが悲鳴を上げて足を上げようとしたが、ハラズーンが制する。カイルは彫像のように固まった。
「ね、ねねねね……これ、罠……?」
「ああ、そのまま動くでないぞ」
ハラズーンが素早くあたりを見回す。なにも起こらない。
「この階層の罠は、踏んで足を上げた瞬間に飛んでくるはずだ。足を上げなければ、しばらくは安全なはず」
「ぼぼ、僕、死ぬ……!?」
カイルが卒倒しそうになり、それをルウルウがあわてて支える。
「案じるな。せいぜい半殺しになるだけだ」
「なんでさーっ!?」
「大怪我をさせて、盗賊たちを撤退させるのが罠の狙いである」
ハラズーンがあっさりと言う。ジェイドが少し考える。
「なるほど、複数人の盗賊から怪我人を出させて、怪我人を介抱しながら逃げるようにしてあるのか」
「そうだ。怪我人の介抱には、どうしても複数の人数がいるからな」
うんうん、とうなずくジェイドとハラズーンを見て、カイルが悲鳴を上げた。
「呑気に理解してないでーっ!! 助けてよぉー!!」
「カイル、落ち着いて……!」
ルウルウがカイルをなだめる。ランダが苦笑した。
「冗談はここまで。で、どうやって罠を回避すりゃいいんだい?」
「そうだな、少し待たれよ」
ハラズーンが数歩、ルウルウたちから離れる。
――カチリ。
ハラズーンの足元で音がした。彼の足元も、一段沈み込む。罠を踏んでいる。
全員が驚きとともに悪寒に襲われた。
「ちょっと、ハラズーン! なにしてんのさ!?」
「案ずるな、これが一番早い」
ハラズーンがニヤリと笑ってルウルウたちを振り返る。足は罠を踏んだままだ。
「エルフの道化師よ、同時に足を上げるぞ」
「えっ、えっ!?」
「同時に複数の罠が発動するほど、器用なダンジョンではないということだ」
ハラズーンはそう言うと、タイミングを図る。
「同時に上げねば大怪我だ! 三つ数えたら上げよ、いち、にぃ、さん!」
「わーん!!」
ハラズーンの勢いに押され、カイルは足を上げる。同時にハラズーンも足を上げた。彼らの足元のタイルが、同時にもとの位置へ戻っていく。
しばしの呼吸があって――なにも、起こらない。
「ひぃぃ……助かった……?」
「大丈夫、カイル!?」
カイルがヘナヘナと座り込む。ルウルウが支えて、立たせる。
ハラズーンが得意げに胸を張る。
「ブフゥ、どうだ! なにも起こらないであろ?」
「助かった、と見ていいのか?」
ジェイドがやれやれと首を振る。ランダも一瞬脱力し、体勢を整える。
「ふむ、罠の場所や解除方法に変更はないようだ。これからは踏まぬように行けるであろう」
「それならいいんだ……が、ハラズーン」
「なんだ?」
「先程から疑問に思っていたんだが」
ジェイドが真剣な表情でハラズーンになにかを尋ねようとしたとき――ズズズ、と地響きがして、部屋全体が揺れる。
ハラズーンが鋭い視線を暗い部屋に投げかける。空気が押されるような気配が、あたりに充満する。
「まずい、壁が
「壁ェ!?」
カイルが大声を上げ、ジェイドとランダがあたりを見回す。左右の壁が、一行を挟もうと迫ってきている。
「戻ればテンタクルスの餌食だ、前へ進む!」
ハラズーンが前方へ走り出す。ルウルウたちは素早く視線を合わせる。ジェイドがうなずいた。
「ハラズーンについていくしかない!」
「ひええええーーーーっ!!」
ルウルウたちも全員、走り出した。ハラズーンを追って、前へ前へと一目散に走る。視界の両端に、壁が迫ってくるのが映る。恐ろしい気持ちになるが、ためらっている時間はない。ひたすら走る。
ハラズーンの体が、目の前にある扉を蹴破り、中へと入っていく。ルウルウたちも続く。また螺旋階段だ。あたりが揺れ続ける中、ぐるぐると回りながら底を目指す。螺旋階段の壁は、さいわいにして迫ってこなかった。
一行は転がるように次の階層へと出た。ひときわ大きな揺れがあったのち、あたりが静かになる。
「……フウ、なんとかなったであろう? よかった、よかった」
「よくなーーい!!」
カイルが泣きべそをかきながら怒鳴る。ハラズーンは気にせず、カラカラと笑う。
「ハッハッハ、次の階層からは罠を踏まねばよいだけだ」
「絶対ムリじゃんーー!! 死んじゃう!! 絶対死んじゃうよー!!」
「しかしてここにおっても死を待つだけぞ?」
ハラズーンの言葉に、カイルが顔面蒼白になる。たたらを踏みそうになる彼を、ルウルウが支えた。
「だ、大丈夫、カイル?」
「ルウルウもなんとか言ってやってよぉ~!」
「え、ええと……ハラズーンさん」
ルウルウは不安げな表情で、ハラズーンに視線をやる。
「この先の罠……切り抜けられそうですか?」
「うむ、魔法使いよ。この階層はスパイダーの巣だ。でかい魔獣とはいえ、ほぼ虫である。勝てばよいのだ」
「え?」
ハラズーンが天井を見上げる。ルウルウもさっと上を見た。天井まではかなり距離があるらしく、闇しか見えない。
――シュルシュルシュルシュル……。
闇の向こうに、無数の気配がある。同時に、ルウルウの杖がグンと上に引っ張られる。
「きゃあ!?」
「ルウルウ!」
ジェイドがショートソードを抜き、ルウルウの杖の上を斬り払う。ブツン、と音がして、杖を引っ張っていた力がなくなる。ルウルウは杖を引き戻し、ギュッと握りしめた。
「いまの……蜘蛛の、糸!?」
「うむ、仕掛けてきおったな」
「のんびりしてる場合じゃないだろ!?」
ハラズーンは呑気に天井を見上げている。ランダが矢をつがえ、天井に放つ。硬い肉に矢が突き立つ音がして、天井から巨大な蜘蛛が落ちてくる。
――シュルシュルシュルシュル……。
無数の殺気が、天井から落ちてくる。無数のスパイダーたちが蠢き出している。
「止まっていると餌食になるぞ、次の階層を目指す!」
「仕方ない、行くぞ!」
ハラズーンがまた走り出し、全員が続く。途中、ふわりとした糸が何度も頬をかすめる。武器が絡め取られそうになるが、剣で斬ってなんとかしのぐ。
「そら、次の階段だ! 急げ急げ!!」
「もうやだー!! 帰りたーい!!」
「先に進まねば地上には出られぬぞ! ハッハッハ!」
ハラズーンの楽しそうな声を聞きながら、冒険者たちはひたすら走った。
つづく