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第2-4話 地下迷宮(4)

 ジェイドは地下迷宮について、ハラズーンに尋ねる。知らないままでは、仲間たちを危険にさらす――そういう判断だ。


「魔獣のことはわかった。あとは罠だ」

「うむ、それは――」


 ハラズーンが説明しようとしたそのとき。


 ――カチリ。

 なにかがはまった音がした。全員が音の方――カイルを見る。カイルの右足の下で、タイルが一段へこんでいる。


「ひ……っ」

「足を上げるな!」


 カイルが悲鳴を上げて足を上げようとしたが、ハラズーンが制する。カイルは彫像のように固まった。


「ね、ねねねね……これ、罠……?」

「ああ、そのまま動くでないぞ」


 ハラズーンが素早くあたりを見回す。なにも起こらない。


「この階層の罠は、踏んで足を上げた瞬間に飛んでくるはずだ。足を上げなければ、しばらくは安全なはず」

「ぼぼ、僕、死ぬ……!?」


 カイルが卒倒しそうになり、それをルウルウがあわてて支える。


「案じるな。せいぜい半殺しになるだけだ」

「なんでさーっ!?」

「大怪我をさせて、盗賊たちを撤退させるのが罠の狙いである」


 ハラズーンがあっさりと言う。ジェイドが少し考える。


「なるほど、複数人の盗賊から怪我人を出させて、怪我人を介抱しながら逃げるようにしてあるのか」

「そうだ。怪我人の介抱には、どうしても複数の人数がいるからな」


 うんうん、とうなずくジェイドとハラズーンを見て、カイルが悲鳴を上げた。


「呑気に理解してないでーっ!! 助けてよぉー!!」

「カイル、落ち着いて……!」


 ルウルウがカイルをなだめる。ランダが苦笑した。


「冗談はここまで。で、どうやって罠を回避すりゃいいんだい?」

「そうだな、少し待たれよ」


 ハラズーンが数歩、ルウルウたちから離れる。


 ――カチリ。

 ハラズーンの足元で音がした。彼の足元も、一段沈み込む。罠を踏んでいる。

 全員が驚きとともに悪寒に襲われた。


「ちょっと、ハラズーン! なにしてんのさ!?」

「案ずるな、これが一番早い」


 ハラズーンがニヤリと笑ってルウルウたちを振り返る。足は罠を踏んだままだ。


「エルフの道化師よ、同時に足を上げるぞ」

「えっ、えっ!?」

「同時に複数の罠が発動するほど、器用なダンジョンではないということだ」


 ハラズーンはそう言うと、タイミングを図る。


「同時に上げねば大怪我だ! 三つ数えたら上げよ、いち、にぃ、さん!」

「わーん!!」


 ハラズーンの勢いに押され、カイルは足を上げる。同時にハラズーンも足を上げた。彼らの足元のタイルが、同時にもとの位置へ戻っていく。


 しばしの呼吸があって――なにも、起こらない。


「ひぃぃ……助かった……?」

「大丈夫、カイル!?」


 カイルがヘナヘナと座り込む。ルウルウが支えて、立たせる。

 ハラズーンが得意げに胸を張る。


「ブフゥ、どうだ! なにも起こらないであろ?」

「助かった、と見ていいのか?」


 ジェイドがやれやれと首を振る。ランダも一瞬脱力し、体勢を整える。


「ふむ、罠の場所や解除方法に変更はないようだ。これからは踏まぬように行けるであろう」

「それならいいんだ……が、ハラズーン」

「なんだ?」

「先程から疑問に思っていたんだが」


 ジェイドが真剣な表情でハラズーンになにかを尋ねようとしたとき――ズズズ、と地響きがして、部屋全体が揺れる。


 ハラズーンが鋭い視線を暗い部屋に投げかける。空気が押されるような気配が、あたりに充満する。


「まずい、壁がせまってきておる!」

「壁ェ!?」


 カイルが大声を上げ、ジェイドとランダがあたりを見回す。左右の壁が、一行を挟もうと迫ってきている。


「戻ればテンタクルスの餌食だ、前へ進む!」


 ハラズーンが前方へ走り出す。ルウルウたちは素早く視線を合わせる。ジェイドがうなずいた。


「ハラズーンについていくしかない!」

「ひええええーーーーっ!!」


 ルウルウたちも全員、走り出した。ハラズーンを追って、前へ前へと一目散に走る。視界の両端に、壁が迫ってくるのが映る。恐ろしい気持ちになるが、ためらっている時間はない。ひたすら走る。


 ハラズーンの体が、目の前にある扉を蹴破り、中へと入っていく。ルウルウたちも続く。また螺旋階段だ。あたりが揺れ続ける中、ぐるぐると回りながら底を目指す。螺旋階段の壁は、さいわいにして迫ってこなかった。


 一行は転がるように次の階層へと出た。ひときわ大きな揺れがあったのち、あたりが静かになる。


「……フウ、なんとかなったであろう? よかった、よかった」

「よくなーーい!!」


 カイルが泣きべそをかきながら怒鳴る。ハラズーンは気にせず、カラカラと笑う。


「ハッハッハ、次の階層からは罠を踏まねばよいだけだ」

「絶対ムリじゃんーー!! 死んじゃう!! 絶対死んじゃうよー!!」

「しかしてここにおっても死を待つだけぞ?」


 ハラズーンの言葉に、カイルが顔面蒼白になる。たたらを踏みそうになる彼を、ルウルウが支えた。


「だ、大丈夫、カイル?」

「ルウルウもなんとか言ってやってよぉ~!」

「え、ええと……ハラズーンさん」


 ルウルウは不安げな表情で、ハラズーンに視線をやる。


「この先の罠……切り抜けられそうですか?」

「うむ、魔法使いよ。この階層はスパイダーの巣だ。でかい魔獣とはいえ、ほぼ虫である。勝てばよいのだ」

「え?」


 ハラズーンが天井を見上げる。ルウルウもさっと上を見た。天井まではかなり距離があるらしく、闇しか見えない。


 ――シュルシュルシュルシュル……。


 闇の向こうに、無数の気配がある。同時に、ルウルウの杖がグンと上に引っ張られる。


「きゃあ!?」

「ルウルウ!」


 ジェイドがショートソードを抜き、ルウルウの杖の上を斬り払う。ブツン、と音がして、杖を引っ張っていた力がなくなる。ルウルウは杖を引き戻し、ギュッと握りしめた。


「いまの……蜘蛛の、糸!?」

「うむ、仕掛けてきおったな」

「のんびりしてる場合じゃないだろ!?」


 ハラズーンは呑気に天井を見上げている。ランダが矢をつがえ、天井に放つ。硬い肉に矢が突き立つ音がして、天井から巨大な蜘蛛が落ちてくる。


 ――シュルシュルシュルシュル……。


 無数の殺気が、天井から落ちてくる。無数のスパイダーたちが蠢き出している。


「止まっていると餌食になるぞ、次の階層を目指す!」

「仕方ない、行くぞ!」


 ハラズーンがまた走り出し、全員が続く。途中、ふわりとした糸が何度も頬をかすめる。武器が絡め取られそうになるが、剣で斬ってなんとかしのぐ。


「そら、次の階段だ! 急げ急げ!!」

「もうやだー!! 帰りたーい!!」

「先に進まねば地上には出られぬぞ! ハッハッハ!」


 ハラズーンの楽しそうな声を聞きながら、冒険者たちはひたすら走った。


 つづく

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