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第2-3話 地下迷宮(3)

 地下迷宮――ダンジョンと通称される場所。ひたすら硬い床と壁が続き、ところどころにある魔法の明かりがあたりを照らしている。


 ハラズーンを先頭に、ルウルウたちは一列になって歩いている。道は狭くないが、罠の危険を考慮すると、一列になった方がよいらしい。ハラズーンの踏んだあとを踏めば、安全というわけだ。


「あ、階段」


 少しずつ下がっていた通路が途切れ、階段が現れる。螺旋になっていて、ずっと下まで続いているようだ。


「階段は一階層ずつに離れて設置されておる。宝蔵までは五つの階層を突破せねばならぬ」

「五階分か、骨が折れそうだ」


 最後尾を歩いていたジェイドがつぶやく。彼もまた明かりを持っている。途中で壁にかかっていた松明をくすねたのだ。

 ハラズーンがジェイドのつぶやきに答える。


「安心せよ、ここまで簡単に来られたのだ。思ったよりも、難易度は上がっておらぬのやもしれぬ」

「そ、そういうこと言うと、あとで苦労するんでしょ~……知ってるよぉ」


 カイルが抗議するように言った。ルウルウはなんとなく笑ってしまう。


「大丈夫、ハラズーンさんを信じて。行きましょう」

「ふふふ、魔法使いは勇敢だな」


 ハラズーンが階段を照らし、先頭を行く。ランダが続き、カイル、ルウルウが階段を下り始める。最後尾のジェイドが松明であたりを照らす。

 十数段を下りて、階段の入口が見えなくなった頃。


 ――ポツン。


「ひゃっ!?」


 ルウルウの首筋に、冷たい水が落ちてきた。ルウルウの上げた声に、カイルが飛び上がる。


「な、なに!?」

「大丈夫、なんか……水が落ちてきたみたい」


 ルウルウは首筋に手をやる。冷たい水滴のせいで、皮膚が冷えている。


「……いや、違うな」


 ハラズーンが上を見上げ、ジェイドも明かりを掲げる。青い火の光が、螺旋階段の天井を照らそうとして――。


 ――うじゅるるる……。


 見えぬ天井から、殺気が降ってくる。天井から壁を伝って、何者かがジェイドに飛びかかる。ジェイドは素早くショートソードを抜いて、斬り払う。


「……テンタクルスだ!」


 ジェイドが斬り払った剣先に、紫色の皮がこびりついている。触手魔獣テンタクルス――長い触腕で獲物をとらえ食べてしまう、肉食性の植物である。


「チッ!!」


 ランダが矢筒から矢を抜き、素早く弓につがえた。弓を引き絞り、放つ。空気の切れる音と、肉に矢が突き立つ音がする。


 ――うじゅるるるるる……!


 天井や壁に潜む気配が、ドッと増える。怒りを含んだ殺気とともに、蠢く気配がある。


「ダメだ、かまうな! 降りるぞ!」

「ルウルウ、カイル、ランダ、急げ!」


 ハラズーンが素早く階段を降り始める。ジェイドに促され、全員があわてて階段を降りていく。ぐるぐると回る階段に感覚が麻痺していく。


「ひえぇぇーーっ! ひえぇぇーーっ!!」


 カイルが悲鳴を上げながら、階段を降りる。ルウルウは杖を強く握りしめ、足をもつれさせないように素早く降りる。全員の息が上がっていく。


「もう少しだ!」


 ハラズーンが希望を持たせる。

 やがて一行は、螺旋階段の底にいきつく。階段の出口へと全員で殺到する。出口の先は、広大な空間がある。出口から離れる。


 ――うじゅるるるるる……。


 出口から大量のテンタクルスが蠢きながら湧いてくる。紫色や濃い緑色の皮膚をした触腕を、不気味に動かす。


「カイル、先の袋はあるか!?」

「え、あ、これ!?」


 ハラズーンがカイルの腰にある小袋を取る。中から煙玉を二・三個ほど出して、階段出口の床へと叩きつける。

 ボン! と音がして、白い煙が大量に立つ。テンタクルスの姿が、煙の中に見えなくなる。いがらっぽい匂いがあたりに充満する。


 ――じゅる……じゅるるる……!


 テンタクルスたちが煙の中で悶え、やがて螺旋階段の中へと引っ込んでいく。


「や、やったの……?」

「いや、なんというかな。虫除けを焚いたようなものだ」


 ハラズーンはカイルの小袋を示す。


「この煙玉には、テンタクルスの嫌う薬草も入っておる。煙を嫌って退いただけだ」


 言いながらハラズーンは渋い顔になった。考え込むように腕を組む。


「このような浅い階層に、人喰いテンタクルスとはな……」

「ぜーはー……人喰いなの、あれ!?」

「うむ、あの紫色はそうであろう」


 カイルのツッコミに、ハラズーンはなんでもないように答えた。ジェイドが厳しい表情で肩をすくめる。


「似たような魔獣がそこかしこに生息しているのか?」

「うむ。迷宮守護用に飼っておいたテンタクルスが増えただけやもしれぬ」

「それは希望的観測だな……ほかにはどんな魔獣がいる?」


 ジェイドの問いに、ハラズーンが答える。


「といっても罠との兼ね合いもある。テンタクルスに、大型蜘蛛スパイダー土人形ゴーレムといったところか」

「それで全部か?」

「ああ、ゴブリンが入り込むこともあるが、たいていは死んでおるはずだ」


 ハラズーンが言うには、床の上だけを歩き回るタイプの魔族や魔獣は、罠や先住魔獣に引っかかって死んでしまうらしい。言い換えれば、ルウルウ一行も同じ目に遭う可能性があるということだ。


「テンタクルスはさきほど見たな。壁や天井の隙間に棲んでいるのだ、あれは」


 ルウルウの首筋に落ちてきたのは、テンタクルスの唾液だったらしい。ルウルウは怖気を感じてブルっと震えた。


「スパイダーも天井付近に巣を張っておる。糸を使って音もなく下りてくるのが厄介だ」


 ハラズーンが説明する。

 スパイダーと呼ばれる魔獣は、人を抱えられるほどの大きさがある蜘蛛で、強靭な糸を吐く。糸で獲物を絡め取り、血肉を吸うらしい。


「ゴーレムは近づくモノあるときのみ起動する。半分罠で半分魔獣のようなものだ」

「そ、そうなんですか……」


 ゴーレムは土から練り上げた、いわば人工の魔獣らしい。土の中にもととなる核を仕込むと、不格好な人形に姿を変える。大きさは人の倍ほどあり、動きは鈍重だ。だが振り下ろす拳の一撃は重く、只人ただびとが受ければ潰されるだろう。


「よし、徹底的に知っておこう。ハラズーン、罠には何がある?」


 ジェイドが問いかける。この地下迷宮について、疑問を解消しておこうというつもりのようだ。ハラズーンがうなずいた。

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