地下迷宮――ダンジョンと通称される場所。ひたすら硬い床と壁が続き、ところどころにある魔法の明かりがあたりを照らしている。
ハラズーンを先頭に、ルウルウたちは一列になって歩いている。道は狭くないが、罠の危険を考慮すると、一列になった方がよいらしい。ハラズーンの踏んだあとを踏めば、安全というわけだ。
「あ、階段」
少しずつ下がっていた通路が途切れ、階段が現れる。螺旋になっていて、ずっと下まで続いているようだ。
「階段は一階層ずつに離れて設置されておる。宝蔵までは五つの階層を突破せねばならぬ」
「五階分か、骨が折れそうだ」
最後尾を歩いていたジェイドがつぶやく。彼もまた明かりを持っている。途中で壁にかかっていた松明をくすねたのだ。
ハラズーンがジェイドのつぶやきに答える。
「安心せよ、ここまで簡単に来られたのだ。思ったよりも、難易度は上がっておらぬのやもしれぬ」
「そ、そういうこと言うと、あとで苦労するんでしょ~……知ってるよぉ」
カイルが抗議するように言った。ルウルウはなんとなく笑ってしまう。
「大丈夫、ハラズーンさんを信じて。行きましょう」
「ふふふ、魔法使いは勇敢だな」
ハラズーンが階段を照らし、先頭を行く。ランダが続き、カイル、ルウルウが階段を下り始める。最後尾のジェイドが松明であたりを照らす。
十数段を下りて、階段の入口が見えなくなった頃。
――ポツン。
「ひゃっ!?」
ルウルウの首筋に、冷たい水が落ちてきた。ルウルウの上げた声に、カイルが飛び上がる。
「な、なに!?」
「大丈夫、なんか……水が落ちてきたみたい」
ルウルウは首筋に手をやる。冷たい水滴のせいで、皮膚が冷えている。
「……いや、違うな」
ハラズーンが上を見上げ、ジェイドも明かりを掲げる。青い火の光が、螺旋階段の天井を照らそうとして――。
――うじゅるるる……。
見えぬ天井から、殺気が降ってくる。天井から壁を伝って、何者かがジェイドに飛びかかる。ジェイドは素早くショートソードを抜いて、斬り払う。
「……テンタクルスだ!」
ジェイドが斬り払った剣先に、紫色の皮がこびりついている。
「チッ!!」
ランダが矢筒から矢を抜き、素早く弓につがえた。弓を引き絞り、放つ。空気の切れる音と、肉に矢が突き立つ音がする。
――うじゅるるるるる……!
天井や壁に潜む気配が、ドッと増える。怒りを含んだ殺気とともに、蠢く気配がある。
「ダメだ、かまうな! 降りるぞ!」
「ルウルウ、カイル、ランダ、急げ!」
ハラズーンが素早く階段を降り始める。ジェイドに促され、全員があわてて階段を降りていく。ぐるぐると回る階段に感覚が麻痺していく。
「ひえぇぇーーっ! ひえぇぇーーっ!!」
カイルが悲鳴を上げながら、階段を降りる。ルウルウは杖を強く握りしめ、足をもつれさせないように素早く降りる。全員の息が上がっていく。
「もう少しだ!」
ハラズーンが希望を持たせる。
やがて一行は、螺旋階段の底にいきつく。階段の出口へと全員で殺到する。出口の先は、広大な空間がある。出口から離れる。
――うじゅるるるるる……。
出口から大量のテンタクルスが蠢きながら湧いてくる。紫色や濃い緑色の皮膚をした触腕を、不気味に動かす。
「カイル、先の袋はあるか!?」
「え、あ、これ!?」
ハラズーンがカイルの腰にある小袋を取る。中から煙玉を二・三個ほど出して、階段出口の床へと叩きつける。
ボン! と音がして、白い煙が大量に立つ。テンタクルスの姿が、煙の中に見えなくなる。いがらっぽい匂いがあたりに充満する。
――じゅる……じゅるるる……!
テンタクルスたちが煙の中で悶え、やがて螺旋階段の中へと引っ込んでいく。
「や、やったの……?」
「いや、なんというかな。虫除けを焚いたようなものだ」
ハラズーンはカイルの小袋を示す。
「この煙玉には、テンタクルスの嫌う薬草も入っておる。煙を嫌って退いただけだ」
言いながらハラズーンは渋い顔になった。考え込むように腕を組む。
「このような浅い階層に、人喰いテンタクルスとはな……」
「ぜーはー……人喰いなの、あれ!?」
「うむ、あの紫色はそうであろう」
カイルのツッコミに、ハラズーンはなんでもないように答えた。ジェイドが厳しい表情で肩をすくめる。
「似たような魔獣がそこかしこに生息しているのか?」
「うむ。迷宮守護用に飼っておいたテンタクルスが増えただけやもしれぬ」
「それは希望的観測だな……ほかにはどんな魔獣がいる?」
ジェイドの問いに、ハラズーンが答える。
「といっても罠との兼ね合いもある。テンタクルスに、
「それで全部か?」
「ああ、ゴブリンが入り込むこともあるが、たいていは死んでおるはずだ」
ハラズーンが言うには、床の上だけを歩き回るタイプの魔族や魔獣は、罠や先住魔獣に引っかかって死んでしまうらしい。言い換えれば、ルウルウ一行も同じ目に遭う可能性があるということだ。
「テンタクルスはさきほど見たな。壁や天井の隙間に棲んでいるのだ、あれは」
ルウルウの首筋に落ちてきたのは、テンタクルスの唾液だったらしい。ルウルウは怖気を感じてブルっと震えた。
「スパイダーも天井付近に巣を張っておる。糸を使って音もなく下りてくるのが厄介だ」
ハラズーンが説明する。
スパイダーと呼ばれる魔獣は、人を抱えられるほどの大きさがある蜘蛛で、強靭な糸を吐く。糸で獲物を絡め取り、血肉を吸うらしい。
「ゴーレムは近づくモノあるときのみ起動する。半分罠で半分魔獣のようなものだ」
「そ、そうなんですか……」
ゴーレムは土から練り上げた、いわば人工の魔獣らしい。土の中にもととなる核を仕込むと、不格好な人形に姿を変える。大きさは人の倍ほどあり、動きは鈍重だ。だが振り下ろす拳の一撃は重く、
「よし、徹底的に知っておこう。ハラズーン、罠には何がある?」
ジェイドが問いかける。この地下迷宮について、疑問を解消しておこうというつもりのようだ。ハラズーンがうなずいた。