「フウ、なんとかなったであろう?」
暗闇の中、ハラズーンが得意げに言う。
「こういうの、なんとかなった……って言わないんじゃないのっ!?」
「静かに。外にバレてしまうわ」
カイルの言葉を抑え、ハラズーンは壁に耳を寄せる。彼の耳には、衛兵たちが当惑している声がわずかに聞こえている。
「……まさか、隠し部屋とはな」
ジェイドがつぶやく。
そう――いま、ルウルウ一行は寝室の壁の中にいる。正確には、壁の中にあった狭い空間にいる。
衛兵が突入する直前、ハラズーンは宝物が並ぶ棚を登り、棚奥にあった細工をいじった。すると棚の一部が開いて、中に空間が現れた。ハラズーンはその中に入り、ルウルウたちも選択の余地なく空間へと入ることとなった。
「で、どうする?」
「我は夜目が利く。あかりを取ってくるゆえ、ここで待っていろ」
そう言うと、ハラズーンはさらに奥へと向かって動き始めた。あたりは真っ暗で、ルウルウたちにはなにも見えていない。ハラズーンの言葉を信じるしかない。
闇の中にハラズーンの気配が消えると、カイルが口を開く。小声だ。
「ねぇ~……これホントに大丈夫なの?」
「空気の流れをわずかに感じる。おそらくどこかにつながる隠し通路なんだろう」
ジェイドが答える。彼の言うように、部屋の中は涼しい空気が通っている。
ランダの呆れたような声がする。
「暗殺者の嫌疑をかけられた以上、竜王様とやらの前には出られないしねぇ……」
「それだ。トーリアの情報を歪めて竜王に伝えた者がいるんだろう」
「やっぱり魔族がいる……ってこと?」
ジェイドが言い、ルウルウが尋ねる。ジェイドが冷静な声で答える。
「ああ、しかもあの竜王の態度からすると……かなり近くにいるんだろう」
全員が黙る。真っ暗な中では、たがいの厳しい表情も見えない。
「おぉい」
ハラズーンの声がした。声の方向から、松明を持ったハラズーンが歩いてくる。松明には弱々しいが、青い火がともっている。
「よかったよかった、ここの明かりはまだ機能しておったわ」
「機能……ということは、魔法の火か?」
「ああ、そうだ。魔法使いよ、貴殿ならわかろう」
ハラズーンに言われて、ルウルウは記憶を引っぱり出す。迷宮と呼ばれる場所の中には、魔法の火で明かりを灯しているものがあるという。魔法の火は色がさまざまあり、ここでは青色で燃えるらしい。
「本で読んだことがあります。迷宮に潜る者あれば、その道しるべのように輝くのだと……」
そこまで言って、ルウルウはふと気づく。
「では……ここは、迷宮の入口なのですか?」
「おお、そうだな。言っておらんかったか」
ハラズーンが笑い、明かりを掲げる。
隠し部屋だと思っていたが、違う。通路だ。かなり遠くまで、通路が伸びている。
「ここからさらに奥へ行くと、地下迷宮だ。迷宮の奥に、宝蔵がある」
「地下迷宮……」
ジェイドが大きくため息をついた。
「なるほど、ハラズーン。我々は協力しなければ外に出られない、ということか」
「……すまぬ、剣士よ。この機会、利用させてもらう」
ハラズーンが申し訳なさそうに言う。カイルがランダの肩をつつく。
「ね、どういうこと?」
「ハラズーンに協力しないと、迷宮から外に出る道を教えてもらえないってことだろ?」
「ええ~~!?」
カイルが何度目かの悲鳴を上げ、あわてて口をふさいだ。ランダはやれやれという表情になる。
「まぁ、いつまでもこうしているわけにはいかないしね。行くしかない、か……」
「そ、そうですよね……」
ランダが立ち上がり、ルウルウもゆっくり腰を上げた。カイルも渋々と立ち上がる。
「……武器は、どうする?」
「我にまかせよ。悪いようにはしない」
ルウルウ一行は、投獄されたときに武器や杖を取り上げられてしまっている。なんの準備もなく、素手で地下迷宮に挑む――無謀な挑戦だと思われる。
だがハラズーンはどこか楽しげだった。仲間を得た高揚感があるらしい。
「まずはここを離れる。ついてまいれ」
暗闇を慎重に照らしながら、ハラズーンが歩き出す。
ランダが続き、ルウルウとカイルがそのあとを歩く。最後尾はジェイドだ。
歩いているうちに、あたりがすこし明るくなったように感じる。目が闇に慣れつつあるのだろう。天井が高くなっていくのもわかる。
「ここだ」
ハラズーンは、通路の脇にある扉の前で止まった。扉には、なにかが書きつけられている。大陸共通語とは異なる文字だ。
「――、――」
ハラズーンが小さくなにかを唱える。扉の周囲に青白い光が走り、扉が開く。
「入るぞ」
ハラズーンは扉を押して開く。
扉の内側には、部屋がある。わずかに埃っぽいにおいがしている。中に入ると、壁にかけられた松明に自然と火がともる。魔法の青い火だ。
「ここは……」
「うむ、武器庫だ。好きなものを選べ」
ハラズーンの言ったとおりだ。部屋の中には、剣や弓が置かれている。棍棒や杖のようなものもある。
「昔はこの迷宮にも衛兵がいた。そのときの名残だ」
ジェイドが壁にかかったショートソードを手に取り、状態を確認する。ランダも弓を手にして、弦の張り具合を確かめる。ルウルウは杖を取った。師匠タージュの杖には遠く及ばないが、似たものがあると心強い。
「道化師には、これがよかろう」
ハラズーンが短剣とともに、布の小袋を投げる。カイルがあわてて受け取って、袋の中身を確かめる。袋の中には、小粒の黒い玉がいくつか入っている。
「これ、なに?」
「煙玉だ。床に強く叩きつけると、中から白い煙が大量に出るようになっておる」
「……う、うーん。使いどころがよくわかんないけど……」
「睡眠薬は入っておらぬゆえ、扱いやすかろうて」
ハラズーンが言って、カイルは小袋を腰につける。短剣を鞘から抜けるか確かめる。
「よし、とりあえずは準備できたな」
ハラズーンが満足げに言い、ルウルウたちもうなずきあった。