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第2-2話 地下迷宮(2)

「フウ、なんとかなったであろう?」


 暗闇の中、ハラズーンが得意げに言う。


「こういうの、なんとかなった……って言わないんじゃないのっ!?」

「静かに。外にバレてしまうわ」


 カイルの言葉を抑え、ハラズーンは壁に耳を寄せる。彼の耳には、衛兵たちが当惑している声がわずかに聞こえている。


「……まさか、隠し部屋とはな」


 ジェイドがつぶやく。

 そう――いま、ルウルウ一行は寝室の壁の中にいる。正確には、壁の中にあった狭い空間にいる。


 衛兵が突入する直前、ハラズーンは宝物が並ぶ棚を登り、棚奥にあった細工をいじった。すると棚の一部が開いて、中に空間が現れた。ハラズーンはその中に入り、ルウルウたちも選択の余地なく空間へと入ることとなった。


「で、どうする?」

「我は夜目が利く。あかりを取ってくるゆえ、ここで待っていろ」


 そう言うと、ハラズーンはさらに奥へと向かって動き始めた。あたりは真っ暗で、ルウルウたちにはなにも見えていない。ハラズーンの言葉を信じるしかない。


 闇の中にハラズーンの気配が消えると、カイルが口を開く。小声だ。


「ねぇ~……これホントに大丈夫なの?」

「空気の流れをわずかに感じる。おそらくどこかにつながる隠し通路なんだろう」


 ジェイドが答える。彼の言うように、部屋の中は涼しい空気が通っている。

 ランダの呆れたような声がする。


「暗殺者の嫌疑をかけられた以上、竜王様とやらの前には出られないしねぇ……」

「それだ。トーリアの情報を歪めて竜王に伝えた者がいるんだろう」

「やっぱり魔族がいる……ってこと?」


 ジェイドが言い、ルウルウが尋ねる。ジェイドが冷静な声で答える。


「ああ、しかもあの竜王の態度からすると……かなり近くにいるんだろう」


 全員が黙る。真っ暗な中では、たがいの厳しい表情も見えない。


「おぉい」


 ハラズーンの声がした。声の方向から、松明を持ったハラズーンが歩いてくる。松明には弱々しいが、青い火がともっている。


「よかったよかった、ここの明かりはまだ機能しておったわ」

「機能……ということは、魔法の火か?」

「ああ、そうだ。魔法使いよ、貴殿ならわかろう」


 ハラズーンに言われて、ルウルウは記憶を引っぱり出す。迷宮と呼ばれる場所の中には、魔法の火で明かりを灯しているものがあるという。魔法の火は色がさまざまあり、ここでは青色で燃えるらしい。


「本で読んだことがあります。迷宮に潜る者あれば、その道しるべのように輝くのだと……」


 そこまで言って、ルウルウはふと気づく。


「では……ここは、迷宮の入口なのですか?」

「おお、そうだな。言っておらんかったか」


 ハラズーンが笑い、明かりを掲げる。

 隠し部屋だと思っていたが、違う。通路だ。かなり遠くまで、通路が伸びている。


「ここからさらに奥へ行くと、地下迷宮だ。迷宮の奥に、宝蔵がある」

「地下迷宮……」


 ジェイドが大きくため息をついた。


「なるほど、ハラズーン。我々は協力しなければ外に出られない、ということか」

「……すまぬ、剣士よ。この機会、利用させてもらう」


 ハラズーンが申し訳なさそうに言う。カイルがランダの肩をつつく。


「ね、どういうこと?」

「ハラズーンに協力しないと、迷宮から外に出る道を教えてもらえないってことだろ?」

「ええ~~!?」


 カイルが何度目かの悲鳴を上げ、あわてて口をふさいだ。ランダはやれやれという表情になる。


「まぁ、いつまでもこうしているわけにはいかないしね。行くしかない、か……」

「そ、そうですよね……」


 ランダが立ち上がり、ルウルウもゆっくり腰を上げた。カイルも渋々と立ち上がる。


「……武器は、どうする?」

「我にまかせよ。悪いようにはしない」


 ルウルウ一行は、投獄されたときに武器や杖を取り上げられてしまっている。なんの準備もなく、素手で地下迷宮に挑む――無謀な挑戦だと思われる。

 だがハラズーンはどこか楽しげだった。仲間を得た高揚感があるらしい。


「まずはここを離れる。ついてまいれ」


 暗闇を慎重に照らしながら、ハラズーンが歩き出す。

 ランダが続き、ルウルウとカイルがそのあとを歩く。最後尾はジェイドだ。


 歩いているうちに、あたりがすこし明るくなったように感じる。目が闇に慣れつつあるのだろう。天井が高くなっていくのもわかる。


「ここだ」


 ハラズーンは、通路の脇にある扉の前で止まった。扉には、なにかが書きつけられている。大陸共通語とは異なる文字だ。


「――、――」


 ハラズーンが小さくなにかを唱える。扉の周囲に青白い光が走り、扉が開く。


「入るぞ」


 ハラズーンは扉を押して開く。

 扉の内側には、部屋がある。わずかに埃っぽいにおいがしている。中に入ると、壁にかけられた松明に自然と火がともる。魔法の青い火だ。


「ここは……」

「うむ、武器庫だ。好きなものを選べ」


 ハラズーンの言ったとおりだ。部屋の中には、剣や弓が置かれている。棍棒や杖のようなものもある。


「昔はこの迷宮にも衛兵がいた。そのときの名残だ」


 ジェイドが壁にかかったショートソードを手に取り、状態を確認する。ランダも弓を手にして、弦の張り具合を確かめる。ルウルウは杖を取った。師匠タージュの杖には遠く及ばないが、似たものがあると心強い。


「道化師には、これがよかろう」


 ハラズーンが短剣とともに、布の小袋を投げる。カイルがあわてて受け取って、袋の中身を確かめる。袋の中には、小粒の黒い玉がいくつか入っている。


「これ、なに?」

「煙玉だ。床に強く叩きつけると、中から白い煙が大量に出るようになっておる」

「……う、うーん。使いどころがよくわかんないけど……」

「睡眠薬は入っておらぬゆえ、扱いやすかろうて」


 ハラズーンが言って、カイルは小袋を腰につける。短剣を鞘から抜けるか確かめる。


「よし、とりあえずは準備できたな」


 ハラズーンが満足げに言い、ルウルウたちもうなずきあった。

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