「うむ、ひらめいたぞ」
竜血石の特性によって、一応は身の潔白を示したハラズーン。彼はなにかを思いついたようだ。カイルが尋ねる。
「なにを?」
「竜王たちが魔王の信奉者となってしまったかどうか、調べる方法だ」
ハラズーンは口元を歪め、ニヤリと笑う。
「
「竜鱗の王冠……?」
聞き慣れぬ単語に、ルウルウたちは首をかしげた。
「我ら竜人に伝わる秘宝でな、大粒の竜血石があしらわれた王冠だ」
「つまり、それで悪しき者をあぶり出すということか」
「そういうことだ」
ジェイドの言葉に、ハラズーンがうなずく。カイルが疑問を呈す。
「王冠っていうくらいだから、竜王のところにあるものなんじゃないの?」
「いいや、竜鱗の王冠は儀礼用でな。ふだんは
「それを竜王にかぶせればいいってことだね。……ん? でもそれって……」
「王冠を取りに、宝蔵まで行かねばならぬ」
王冠を取ってくる――ハラズーンはなんでもないように難題を持ち出す。
「さて、ここからが提案だ」
ハラズーンは居ずまいを正す。全員の顔を見る。
「宝蔵はルーガノンの地下迷宮の奥にある。だがこの魔獣多きいま、迷宮の難度も上がっていると推定できる」
迷宮にはさまざまなタイプがある。単に入り組んだ建物や洞窟というだけではなく、罠が張られ魔獣が闊歩して、最奥への道を閉ざしていることが多い。ハラズーンはそのことを言っている。
「貴殿らを旅慣れた冒険者と見込んで頼む。我について迷宮攻略を手伝ってくれぬか?」
「ダンジョンか……」
ジェイドが腕を組んだ。
「ダンジョン攻略はまだいい。だが王冠を宝蔵から取ってくる――これは、盗みではないのか?」
「いまは非常時である。事情を説明すれば許されることだ」
「それで、竜王たちが魔王の信奉者でなかったとしたら?」
竜王に王冠をかぶらせ、魔王の手先でないと判明したら――不敬の罪で、ハラズーンは罰せられるかもしれない。そうなれば、協力した者も同罪となるだろう。
「それならばめでたい! そうなれば竜王には理を説き、道を語り、我らに罪なしと認めさせようではないか」
「ダメだ」
ジェイドがあっさりと断る。どこか呆れているかのような口調でもある。
「すべてが失敗に終われば、みな大罪人だ。乗ることはできない」
「ダメか?」
「ダメだ」
ジェイドが黒い瞳に厳しさをこめて、ハラズーンの視線を見返す。
「……仕方ない。我だけで挑むとしよう」
ハラズーンは残念そうに言うと、ふたたび身を床に投げ出した。ほどなくして、大きく寝息を立て始める。
「ジェイド……」
「ルウルウ、今回は乗れない」
眉を下げたルウルウに、ジェイドは首を横に振った。
「まず話がハラズーンの言のみというのがよくない」
竜王がおかしいというのは、ハラズーンの証言の中での話だ。ハラズーン自身は信頼できる強さがあるが、竜人谷の状況を正しく認識しているかはあやしい。
「もっと状況をきちんと把握してから、だ。竜人谷でなにが起こっているのか。それがわからないうちは、大人しくしておくべきだ」
「アタシも同意見だ。ルウルウ、せめてこの牢をちゃんと出られるか、それも見極めないとね」
「はい……」
ハラズーンは七日ののちに沙汰があり、牢を出られると言っていた。その通りであればあと数日耐えるだけだが――もしそれが嘘であれば、ルウルウたちはひどく苦労するだろう。
「僕はおもしろそうだと思ったけどね、迷宮攻略」
カイルがひょうきんに笑う。
「きっとあちこちに竜人たちの秘宝が眠ってるんだよ。ちょっとワクワクするよね」
「ワクワクだけじゃ攻略できないぞ」
「う、まぁ……それはそうなんだけどぉ」
ルウルウたちはハラズーンの頼みに乗らないこととなった。
それから数日が過ぎていく。さいわい牢の中は温度が一定に保たれていた。すこし肌寒いが、耐えられないほどではない。食事は日に二度、素朴なパンとスープが与えられた。種を発酵させずに焼いたパンは、白っぽく平たいパンだった。
ハラズーンはあれから、迷宮攻略をジェイドたちに頼むことはなかった。他愛のない話には応じるが、ほとんど寝て過ごしていた。
そして、ルウルウが目を覚ましてから四日後。
「ハラズーン! それからハラズーンに同行する者どもよ、出ろ!」
牢番の竜人たちが、ハラズーンとルウルウたちを牢から出そうと鍵を開ける。ジェイドが一瞬目を細めたが、ハラズーンが囁く。
「短気を起こされるな。これから沙汰だ。貴殿らは無関係だときちんと申し立てるゆえ」
「……わかった」
騒ぎを起こしては、無罪放免になるものもならない。全員がおとなしく、沙汰の場へと引っ立てられる。竜人谷の中でも、ひときわ立派な構造物まで連れてこられる。
「ここは?」
「竜王の館だ。沙汰は竜王が最終的な判断をすることになっておる」
竜王の館と呼ばれる構造物。谷の一枚岩を削って造ったであろう屋敷。岩を削ったとは思えない、繊細な装飾が施されている。その屋敷の前庭へと、全員が引っ立てられた。
「竜王様のお出ましである、控えよ!」
ハラズーンとルウルウたちは頭を下げさせられ、刑吏や警備兵たちも畏まる。多くの護衛とおぼしき竜人を連れ、竜王が現れた。エメラルドグリーンの皮膚に、白い毛が生えた竜人だ。竜王はかなりの老齢らしく、足元がおぼつかない様子だ。周囲の者に導かれ、竜王は座についた。
「ハラズーン、久しいのお」
「ははっ」
竜王はハラズーンを知っているようだ。ハラズーンはおとなしく返事をした。
「しかしてハラズーン……」
「竜王よ、まずはこの人間とエルフたちを解放していただきたい」
ハラズーンは頭を上げて、まっすぐに竜王を見た。
つづく