「う、ううん……」
ルウルウが目を覚ます。あたりが暗い。硬い床の上に寝かされている、と理解した。ハッとして起き上がり、あたりを見回す。
「ルウルウ、起きたか」
ジェイドがそばにいた。心配そうに顔をのぞきこんでいる。ルウルウはうなずいて、自分の身を確かめた。
「ここは……どこ?」
「地下牢のようだ」
見れば、狭い部屋の中だ。石壁があたりを覆っている。壁の一面だけが鉄格子になっていて、典型的な地下牢のようだ。中にはルウルウとジェイドのほか、ランダとカイルもいる。
「すまぬ、我のせいだな」
大柄な竜人――ハラズーンが座ったまま、しょんぼりとうなだれた。彼もまた捕らえられてしまったようだ。
カイルが口を尖らせる。
「もう! やっぱり目をつけられてたんでしょ! 王様に文句を言ってやる、なんて息巻くから……」
「文句を言われぬ王などおらぬ! 竜王はそれを覚悟で即位するものだ!」
「完全にお尋ね者扱いだったじゃん~!!」
「なぜ我だけがそうなっておるのか、身に覚えがないと言うておろう!」
カイルとハラズーンの口論をしばらく聞いたのち、ジェイドが口を挟んだ。
「捕らわれの身分で喧嘩しても詮ないことだ。まずは脱出する方法を考えよう」
「脱出……やっぱり、なにもしないと、ずっとこのままなのかな?」
ルウルウが不安げに言う。
「普通なら沙汰があるもんだが。ハラズーン、どうだ?」
「そうだな……通常であれば、七日もすれば裁きの場に連れていかれるものだが」
そこまで言って、ハラズーンは考え込む。
「……本当に、ルーガノンはおかしくなっておる」
「と、言うと?」
「魔獣のことだけではない。なぜ、我をお尋ね者にしていたのか。竜王は我ごときを怖れているとしか言いようがない!」
一介の冒険者を怖れる王――たしかに構図としては異常である。
「竜王の真意を探る必要がある」
「探るって、どうやって?」
「なぁに、裁きの場で我に対する謂れなき罪が明らかになったとき、王の真意はそこにある」
カイルの問いにハラズーンはそう答え、ごろりと石床に横になった。
「ルーガノンの決まりでな、牢に入れられて七日のうちには沙汰がある。それまでゆっくり待つとする」
「そーんなー! 僕たちは!?」
「裁きの場に出れば、弁解の機会もある。そのときに事情を話そうではないか」
「え~……すぐ出たいよ~……」
カイルが絶望的な表情で頭を抱え、ジェイドがその肩を叩いてなだめる。ランダが肩をすくめて、ルウルウを見る。ルウルウも困った表情で、全員を見るしかなかった。
「大丈夫、大丈夫。裁きの場に出れば、万事なんとかなる」
ハラズーンは大きくあくびをすると、そのまま寝入ってしまう。
ランダがルウルウに耳打ちする。
「……あいつ、全員が目覚めるまで、ずっと起きて様子を見てたみたいだよ」
「え……?」
「アタシらを気絶させた煙、覚えているかい? アレは頑健な竜人をも昏倒させる、睡眠薬入りだったらしい。だから、アタシらはなかなか目覚めなくてね」
牢の中で最初に目覚めたハラズーンは、数日眠らずにルウルウたちを介抱していたようだ。さすがに眠気が限界だったらしく、最後のルウルウの目覚めでホッとしたらしい。
「グゥ~……」
大きな寝息を立てて眠るハラズーン。ルウルウはなんとなく、信用できる者だという印象を持った。
「ルウルウ、カイル、ランダ。聞いたとおりだ。あと何日かはわからないが、沙汰のときに外に出されるようだな」
「うん」
「ふぇぇ……マジで僕ら無罪になるかなぁ?」
「怖いこと言うんじゃないよ。ホントに関わりないというか……ないんだよな?」
ランダの自信なさげな言葉で、ハラズーン以外の全員が顔を見合わせた。
「……これ、魔王の企みとかだったらさ、どうするんだ?」
「そうだな。何パターンか、想定しておこう」
ジェイドがそう言う。ルウルウたちはハラズーンを除いて、車座になった。
「まず、俺たちがこうして捕らわれたことが、魔王の企みである場合」
「うん。じゃあ逆に……まったく魔王とは関係がない場合」
「ほかには……ハラズーンを捕らえるのが魔王の企みであり、俺たちは関係がない場合」
「その逆は、アタシらを捕まえるのが魔王の企みで、ハラズーンは関係がない場合ってことかな」
ルウルウたちは魔王の関わりを想定していく。
「もっとも最悪のパターンを考えよう。いま考えた中では……」
「ハラズーンもわたしたちも捕まえるのが、魔王の企みである場合……かな」
「もうひとつあるな」
ジェイドが眠っているハラズーンを見る。そしてジェイドは声をひそめた。
「ハラズーン自身が、魔王の手先である場合……だ」
全員の表情が曇る。ありそうなことだ。ハラズーン自身が魔王の手先であれば、ルウルウたちとの出会いも仕組めたことだろう。
「だが……俺たちは竜人谷のことも、魔王のことも知らなさすぎる」
そう言って、ジェイドは大きく息を吐いた。
「僕が知ってる話、していい?」
カイルが手を小さく上げる。長い耳を立てて、すこし得意げな顔だ。
「魔王は悪しき魔族の王。魔王に仕えるのは魔族のほか、信奉者となった亜人や人間も含まれてる。逆に言えば、亜人も魔族も、魔神が造り出した者だけど……必ずしも魔王に仕えてはいないってことだね」
「なるほどな」
「じゃあ、ハラズーンさんが魔王の信奉者だったら……?」
ルウルウはチラリとハラズーンを見る。そして気づく。彼の寝息が静まっている。
「……ふむぅ、貴殿らは魔王を求めて旅をしておるのか」
ハラズーンが横になったまま、ゆっくりと目を開ける。縦に長い瞳孔で、ルウルウたちを見据える。
「……聞いていたのか」
「途中からな。だが合点がいった」
ハラズーンはゆっくりと起き上がり、あぐらを組む。
「魔獣が闊歩しはじめた原因、おそらく魔族とやらにあろう」
ハラズーンは魔獣の発生状況を語る。それは通常の獣とは異なり、作為を感じさせる状況なのだという。竜人谷の人々は、真綿で首を絞められるように、じわじわと不自由な暮らしを強いられているらしい。
「魔族はひどく狡猾で、卑怯な連中と聞いておる。そやつらが魔獣を操り、ひいては竜王のそばに潜んでおるに違いない!」
「その前に、あんた自身が魔王の信奉者でないことを示す必要があるぞ」
ジェイドが無遠慮にその言葉を投げつけた。ハラズーンはきょとんとしたあと、大きく笑った。
「ハッハッハ! 魔王とやらは魔神の悪しき被造物。つまり聖なるものにはふれられぬ」
そう言うと、ハラズーンは自身を飾っている腕輪や首飾りを示す。赤いビーズをいくつも通し、何重にも重ねた装飾品だ。
「これらのアクセサリーはな、竜人谷でも特に清浄なる宝石といわれる、
「え、これ竜血石なの!?」
「竜血石なのか!?」
ハラズーンの言葉に、カイルとランダが反応した。ふたりはずずいっとハラズーンに近づく。
「ふぇ~! 現物は初めて見るよ!」
「こんなに小粒に加工できるモンなんだねぇ……」
ジェイドが呆気にとられ、ルウルウは記憶の中から「竜血石」を思い出す。タージュの蔵書に、そんな名前の石が出てきたはずだ。
「……たしか、太古の昔に死んだ竜が土に埋まって、流れ出た血が固まってできるっていう宝石、ですよね?」
「そんなのがあるのか」
「ええ、悪しき者に近づくと、石の色が緑色に変わって知らせてくれるっていう……」
ハラズーンの身につけた装飾品は、どれも赤く美しく輝いている。緑色にはなりそうもない。
「うむ、魔法使いよ。そのとおりだ。どうだ、剣士よ。我は信用できそうか?」
「ああ、そうだな」
ジェイドが肩をすくめた。どうやらひとまずハラズーンを信用しようという気になったようだった。どこか諦めたような雰囲気もあった。