ルウルウたちは魔王を退けるため、西を目指す。
トーリアを発って七日、道のりは厳しさを増している。というのも、山岳地帯へ入ったからだ。深い森と上下する街道を、なんとか越えていく。途中、里があればそこへ泊まった。なければ野宿である。
「ジェイド、この先はたしか」
「ああ、ルーガノン……
ジェイドとランダが歩きながら話す。ルウルウは肩からずれた荷物を背負い直した。
「竜人谷……って?」
「そうか、ルウルウは初めてか。竜人は知っているか?」
「はいは~い! 僕知ってる!!」
ルウルウが答える前に、カイルがひょうきんに手を上げた。
「竜人ってのは、別の言い方をするとリザードマン。トカゲと人間を混ぜたような、亜人だよ」
「亜人……つまり、魔神が造ったひとびとってことだね」
「うん、そう。リザードマンは蜥蜴人と呼ばれることもあるけど、リザードマンたち自身はもっぱら竜って名乗ってるよ! トカゲ呼びすると怒られるってさ!」
「カイルは竜人に会ったことが?」
「傭兵に混じってるのを見たことはあるよ」
「傭兵団長は嫌がってたな~……扱いづらいって」
「たしかに、竜人とつるんでる人間の冒険者ってのも珍しいモンだったしね」
ランダがうなずく。竜人に関する、冒険者のあいだの噂を思い出したらしい。
「竜人は粗食やら睡眠不足やらには耐えるけど、やけに生真面目で融通が効かないって」
「えっと、そんなひとたちの住んでるところってことですか?」
ルウルウは竜人谷に話題を戻す。ジェイドがうなずく。
「ああ、もうすぐその竜人谷に着くはずだ」
「大丈夫……なのかな?」
ルウルウが言うと、ジェイドは一行を止めて確認する。
「冒険者の身分証はあるな? 通行手形も」
「うん、ある」
「あるよー」
「ある、どっちもな」
通行手形があれば、基本的にどのエリアも通れるはずだ。冒険者は旅をして人々に利益をもたらす存在であり、彼らの移動は西方大陸では保証されている。
全員が身分証と通行手形を確認し、ホッとしたそのとき――。
――ゴオオオォォンッ!
近くで、悲鳴が鋭く上がった。獣のものではない。もっと異質な存在の悲鳴だ。
「皆、気をつけろ!」
ジェイドがショートソードを抜き払う。ランダが弓を構え、矢を指にかける。ルウルウは杖を握りしめ、カイルはすくみ上がっている。
あたりは鬱蒼とした山森の斜面である。見渡せる距離はほんのわずかだ。上に下に注意を払う。
「上だ!」
ジェイドが叫ぶと同時に、木々の向こうからなにかが転がり落ちてくる。真っ黒な毛の塊と、緑色の肌をした大柄な亜人だ――と理解するまで時間がかかる。ふたつの者はがっちり組み合ったまま、木々を押し倒しながら落ちてくる。
「なにあれ!? なにあれ!?」
「危ない!!」
ルウルウたちは、落ちてくる者たちを避ける。ひときわ太い樹木に、ふたつの者がぶち当たる。春先に伸びた木の葉が舞う。毛の塊を蹴り上げ、大柄な亜人がルウルウたちの目の前に着地する。
「よいところで出会った、貴殿ら冒険者であろう!」
「ああ! アンタは!?」
「名乗るのはあとだ、手を貸してくれぬか!」
大柄な亜人――竜人の男はそう言うと、棍棒を構えた。金属の棒、その先端に重しをつけた
一方、真っ黒な毛の塊は体勢を立て直す。真っ赤な目がギョロリと竜人とルウルウたちを睨む。四本の脚に、巨大な二本の牙、トゲと称してもよさそうな硬い毛――巨大なイノシシであった。
「イノシシ型の魔獣だ、油断めされるな!」
竜人の男がメイスを構え、全員に注意を促す。
「ランダ!」
「あいよ!」
ジェイドが鋭く呼びかけると、ランダが矢を弓につがえた。素早く矢を放つ。矢はイノシシの目に吸い込まれ、突き立った。
――ゴオオオォォンッ!
イノシシ型魔獣が、痛みに大きく身をよじった。
「来るぞ!」
魔獣は一歩二歩踏み出し、そして地面をかいて突進した。一行に向かって、真っ黒な塊が土煙を上げて走る。
「まかせよ」
竜人の男が両手でメイスを握り、構える。まっすぐ突進してくる魔獣の前に立つ。一閃、メイスを振り上げる。魔獣の頭が下からすくい上げられるように、メイスで殴り抜かれる。
骨の砕ける音とともに、魔獣は大きくバランスを崩した。巨体が空中で一回転する。そして木々を折りながら、山の斜面を転がり落ちていく。
「行くぞ。ランダ、ルウルウとカイルを頼む!」
「あいよ!」
ジェイドと竜人の男は、転がり落ちた魔獣を追って斜面を下った。トドメを刺さなければ、魔獣に追われる危険が去らないからだ。
――ゴオオオ……ン。
山の中を流れる沢に、魔獣は落ちていた。水の中でもがき、起き上がろうとしている。何度も血を吐き出す。
「哀れな」
竜人の男はメイスを振りかぶり、魔獣の頭に振り下ろした。魔獣の頭蓋骨が砕け、動かなくなる。やがて真っ黒な全身が、煤のようになって崩れ去っていく。
「ふう……助かった、礼を言うぞ」
「いや、俺はなにも」
竜人の男が礼儀正しく頭を下げ、ジェイドは謙遜で返した。竜人の男が、おのれの角のある頭を手で撫でる。
「ついてきてくれて心強かった。我はこれでも臆病なたちでな、ハッハッハ」
「いいや、さすがは竜人。素晴らしい
「フフフ……我はハラズーン、冒険者だ。貴殿は?」
「ジェイド、同じく冒険者だ。西へ向かって旅をしている」
「西……この先はルーガノンだ、そこへ行くのか?」
ジェイドがうなずくと、ハラズーンと名乗った竜人は胸を叩いた。
「ルーガノン! 我もそこへ行くつもりであった。どうだ、一緒に向かわぬか?」
「ああ、まずは仲間と合流だが……」
ハラズーンの申し出に、ジェイドは応じた。