魔王はルウルウ一行のことを知っている。
その事実に、ジェイドたちはこれから起こる困難を感じた。
「よぉし、わかった!」
ランダがパシン! と自身のひざを叩く。椅子から立ち上がり、高らかに宣言する。
「トーリアの義賊ランダ、義によってアンタらを助太刀しようじゃないか!」
ランダの宣言に、その場は一瞬静まった。
次の瞬間、ワァッと声が上がる。困惑の声だった。
「姐御! なにを言い出すんだ!?」
「せっかくグレッグを倒したのに!」
「姐御がいなけりゃ始まりませんぜぇ!!」
配下たちが口々にランダに言い募る。
それはクリスティアも同じだったようだ。困った表情で、ランダに近寄る。
「ランダ様、行ってしまわれるのですか……!?」
「ああ」
「ど、どうして……?」
クリスティアの問いに、ランダは明快に答えた。
「クリスティア、アンタはこれからドーン家を立て直さなきゃならない」
ランダは穏やかな口調で、クリスティアに言い聞かせるように語りかける。
「グレッグのせいで去った家臣たちをふたたび集め、民を治めるんだ。そのとき、アタシみたいなのがそばにいちゃいけない」
「なぜでしょうか、ランダ様……? 誰にも、文句は言わせませんわ!」
「信頼してくれるのは嬉しいけどね。トーリアを支えられる家臣たちから見りゃ、アタシの立場はミーザーンと同じだ」
クリスティアに取り入って、重用される新参者――もしランダがクリスティアのそばにあったとしても、ランダの立場はそういうものだ。旧家臣たちとの軋轢が生まれるのは、容易に想像できた。
「アタシ、人と人に挟まれて揉めるのはあんま得意じゃなくてねぇ」
ランダが苦笑する。
クリスティアとクナルたちが、残念そうにしながらも静まる。
「さて、どうだい? たった三人で魔王に挑むか? それともアタシも連れていくか?」
ランダに尋ねられ、ジェイドはルウルウとカイルを見る。ふたりともうなずく。ルウルウがランダの前に出た。
「ランダさん、厳しい旅になると思いますが……どうか、よろしくお願いします!」
「ははっ、よろしく!」
ランダはルウルウの手を取って握手し、ルウルウの肩を叩いた。ジェイドとカイルも席から立って、ランダの前に立つ。ジェイドが一礼する。
「よろしく、ランダ。あなたの技量をアテにしよう」
「まかせな! 弓ならちっとは自信あるよ!」
ジェイドの言葉に、ランダが応える。その場にいる者たちは、初めてランダがジェイドを射掛けたときを思い出し、笑う。あのときはジェイドの方が一枚上手(うわて)だった。
「おお、義賊ランダ! 秀麗な姫君の騎士にして、世界を旅する冒険者!」
カイルがランダを讃えるような言葉を口にする。まるで吟遊詩人がするような口ぶりに、皆がドッと笑った。鬱屈としていたトーリアの空気を、笑い飛ばすように。そして食事の席は宴席のような賑やかさとなった。
「皆様、トーリアのためにお力を貸していただき、ありがとうございました」
宴も終わろうとしている。クリスティアが全員の前に出て、礼を言う。
「ドーン家はこれからどうなるかわかりません。取り潰されるかもしれない」
クリスティアはすでに、国王に手紙を送っている。トーリアで起きていたことを告発し、懺悔する書簡である。数日もすれば、国王から沙汰があるだろう。その結果、ドーン家は罪を問われて断絶するかもしれなかった。
「でも、もし……皆様がトーリアの地を愛してくださるなら。どうか、新しい為政者とともに、人々を助けてくださると嬉しいです」
クリスティアには覚悟ができている――とルウルウは思った。これからクリスティアに降りかかる困難は、きっと魔王撃退の旅にも匹敵することだろう。守られて生きてきたクリスティアにとって、ひどく難しい道であることは明らかだった。
ルウルウはクリスティアに親近感を感じる。クリスティアと同じように、ルウルウも困難な道を行かねばならない。覚悟ができていなくても、その道を進まねばならない。
「クリスティア様……」
ルウルウはクリスティアの前に進み出た。
「あの、わたしが言うことじゃないかもしれないですが……頑張ってください!」
「ルウルウ様……」
クリスティアはこくん、とうなずき笑った。
「もちろんです、ルウルウ様。ランダ様をよろしくお願いいたします」
「はい! ……あ、でも、きっとお世話になるのはわたしの方ですが……」
ルウルウの頼りない答えに、クリスティアは笑った。そしてルウルウを抱きしめる。
「わ……っ?」
「ルウルウ様、どうか魔王を退けてくださいませ。魔王のばらまく悪意は、我がトーリアの地の仇です」
そう言われて、ルウルウは納得した。魔王の悪意によって、トーリアの地はひどい状況になってしまった。ドーン家だけでなく、トーリアの民たちが苦労した。それは許せないことだ。
「魔王を退けたあかつきには、きっと戻ってきてくださいませ。その時、わたくしが留まっているかはわかりませんが……トーリアの地にとって、あなたがたは救いの勇者です」
クリスティアが腕をゆるめて、ルウルウを見つめる。ルウルウはしっかりその視線を見返して、うなずいた。
「必ず、魔王を退けます。そのあとは、クリスティア姫も一緒に……宴をしましょう」
「ええ、必ず……ですわ」
歳の近いふたりは、笑いあった。
その様子を、ランダとジェイドがほほえましく見ている。カイルも嬉しそうに両手を頭のうしろで組んだ。
「よかったよかった! 人が増えるのはいいことだ!」
「カイル、アンタもしっかり働いてもらうよ!」
「僕はただの道化師だもん~! 働くのは新参のランダの役目でしょ!」
「はン、
カイルとランダのやり合いに、全員が笑った。
ルウルウたちは夜遅くまで、語り合った。これから始まる、四人での旅を打ち合わせるように。知っていることを確認する。
そうして、夜の時間が過ぎていった。