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第3-2話 藪に秘めし想い(2)

 ルウルウたちはドーン家の隠し谷を陥落させた。魔族たちは討滅され、魔獣の生成工場も破壊された。囚われていた人々は解放された。


 クナルたちはルウルウとともに、トーリア城を目指した。もしジェイドとランダたちの方が失敗していたら、クナルたちがグレッグと決着をつけねばならない。


 雨が降り出している。ルウルウの一時的な魔法ではない。天気が変わって、夜の雨となっていた。


「ジェイド……カイル……!」


 ルウルウたちは、トーリア城に到着した。トーリア城の門は夜にも関わらず開け放たれている。中で蠢いていた悪徳が、陥落したことを示していた。


 城の入口で、ランダとカイル、そしてジェイドが手を振っている。クナルたちが歓声を上げて、ランダに向かって走っていく。


「姐御! やったのか!?」

「ああ! お前たちもよくやった!」

「やった! やったやった!! 姐さん、すげぇや!!」

「ちょっとー! なんで僕まで!?」


 ランダを胴上げせんばかりに、クナルたちは喜んだ。カイルも巻き込まれて、もみくちゃにされている。

 そんな喜びの集団から、ジェイドが抜け出してくる。


「ルウルウ」

「ジェイド……」


 ルウルウはひどく切ない気持ちになった。会えて嬉しいのに、胸の中がツンと痛い。涙があふれそうになって、ルウルウは思わずジェイドに駆け寄った。


「ジェイド……!」


 ジェイドのまとうマントの胸元をつかみ、ルウルウは顔を埋めた。涙がポロポロとこぼれてくる。


「ルウルウ……?」


 ジェイドが困ったようにルウルウを呼ぶ。だがルウルウは顔を上げられない。彼女の頬を絶えず熱い涙が伝っていく。

 不安だった。魔族と戦う自分がひどく頼りなく思えた。その不安が、涙に溶けていく気がする。不安を溶かした涙が落ちるたびに、安心感が胸の中に残っていく。


「うぅ……ぐす、ぐす……」


 なにか言葉にしたいのに、嗚咽ばかりがあふれてくる。情けないが、どうしようもない。

 ルウルウが泣いているのを悟って、ジェイドがそっと抱きしめてくる。マントの中にルウルウの表情を隠させ、彼女の真珠色の髪をポンポンと撫でた。


「すまん、無理をさせたな」


 ジェイドが詫びたが、ルウルウは首を横に振った。ルウルウの不安はもう胸になく、安心と喜びが満ちてきている。涙がおさまる。

 それを察したのか、ジェイドが腕をゆるめる。ルウルウは赤くなった目元で、ジェイドを見上げる。彼の黒い瞳が、穏やかに笑む。


「よくやった、ルウルウ」

「……うん!」


 ルウルウはようやく、自分が成し遂げたことを納得できた。魔族を退け、彼らの悪意がばらまかれるのを防いだのだ。


 そこへクリスティアが出てくる。憔悴した表情だが、どこか安堵しているようにも見える。クリスティアはジェイドたちと義賊たちの前に進み出る。


「ランダ様、ジェイド様、カイル様、ルウルウ様、それに皆様」


 クリスティアは丁寧に名を呼び、深く一礼した。


「このたびは……まことに、ありがとうございました」

「……クリスティア」


 ランダがクリスティアの前に歩み出る。騒いでいた義賊たちも静まる。全員が並んで、居ずまいを正す。

 ランダはクリスティアの肩を叩いた。


「これからが大事だよ」

「ランダ様……わたくしは、成すことができるでしょうか……?」

「やれなくったって、やるしかない。アンタはもう、トーリアの主人だ」


 人生には、その能力がなくとも、成さねばならぬときがある。

 ランダはそう言っている。クリスティアはこれから起こることに逃げ出さず、向き合わねばならない。それが領主という人生の主役に生まれた者の責務である。


「やれなくったって、やるしかない……」


 その言葉は、ルウルウの胸にも響いた。魔王を退ける、なんてできないかもしれない。だが逃げ出すわけにもいかない。ルウルウもまた、魔王撃退という人生の主役になってしまったのだから。


「ジェイド、わたし……」

「大丈夫だ」


 ルウルウに言葉をかぶせるように、ジェイドが応えた。


「俺たちはやれる。今日のように、な」


 ルウルウはうなずいた。ジェイドの言葉が頼もしい。彼の黒い瞳を見ていると、頬が温かくなってくる。

 ルウルウとジェイドを見て、カイルが嬉しそうに笑っていた。


 クリスティアがハッとしたように、全員に声をかける。


「皆様、城へお入りください。なにもありませんが、これからのお話をしとうございます」

「おう、そうだね。クナル、みんな、酒ぐらいはもらおうじゃないか!」


 ランダがそう言うと、義賊たちはワッと声を上げた。クリスティアも笑ってうなずく。

 全員が城の中へ案内され、酒と食事を振る舞われる。雨の中で体を冷やしていた義賊たちは、喜んで酒を飲んだ。酒を飲みながら、今回の顛末を報告しあっている。


「ジェイド、カイル、ルウルウ。世話になったね」


 食事をしていると、ランダが酒杯を手に近づいてくる。


「特にルウルウ。クナルも驚いてたよ、強い魔法が使えるって」

「いえ……今日、初めて使った魔法もありましたし。上手くいってよかったです」

「初めて使った魔法?」


 ランダにルウルウが答えると、ジェイドが話に入ってくる。


「どういう魔法だ、それは?」

「ええと、そのあたりにある水を吸い上げて、雨みたいに降らせる魔法……って言えばいいかな」

「魔力は大丈夫だったのか?」


 ジェイドはルウルウの魔力切れを心配しているようだ。


「うん、大丈夫。わたし、少しずつ魔力が強まってきたみたい……!」


 ルウルウはそう答えられることを嬉しく思った。自分も強くなっている、と言える。

 ランダが笑って、酒をあおる。


熟練度レベルが上がったってやつだろう? めでたいじゃないか」


 冒険者は戦ううちに、経験を積んで強くなる。剣士は腕前が上がる。魔法使いはより強い魔法を扱えるようになる。それを熟練度が上がる、という。


「で、魔王を探して退ける旅は続けるのかい?」

「ああ、もちろん」


 ジェイドはそう答えてから、ルウルウとカイルを見た。ルウルウも同意をこめて、うなずく。カイルもうなずいてから、思い至ったかのように上を向く。


「あ、でも、また今回みたいなことに遭うのかな~」

「それは当然だろうな。魔王はこちらのことを知っているようだし」

「そ、そうなの……?」


 ルウルウはジェイドに尋ねる。ジェイドは表情を曇らせる。


「ミーザーンは魔族だった。魔王は、高い位にある魔族に、俺たちのことを知らせたようだ」

「たぶんこれから、襲ってくる魔族もいるだろうね……」


 カイルが不安げにもらす。

 ルウルウもまた不安が胸の中に生まれるのを感じた。

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