ルウルウたちはドーン家の隠し谷を陥落させた。魔族たちは討滅され、魔獣の生成工場も破壊された。囚われていた人々は解放された。
クナルたちはルウルウとともに、トーリア城を目指した。もしジェイドとランダたちの方が失敗していたら、クナルたちがグレッグと決着をつけねばならない。
雨が降り出している。ルウルウの一時的な魔法ではない。天気が変わって、夜の雨となっていた。
「ジェイド……カイル……!」
ルウルウたちは、トーリア城に到着した。トーリア城の門は夜にも関わらず開け放たれている。中で蠢いていた悪徳が、陥落したことを示していた。
城の入口で、ランダとカイル、そしてジェイドが手を振っている。クナルたちが歓声を上げて、ランダに向かって走っていく。
「姐御! やったのか!?」
「ああ! お前たちもよくやった!」
「やった! やったやった!! 姐さん、すげぇや!!」
「ちょっとー! なんで僕まで!?」
ランダを胴上げせんばかりに、クナルたちは喜んだ。カイルも巻き込まれて、もみくちゃにされている。
そんな喜びの集団から、ジェイドが抜け出してくる。
「ルウルウ」
「ジェイド……」
ルウルウはひどく切ない気持ちになった。会えて嬉しいのに、胸の中がツンと痛い。涙があふれそうになって、ルウルウは思わずジェイドに駆け寄った。
「ジェイド……!」
ジェイドのまとうマントの胸元をつかみ、ルウルウは顔を埋めた。涙がポロポロとこぼれてくる。
「ルウルウ……?」
ジェイドが困ったようにルウルウを呼ぶ。だがルウルウは顔を上げられない。彼女の頬を絶えず熱い涙が伝っていく。
不安だった。魔族と戦う自分がひどく頼りなく思えた。その不安が、涙に溶けていく気がする。不安を溶かした涙が落ちるたびに、安心感が胸の中に残っていく。
「うぅ……ぐす、ぐす……」
なにか言葉にしたいのに、嗚咽ばかりがあふれてくる。情けないが、どうしようもない。
ルウルウが泣いているのを悟って、ジェイドがそっと抱きしめてくる。マントの中にルウルウの表情を隠させ、彼女の真珠色の髪をポンポンと撫でた。
「すまん、無理をさせたな」
ジェイドが詫びたが、ルウルウは首を横に振った。ルウルウの不安はもう胸になく、安心と喜びが満ちてきている。涙がおさまる。
それを察したのか、ジェイドが腕をゆるめる。ルウルウは赤くなった目元で、ジェイドを見上げる。彼の黒い瞳が、穏やかに笑む。
「よくやった、ルウルウ」
「……うん!」
ルウルウはようやく、自分が成し遂げたことを納得できた。魔族を退け、彼らの悪意がばらまかれるのを防いだのだ。
そこへクリスティアが出てくる。憔悴した表情だが、どこか安堵しているようにも見える。クリスティアはジェイドたちと義賊たちの前に進み出る。
「ランダ様、ジェイド様、カイル様、ルウルウ様、それに皆様」
クリスティアは丁寧に名を呼び、深く一礼した。
「このたびは……まことに、ありがとうございました」
「……クリスティア」
ランダがクリスティアの前に歩み出る。騒いでいた義賊たちも静まる。全員が並んで、居ずまいを正す。
ランダはクリスティアの肩を叩いた。
「これからが大事だよ」
「ランダ様……わたくしは、成すことができるでしょうか……?」
「やれなくったって、やるしかない。アンタはもう、トーリアの主人だ」
人生には、その能力がなくとも、成さねばならぬときがある。
ランダはそう言っている。クリスティアはこれから起こることに逃げ出さず、向き合わねばならない。それが領主という人生の主役に生まれた者の責務である。
「やれなくったって、やるしかない……」
その言葉は、ルウルウの胸にも響いた。魔王を退ける、なんてできないかもしれない。だが逃げ出すわけにもいかない。ルウルウもまた、魔王撃退という人生の主役になってしまったのだから。
「ジェイド、わたし……」
「大丈夫だ」
ルウルウに言葉をかぶせるように、ジェイドが応えた。
「俺たちはやれる。今日のように、な」
ルウルウはうなずいた。ジェイドの言葉が頼もしい。彼の黒い瞳を見ていると、頬が温かくなってくる。
ルウルウとジェイドを見て、カイルが嬉しそうに笑っていた。
クリスティアがハッとしたように、全員に声をかける。
「皆様、城へお入りください。なにもありませんが、これからのお話をしとうございます」
「おう、そうだね。クナル、みんな、酒ぐらいはもらおうじゃないか!」
ランダがそう言うと、義賊たちはワッと声を上げた。クリスティアも笑ってうなずく。
全員が城の中へ案内され、酒と食事を振る舞われる。雨の中で体を冷やしていた義賊たちは、喜んで酒を飲んだ。酒を飲みながら、今回の顛末を報告しあっている。
「ジェイド、カイル、ルウルウ。世話になったね」
食事をしていると、ランダが酒杯を手に近づいてくる。
「特にルウルウ。クナルも驚いてたよ、強い魔法が使えるって」
「いえ……今日、初めて使った魔法もありましたし。上手くいってよかったです」
「初めて使った魔法?」
ランダにルウルウが答えると、ジェイドが話に入ってくる。
「どういう魔法だ、それは?」
「ええと、そのあたりにある水を吸い上げて、雨みたいに降らせる魔法……って言えばいいかな」
「魔力は大丈夫だったのか?」
ジェイドはルウルウの魔力切れを心配しているようだ。
「うん、大丈夫。わたし、少しずつ魔力が強まってきたみたい……!」
ルウルウはそう答えられることを嬉しく思った。自分も強くなっている、と言える。
ランダが笑って、酒をあおる。
「
冒険者は戦ううちに、経験を積んで強くなる。剣士は腕前が上がる。魔法使いはより強い魔法を扱えるようになる。それを熟練度が上がる、という。
「で、魔王を探して退ける旅は続けるのかい?」
「ああ、もちろん」
ジェイドはそう答えてから、ルウルウとカイルを見た。ルウルウも同意をこめて、うなずく。カイルもうなずいてから、思い至ったかのように上を向く。
「あ、でも、また今回みたいなことに遭うのかな~」
「それは当然だろうな。魔王はこちらのことを知っているようだし」
「そ、そうなの……?」
ルウルウはジェイドに尋ねる。ジェイドは表情を曇らせる。
「ミーザーンは魔族だった。魔王は、高い位にある魔族に、俺たちのことを知らせたようだ」
「たぶんこれから、襲ってくる魔族もいるだろうね……」
カイルが不安げにもらす。
ルウルウもまた不安が胸の中に生まれるのを感じた。