目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第2-4話 魔を暴け(4)

 ミーザーンは語り終わると、床に倒れた。その全身が真っ黒な塊に変化していく。まるで煤の塊のようになり、砕けて床の上に散らばる。


「……死んだか」


 ジェイドは視線を上げる。

 魔獣に変化したグレッグもまた、塵となって砕け散った。ミーザーンにそそのかされ非道を行ったにしても、あまりに哀れで凄絶な最期であった。


「ランダ様……」

「クリスティア」


 砕け散った義父の前で、クリスティアが涙している。その背中をランダがさする。気遣いと謝罪の気持ちが、そこにはこもっている。

 クリスティアが泣きながら後悔する。


「こんな、こんなことに……なる前に……お義父様を止めるべきでした……!」

「……すまなかったね」

「ランダ様……!」


 クリスティアがランダに抱きついて、声を上げて泣く。

 これからクリスティアは最も大変な立場になる。ドーン家本来の当主として、トーリアの地をなんとかせねばならない。まずは国王に詫びを入れ、沙汰を待たねばならないだろう。


 ランダが静かに、クリスティアの背を撫でている。この二人のあいだには、たしかに――友誼以上の情がある。ジェイドにはそう感じられた。


「ジェイド、カイル」


 クリスティアを慰めながらも、ランダが視線をこちらに向ける。


「ありがとう。クリスティアの分も、礼を言う」


 ランダはそう言ってほほえんだ。


 外から雷鳴の音がする。ルウルウの魔法か――とジェイドは一瞬思った。だが遠すぎる。ルウルウはいま、ドーン家の隠し谷にいるはずだ。


 そう、ルウルウとランダの配下たちが、隠し谷を攻撃したのだ。魔獣を生成する設備は、ルウルウの強力な魔法で破壊されたに違いない。


 また数度、小さく雷の音がする。ポツポツと雨が降り出した。春先の雨は冷たい。


「ルウルウを待たないと、な」

「そうだね」


 ジェイドとカイルはそう言い合った。


 そこからは淡々とコトが進んだ。クリスティアは、ドーン家に残っていた配下に命じて、国王へと手紙を出した。グレッグの勝手な行動を告発し、また詫びる手紙である。数日もすれば、国王から沙汰があるだろう。


 クリスティアは配下たちにランダを紹介した。ランダが義賊であることは、配下たちも薄々気づいていたらしい。彼らはグレッグとミーザーンの暴挙に怯えており、ランダが味方になったことを喜んだ。


 さらに一方で――。


「ねえ、ジェイド」

「なんだ?」


 ジェイドとカイルは、塵となったミーザーンとグレッグをそれぞれかき集めた。そして雨の中、トーリアの墓地にやってくる。通り雨らしく、降りくる水の勢いは弱くなっている。


 ジェイドは墓地の片隅に、穴を掘る。借りてきた鋤(すき)を、土に突き刺し、持ち上げる。カイルはランプでその様子を照らしている。


「ランダとクリスティア姫、これからどうするんだろう?」

「そうだな」


 水を含んで重たくなった土を深く掘り上げる。意外に重労働だ。


「クリスティア姫はおそらく……ランダをパートナーにするんだろう」

「女同士だけど……?」

「あの二人には、もう絆がある。身分の差も超えていくさ」


 ジェイドは鋤を置く。深く掘った穴が、二つできる。

 マントの中から、ジェイドはふたつの布袋を取り出した。グレッグとミーザーンの塵がそれぞれ入った、忌まわしき遺灰である。それを掘った穴の中へ丁寧に置き、土で埋めていく。


「……グレッグは平民だった。それが未亡人となった先代領主シャーリーに見出された。騎士として、先代領主を支えた結果だったんだろう」


 平民と貴族の結婚――そこには尊い愛情と忠誠心があったはずだ。先代領主が亡くなっても、ならばクリスティアを支えていこうと、グレッグは思ったはずだ。


 だがそれを、魔族ミーザーンが変えてしまった。ミーザーンはグレッグをそそのかし、禁忌の軍を持たせようとした。グレッグはクリスティアだけでなく、国王にも反旗を翻すつもりになっていた。


「すべてはミーザーン、いや……魔王の戯れだったが」


 魔王の望みは――西方大陸に悪意をばらまき、魔神への道を開く。まるで悪童のような気軽さで、魔王は大陸を暗夜に導こうとしている。ジェイドはそう感じていた。魔王のやろうとしていることは、ジェイドやルウルウ、カイルだけでなく、善く生きようとする命への冒涜だ。


「許せない、よね?」

「ああ、もちろんだ」


 カイルの問いに、ジェイドは鋤を土に突き立てて答えた。墓穴を埋め終わったのだ。冷たい雨がさあさあと土にかかり、永遠に眠る者たちを冷やしていく。


「俺は魔王を倒す。ルウルウのためにも、この俺の怒りのためにも」


 ジェイドは、グレッグたちを埋めた墓地に一礼した。

 忌まわしき者たちは、土の中に眠った。今回のコトが落ち着いたら、クリスティアが神官を手配し、もっと丁寧に供養するはずだ。そうすれば、魔族と化した罪がすこしは浄化されるだろうか。


「僕もついていくよ、ジェイド」

「ああ」


 カイルがジェイドに言い、ジェイドはうなずいた。ジェイドの黒い髪から、ぽたりと雨粒が落ちた。


「行こう。……ルウルウたちが戻ってくるはずだ」


 そう言うと、ジェイドはきびすを返した。カイルがあとに続く。

 雨がさあさあと降っている。遠くに上がる黒煙も徐々に弱まっている。事態が収束していく気配がしていた。


 つづく

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?