グレッグは大量の触手に襲われた。まるで蛾の繭のように、細い糸状の触手に全身を覆われてしまっている。赤黒い塊と化し、ビクビクと痙攣している。
「ミーザーン!」
すかさずジェイドがミーザーンに斬りかかった。ジェイドのショートソードを、ミーザーンが
「ランダ、あ、あれ……!」
繭と化したグレッグを、カイルが指差す。呆然と見ていたランダが、短剣を構え直す。
赤黒い繭が、ぐにょりと伸び上がった。それはミーザーンが使役していた、軟体動物型の魔獣だった。魔獣が、カイルとランダに顔を向ける。
「あ、ギ、ぐ、ガ……」
ナメクジ型魔獣の顔――歪んだグレッグの顔が、意味のない音を立てる。
さしものランダの顔も青ざめる。おぞましいものを見たときの、正常な反応だった。
「ガギ、ガギギギギギギ……!」
魔獣と化したグレッグが、ランダたちに向かって尾を振りかざし、薙ぐ。ランダがカイルの腕をつかんで、横っ飛びにかわす。尾が振り下ろされ、床が轟音を立ててへこんだ。緩慢な動きだが、一撃は重い。
「クソ! どうすりゃいいってんだよ!?」
ランダがカイルに視線を向ける。カイルの返答を期待している。
「……無理だよ」
「あ?」
「ああなった人間を、もとに戻すことはできない――」
カイルがそう言った瞬間、広間に戻ってきた者がいる。クリスティアだ。おそらく様子を見に来たのだろう。彼女の腕には、見事な剣が鞘に収まった状態で握られている。
「魔獣……!?」
クリスティアが愕然とつぶやく。そんな彼女に、グレッグだった魔獣が顔を向ける。
「お、お義父……さま……?」
「ゴギガガガガァーー!」
「きゃああーー!?」
魔獣が吠え上がり、頭からクリスティアに突っ込む。クリスティアはかろうじて横によけ、魔獣は床に顔をめりこませる。
「クリスティア!」
「ランダ様……! お、お義父様が……!」
「クリスティア、その剣をよこしな!」
ランダが叫ぶと、クリスティアはハッと腕の中にある剣に視線をやった。両手で振りかぶり、ランダに向かって剣を
「いま、楽にしてやる……!」
ランダが、床に顔をめりこませた魔獣に駆け寄る。鈍色に光る剣を振り上げる。
「だぁぁぁーーーーッ!!」
気合一閃、ランダの振り下ろした刃が、魔獣の首を断ち切る。魔獣の体が大きく跳ね上がり、体液を撒き散らしながら悶える。魔獣の頭もまた、斬られた反動で床に転がった。
「チッ!」
魔獣グレッグの最期を横目に見て、ミーザーンが舌打ちする。その一瞬を見逃すジェイドではない。大きく素早く踏み込み、袈裟懸けに斬りつける。
「ギャアアッ!?」
斬られたミーザーンが絶叫し、数歩、後方にたたらを踏む。床にひざをつく。
「クゥ……!」
「ここまでだ、ミーザーン」
ミーザーンの首に、ジェイドがショートソードを突きつける。ミーザーンは肩で大きく息を吐き、糸目を開いてギロリとジェイドを睨みつける。
「貴様はそこそこ高位の魔族なのだろう。ならば訊く、これは魔王の意志か?」
ジェイドは、この顛末は魔王の悪意ゆえか、と尋ねている。ミーザーンは血の滲んだ口元で、にんまりと笑った。
「ええ、ええ、魔王様のご意志ですとも」
「人間をそそのかし、魔獣を作らせることが?」
「いえいえ、それはわたくしがご下命を受けて創意工夫した結果……」
ミーザーンは痛みをこらえながらも、恍惚とした表情で語る。
「大陸に悪意をばらまく。醜さをばらまく。異形をばらまく。さすれば道が開けると……」
「道、だと?」
「魔王様が至高の魔神へと至る、その尊き道が――」
そう言って、ミーザーンはケラケラと笑った。まるで勝者のように、陶然と。
「ふざけるな!」
ジェイドが鋭く怒鳴った。怒りに満ちた表情で、ミーザーンを睨みつける。
「そんなくだらない理由で、ルウルウはすべてを奪われたのか!?」
「ホ、ホ、ホ……ずいぶんとお怒りですこと……」
ミーザーンがゴホリ、と咳き込み血を吐いた。そして糸目を見開き、虹彩の大きな眼でギロリとジェイドを見る。
「魔王様は、大陸全土のすべての魔族の眼を通して、ご覧あそばされています」
にやぁっと笑って、ミーザーンはジェイドに語りかけた。
「愚かな人間、魔王様に楯突く人間よ。あなたがたは魔王様にとって、羽をむしって遊ぶ虫にすぎないのですよ……!」
ミーザーンはそう言うと、高らかに笑った。トーリア城が、闇に包まれていく。