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第2-3話 魔を暴け(3)

 グレッグは大量の触手に襲われた。まるで蛾の繭のように、細い糸状の触手に全身を覆われてしまっている。赤黒い塊と化し、ビクビクと痙攣している。


「ミーザーン!」


 すかさずジェイドがミーザーンに斬りかかった。ジェイドのショートソードを、ミーザーンが鎌剣ハルパーで受け流す。数度、刃を交える。金属の刃がぶつかり合い、火花が散った。


「ランダ、あ、あれ……!」


 繭と化したグレッグを、カイルが指差す。呆然と見ていたランダが、短剣を構え直す。

 赤黒い繭が、ぐにょりと伸び上がった。それはミーザーンが使役していた、軟体動物型の魔獣だった。魔獣が、カイルとランダに顔を向ける。


「あ、ギ、ぐ、ガ……」


 ナメクジ型魔獣の顔――歪んだグレッグの顔が、意味のない音を立てる。

 さしものランダの顔も青ざめる。おぞましいものを見たときの、正常な反応だった。


「ガギ、ガギギギギギギ……!」


 魔獣と化したグレッグが、ランダたちに向かって尾を振りかざし、薙ぐ。ランダがカイルの腕をつかんで、横っ飛びにかわす。尾が振り下ろされ、床が轟音を立ててへこんだ。緩慢な動きだが、一撃は重い。


「クソ! どうすりゃいいってんだよ!?」


 ランダがカイルに視線を向ける。カイルの返答を期待している。


「……無理だよ」

「あ?」

「ああなった人間を、もとに戻すことはできない――」


 カイルがそう言った瞬間、広間に戻ってきた者がいる。クリスティアだ。おそらく様子を見に来たのだろう。彼女の腕には、見事な剣が鞘に収まった状態で握られている。


「魔獣……!?」


 クリスティアが愕然とつぶやく。そんな彼女に、グレッグだった魔獣が顔を向ける。


「お、お義父……さま……?」

「ゴギガガガガァーー!」

「きゃああーー!?」


 魔獣が吠え上がり、頭からクリスティアに突っ込む。クリスティアはかろうじて横によけ、魔獣は床に顔をめりこませる。


「クリスティア!」

「ランダ様……! お、お義父様が……!」

「クリスティア、その剣をよこしな!」


 ランダが叫ぶと、クリスティアはハッと腕の中にある剣に視線をやった。両手で振りかぶり、ランダに向かって剣を投擲すなげる。ランダは剣を受け取り、鞘から刀身を抜き払った。


「いま、楽にしてやる……!」


 ランダが、床に顔をめりこませた魔獣に駆け寄る。鈍色に光る剣を振り上げる。


「だぁぁぁーーーーッ!!」


 気合一閃、ランダの振り下ろした刃が、魔獣の首を断ち切る。魔獣の体が大きく跳ね上がり、体液を撒き散らしながら悶える。魔獣の頭もまた、斬られた反動で床に転がった。


「チッ!」


 魔獣グレッグの最期を横目に見て、ミーザーンが舌打ちする。その一瞬を見逃すジェイドではない。大きく素早く踏み込み、袈裟懸けに斬りつける。


「ギャアアッ!?」


 斬られたミーザーンが絶叫し、数歩、後方にたたらを踏む。床にひざをつく。


「クゥ……!」

「ここまでだ、ミーザーン」


 ミーザーンの首に、ジェイドがショートソードを突きつける。ミーザーンは肩で大きく息を吐き、糸目を開いてギロリとジェイドを睨みつける。


「貴様はそこそこ高位の魔族なのだろう。ならば訊く、これは魔王の意志か?」


 ジェイドは、この顛末は魔王の悪意ゆえか、と尋ねている。ミーザーンは血の滲んだ口元で、にんまりと笑った。


「ええ、ええ、魔王様のご意志ですとも」

「人間をそそのかし、魔獣を作らせることが?」

「いえいえ、それはわたくしがご下命を受けて創意工夫した結果……」


 ミーザーンは痛みをこらえながらも、恍惚とした表情で語る。


「大陸に悪意をばらまく。醜さをばらまく。異形をばらまく。さすれば道が開けると……」

「道、だと?」

「魔王様が至高の魔神へと至る、その尊き道が――」


 そう言って、ミーザーンはケラケラと笑った。まるで勝者のように、陶然と。


「ふざけるな!」


 ジェイドが鋭く怒鳴った。怒りに満ちた表情で、ミーザーンを睨みつける。


「そんなくだらない理由で、ルウルウはすべてを奪われたのか!?」

「ホ、ホ、ホ……ずいぶんとお怒りですこと……」


 ミーザーンがゴホリ、と咳き込み血を吐いた。そして糸目を見開き、虹彩の大きな眼でギロリとジェイドを見る。


「魔王様は、大陸全土のすべての魔族の眼を通して、ご覧あそばされています」


 にやぁっと笑って、ミーザーンはジェイドに語りかけた。


「愚かな人間、魔王様に楯突く人間よ。あなたがたは魔王様にとって、羽をむしって遊ぶ虫にすぎないのですよ……!」


 ミーザーンはそう言うと、高らかに笑った。トーリア城が、闇に包まれていく。

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