トーリア城は黄昏の光に包まれていた。黄金色と紅色の混じった光に、無骨な城が照らし出されている。
「おお……! 見事、ランダを捕らえるとは!」
グレッグが心底嬉しそうに、ジェイドたちを出迎えた。ジェイド、カイル、ミーザーン。そして捕らわれたランダとクリスティア。城の広間に入る。
「クリスティア、心配したぞ」
「……お
カイルがクリスティアの拘束を解く。クリスティアは呆然とその場に立ち尽くしている。
グレッグが指示すると、メイドのひとりがクリスティアを別室へと連れていく。クリスティアは何度もランダの方を振り返る。しかしついにメイドに促されて、城の奥へと消える。
「ご苦労だった、ジェイド殿。苦労ついでに頼まれてほしいことがある」
「ほう、なんでしょう?」
ジェイドは、ランダを拘束した縄を持っている。ランダは観念したように黙ったままだ。
「その女狐を処刑したい」
グレッグは冷徹な口調でそう言った。
「その女は、我が領地――特に私の直轄地で暴れまわった盗賊だ。罪は明らかである」
「はて、そこはクリスティア姫の領地では?」
「いいや、私のものだ」
グレッグの発言は、領主代理という立場を超えたものだ。
「私が統治してきた土地だ。なにも不思議なことではない」
そこまで言ってから、グレッグはジェイドに尋ねた。
「そういえば、一緒にいた娘はどうした?」
「残念ながら、盗賊の残党が連れて行ってしまったようです」
「それは心配だな」
「なに、半人前の冒険者にはよくあることです」
ジェイドの口ぶりに、カイルが声を上げた。
「そ、そんなこと言わないでよ! 早く助けに行きたいクセにさぁ!」
カイルの言葉に、ジェイドが「やれやれ」といった風に肩をすくめる。グレッグがニヤリと笑った。
「その女狐を斬ってくれれば、私の魔獣たちを貸そう。残党狩りの役に立つぞ?」
「ありがたいお言葉。しかし、
「かまわん。絨毯ならいくらでも替えがある」
ジェイドが腰のショートソードを抜き払う。ランダを無理やり床に座らせ、首を出させる。その首筋を狙って、ショートソードを振り上げる。
ふっと城の中が暗くなる。完全に太陽が没したのだ。それと同時に――。
「……
ミーザーンが窓の外を見て、緊張した声を上げた。
遥か遠く、山の向こうから煙が上がっている。
「まさか、隠し谷か!?」
その叫びと同時に、ジェイドはショートソードを振り下ろした。ぶつり、と縄のちぎれる音がする。ランダの拘束が解ける。ランダは素早く立ち上がって、グレッグの前に踏み込む。強烈な頭突きを、グレッグの顔にぶちかました。
「ぐあ!!」
ランダはグレッグの脚を蹴り、バランスを崩させる。グレッグの背後に回り、ランダは彼の腕をひねりあげる。そして短剣を抜き、グレッグの首筋に突きつけた。
「ぐ、ぐ、ランダ、貴様……!」
「ご主人様!」
「動くな、ミーザーン!」
ミーザーンに、ジェイドがショートソードを突きつける。ミーザーンは動きを封じられ、ジェイドを睨みつける。
「裏切った、というわけですか……」
「そっちの目論見はわかっている」
ミーザーンの言葉に、ジェイドが答える。
「ランダには人望がある。だから流れの
その問いに、ミーザーンは答えなかった。肯定、ということだ。
「ではあなたがたは、なにが目的なのでしょうか?」
「魔王の居場所を吐け」
ジェイドの言葉に、ミーザーンが糸目を見開いた。大きく口を開き、ゲタゲタと笑う。
「あっはっはっは! 魔王様に楯突く者が現れた、とは
「ほう、魔族のあいだではすでに周知のことか?」
「ええ。それなりに地位のある者のあいだでは」
そう言うなり、ミーザーンはジェイドに襲いかかった。ジェイドはショートソードで応戦する。ガキン! と硬い音が響き、ミーザーンとジェイドは距離を取る。
ミーザーンの手には、いつの間にか
「ま、魔法で武器を隠してたんだ!?」
カイルが悲鳴のように叫んで、壁際に逃げる。ミーザーンはカイルは脅威ではないとみなし、ジェイドにハルパーを向ける。
「ミーザーン! なにをしている! 早くそやつを殺し、私を助けぬか!?」
対峙しているジェイドとミーザーンのあいだに、大声がかかった。ランダに拘束されたグレッグの声だ。
「……はぁ」
ミーザーンがハルパーを構えたまま、あからさまなため息をつく。
「ご主人様、いいえ、グレッグ様。状況はおわかりですか?」
「なにを――」
「わたくし、グレッグ様の強いご希望で、隠し谷での魔獣生成をお任せしていたんですのよ? それなのに、みすみす焼かれてしまわれて……」
ミーザーンがちらりと窓を見る。隠し谷の方角から何度か光がちらつき、黒煙がもうもうと治まることなく立ち昇っている。何者かの攻撃が続いているのだ。
「わたくし、大変失望しておりますの。グレッグ様がここまで阿呆な方で」
「な、な……。ミーザーン、貴様!」
ミーザーンの見下した口調に、グレッグの顔が赤くなる。ランダに拘束されたまま怒鳴る。暴れるグレッグを、ランダは必死で押さえる。
ミーザーンがニコッと笑う。
「まぁ、でも……魔王様は寛大な
もはや魔王の信奉者であることを隠さず、ミーザーンが笑う。
「ただ、グレッグ様は責任を果たすべきですが。阿呆は阿呆なりに、ですね」
そう言うと、ミーザーンは口の中で呪文を唱え始める。ジェイドが斬りかかるが、ミーザーンは詠唱を続けつつ、ジェイドの剣戟を受ける。
「――目覚めよ、魔の血統。目覚めよ、我らの眷属」
ミーザーンの詠唱が終わる。
すると、グレッグの体がぶるぶると震えだす。ガクガクと頭を激しく振る。
「お、おい! どうしたってのさ!?」
グレッグを捕らえているランダが、あわてたような声を上げる。グレッグの表情を見ようとするが――彼の耳の中から、うぞうぞと細い触手が生え出てくる。
「ランダ、危ない!」
壁際にいたカイルが、ランダの腕をつかむ。ランダは思わずグレッグを手放す。グレッグは床に転がり、頭を抱えてもだえる。
「うお……が……! なんだ、なんだ、頭が、頭がぁぁぁぁ……!」
グレッグの両耳から、何本もの触手が伸びて、彼の顔を伝うように覆っていく。
「あああぁ……! あああぁ……! なんと、なんと……」
全身の皮膚に触手が食い込み、グレッグは激しく床を転がる。血走った目を見開き、全身を痙攣させ、その姿は苦悶そのものだが――。
「なんと、心地のよい――」
そんな言葉がグレッグの口から漏れて。そして彼は大量の触手に覆われた。