目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第2-2話 魔を暴け(2)

 トーリア城は黄昏の光に包まれていた。黄金色と紅色の混じった光に、無骨な城が照らし出されている。


「おお……! 見事、ランダを捕らえるとは!」


 グレッグが心底嬉しそうに、ジェイドたちを出迎えた。ジェイド、カイル、ミーザーン。そして捕らわれたランダとクリスティア。城の広間に入る。


「クリスティア、心配したぞ」

「……お義父とう様……」


 カイルがクリスティアの拘束を解く。クリスティアは呆然とその場に立ち尽くしている。

 グレッグが指示すると、メイドのひとりがクリスティアを別室へと連れていく。クリスティアは何度もランダの方を振り返る。しかしついにメイドに促されて、城の奥へと消える。


「ご苦労だった、ジェイド殿。苦労ついでに頼まれてほしいことがある」

「ほう、なんでしょう?」


 ジェイドは、ランダを拘束した縄を持っている。ランダは観念したように黙ったままだ。


「その女狐を処刑したい」


 グレッグは冷徹な口調でそう言った。


「その女は、我が領地――特に私の直轄地で暴れまわった盗賊だ。罪は明らかである」

「はて、そこはクリスティア姫の領地では?」

「いいや、私のものだ」


 グレッグの発言は、領主代理という立場を超えたものだ。


「私が統治してきた土地だ。なにも不思議なことではない」


 そこまで言ってから、グレッグはジェイドに尋ねた。


「そういえば、一緒にいた娘はどうした?」

「残念ながら、盗賊の残党が連れて行ってしまったようです」

「それは心配だな」

「なに、半人前の冒険者にはよくあることです」


 ジェイドの口ぶりに、カイルが声を上げた。


「そ、そんなこと言わないでよ! 早く助けに行きたいクセにさぁ!」


 カイルの言葉に、ジェイドが「やれやれ」といった風に肩をすくめる。グレッグがニヤリと笑った。


「その女狐を斬ってくれれば、私の魔獣たちを貸そう。残党狩りの役に立つぞ?」

「ありがたいお言葉。しかし、城内ここでいいのですか?」

「かまわん。絨毯ならいくらでも替えがある」


 ジェイドが腰のショートソードを抜き払う。ランダを無理やり床に座らせ、首を出させる。その首筋を狙って、ショートソードを振り上げる。

 ふっと城の中が暗くなる。完全に太陽が没したのだ。それと同時に――。


「……ご主人あるじ様」


 ミーザーンが窓の外を見て、緊張した声を上げた。

 遥か遠く、山の向こうから煙が上がっている。黒黒くろぐろとした、火事の煙だ。その方角を見て、グレッグが叫んだ。


「まさか、隠し谷か!?」


 その叫びと同時に、ジェイドはショートソードを振り下ろした。ぶつり、と縄のちぎれる音がする。ランダの拘束が解ける。ランダは素早く立ち上がって、グレッグの前に踏み込む。強烈な頭突きを、グレッグの顔にぶちかました。


「ぐあ!!」


 ランダはグレッグの脚を蹴り、バランスを崩させる。グレッグの背後に回り、ランダは彼の腕をひねりあげる。そして短剣を抜き、グレッグの首筋に突きつけた。


「ぐ、ぐ、ランダ、貴様……!」

「ご主人様!」

「動くな、ミーザーン!」


 ミーザーンに、ジェイドがショートソードを突きつける。ミーザーンは動きを封じられ、ジェイドを睨みつける。


「裏切った、というわけですか……」

「そっちの目論見はわかっている」


 ミーザーンの言葉に、ジェイドが答える。


「ランダには人望がある。だから流れの冒険者おれたちに斬らせて、恨みを分散させようという魂胆だろう?」


 その問いに、ミーザーンは答えなかった。肯定、ということだ。


「ではあなたがたは、なにが目的なのでしょうか?」

「魔王の居場所を吐け」


 ジェイドの言葉に、ミーザーンが糸目を見開いた。大きく口を開き、ゲタゲタと笑う。


「あっはっはっは! 魔王様に楯突く者が現れた、とはまことのことでしたか!」

「ほう、魔族のあいだではすでに周知のことか?」

「ええ。それなりに地位のある者のあいだでは」


 そう言うなり、ミーザーンはジェイドに襲いかかった。ジェイドはショートソードで応戦する。ガキン! と硬い音が響き、ミーザーンとジェイドは距離を取る。

 ミーザーンの手には、いつの間にか鎌剣ハルパーが握られていた。ハルパーの大きく湾曲した刃は、首を刈り取るための形そのものだ。ミーザーンはジェイドとカイルを牽制する。


「ま、魔法で武器を隠してたんだ!?」


 カイルが悲鳴のように叫んで、壁際に逃げる。ミーザーンはカイルは脅威ではないとみなし、ジェイドにハルパーを向ける。


「ミーザーン! なにをしている! 早くそやつを殺し、私を助けぬか!?」


 対峙しているジェイドとミーザーンのあいだに、大声がかかった。ランダに拘束されたグレッグの声だ。


「……はぁ」


 ミーザーンがハルパーを構えたまま、あからさまなため息をつく。


「ご主人様、いいえ、グレッグ様。状況はおわかりですか?」

「なにを――」

「わたくし、グレッグ様の強いご希望で、隠し谷での魔獣生成をお任せしていたんですのよ? それなのに、みすみす焼かれてしまわれて……」


 ミーザーンがちらりと窓を見る。隠し谷の方角から何度か光がちらつき、黒煙がもうもうと治まることなく立ち昇っている。何者かの攻撃が続いているのだ。


「わたくし、大変失望しておりますの。グレッグ様がここまで阿呆な方で」

「な、な……。ミーザーン、貴様!」


 ミーザーンの見下した口調に、グレッグの顔が赤くなる。ランダに拘束されたまま怒鳴る。暴れるグレッグを、ランダは必死で押さえる。

 ミーザーンがニコッと笑う。


「まぁ、でも……魔王様は寛大な御方おかた。一度や二度の失敗で、わたくしを責めるような狭量な御方ではございません」


 もはや魔王の信奉者であることを隠さず、ミーザーンが笑う。


「ただ、グレッグ様は責任を果たすべきですが。阿呆は阿呆なりに、ですね」


 そう言うと、ミーザーンは口の中で呪文を唱え始める。ジェイドが斬りかかるが、ミーザーンは詠唱を続けつつ、ジェイドの剣戟を受ける。


「――目覚めよ、魔の血統。目覚めよ、我らの眷属」


 ミーザーンの詠唱が終わる。

 すると、グレッグの体がぶるぶると震えだす。ガクガクと頭を激しく振る。


「お、おい! どうしたってのさ!?」


 グレッグを捕らえているランダが、あわてたような声を上げる。グレッグの表情を見ようとするが――彼の耳の中から、うぞうぞと細い触手が生え出てくる。


「ランダ、危ない!」


 壁際にいたカイルが、ランダの腕をつかむ。ランダは思わずグレッグを手放す。グレッグは床に転がり、頭を抱えてもだえる。


「うお……が……! なんだ、なんだ、頭が、頭がぁぁぁぁ……!」


 グレッグの両耳から、何本もの触手が伸びて、彼の顔を伝うように覆っていく。


「あああぁ……! あああぁ……! なんと、なんと……」


 全身の皮膚に触手が食い込み、グレッグは激しく床を転がる。血走った目を見開き、全身を痙攣させ、その姿は苦悶そのものだが――。


「なんと、心地のよい――」


 そんな言葉がグレッグの口から漏れて。そして彼は大量の触手に覆われた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?