ジェイドが組み伏せた襲撃者は、女盗賊ランダのようだ。焦茶色の髪は、まるで男のように短く切ってある。深い青色の瞳が、あきらめたような色を宿している。
「貴様がランダか?」
「ああ、そうさ。殺すか? アタシを殺しても、ほかの連中が貴様らを殺す」
「ほう。試してみるか?」
ジェイドは油断なくショートソードをランダに突きつけた。周囲の襲撃者がざわつき、殺気立つ。一触即発だ。
「ま、待って! 待って、ジェイド!!」
ルウルウが声を上げた。
「あ、あの! ランダさん、ランダさんのところにクリスティア姫がいるんですよね?」
「あ?」
「わたしたち、クリスティア様がお帰りになれば大丈夫なんです。だから……」
「くく、くくく……」
ランダがおかしそうに含み笑いをした。
「降参、降参! こう組み伏せられちゃ、マトモに話もできやしない」
「
ランダを「姐さん」と呼んだ襲撃者たちが、武器を構えそうになる。
「おやめ! こいつら、お前たちなんかよりずっと強いよ」
組み伏せられたランダが、そう叫ぶ。襲撃者たちはたがいに顔を見合わせている。ランダがジェイドに尋ねる。
「グレッグの手先にしちゃ、話せるんじゃないかと思ってるんだが……どうだい?」
「クリスティア姫の身柄は?」
「そのことも話してやるよ。だから……」
ランダの提案に、ジェイドはランダの腕を強くひねり上げて答えた。ランダの顔が苦痛に歪む。ジェイドは冷淡な口調で告げる。
「ダメだ。まわりの連中から武器を手放させろ」
「ああ、いたたた……わかったって! お前たち!」
ランダが叫ぶと、襲撃者たちはいずれも手から弓を投げ捨てる。矢筒を外し、地面に転がす。さらに短剣を鞘ごと地面に置く。
襲撃者全員がそうしたのを見て、ジェイドもゆっくりショートソードを鞘に戻す。ランダの短剣を抜いて捨て、彼女を
「ふう……やれやれ。お前たち! その場に座りな!」
ランダはゆっくり起き上がり、腕をぷるぷると振った。地面にあぐらを組んで、座り直す。襲撃者たちに声をかけ、その場にしゃがませた。襲う意志がないことを示す。ランダは地面に両手を拳にしてつき、頭を下げた。
「交渉に乗ってくれて感謝する。アタシがランダ、義賊ランダだ」
「義賊……?」
ルウルウは首をかしげ、その単語の意味を思い出そうとする。タージュの持っていた本の中に、そんな立場の者が出てくる物語があったはずだ。
「あなたは……義賊、なのですか? 物語に出てくる?」
「ははっ、アタシ自身が物語になっちゃ大変だ。だけど、物語に負けないことはしてるつもりさ」
ルウルウの問いに、頭を上げたランダが快活に笑う。
そのとき、茂みから猟師が転がり出てきた。ルウルウたちをここまで案内してきた猟師だ。ジェイドたちの前に頭をすりつけるように跪く。
「こ、この方を責めねぇでくだせぇ!」
どうやらランダが形勢不利と見たようだ。猟師は必死でジェイドたちに申し立てる。
「ランダさんは、俺たちを助けてくれるだけでなく……あのグレッグの悪巧みをくじこうとしてくださってんだぁ!」
ジェイドもルウルウもカイルも、ランダの方に視線をやる。ランダは青い瞳でニッと笑った。
「聞くかい? グレッグの悪さを、さ」
「ああ、そうだな。その上で、天秤にかけようじゃないか」
「おお、こ~わ。せいぜい罪の重さが傾かないことを祈るよ」
ジェイドの答えに、ランダは減らず口で答えて笑った。
「結論から言おう。グレッグは軍をでかくしようとしてる」
ランダの言葉に、ジェイドが疑問をぶつける。
「それは、どこの領主もすることでは?」
「やり方がよくない。一部の村にだけ重税を課して、私腹を肥やし……重税に耐えられなくなった村から民が逃亡すると、因縁をつけてくる。そして残った村民をどこかへ連れ去ってしまうのさ」
「なるほど、金と人とを無理やり徴収しているのか」
ジェイドがうなずき、ルウルウとカイルも理解できたという顔になる。今度はカイルが疑問を呈す。
「でも、どこへ連れ去ってるっていうのさ?」
「ドーン家が代々継いできたという、隠し谷だ」
隠し谷――財産や人を隠す目的で、自然の要害につくった集落のことだ。ランダが続ける。
「グレッグはそこで、魔獣を使った軍をつくっているという話だ」
「ええ……!?」
ルウルウが思わず声を上げた。魔獣を使った軍――魔神や魔王の信奉者でもなければ、できない発想だ。そこに人々が連れ去られている。おぞましいことが行われているのは、想像に
ジェイドが尋ねる。
「隠し谷のこと、どうやって知った?」
「情報提供者がいるからね」
ランダがニヤリと笑う。そして組んでいた脚をほどき、立ち上がる。彼女の背の高さが際立つ。
「行こう、アタシたちのアジトへ」
ルウルウたちは、ランダの案内で彼女たちのアジトへと向かった。
山中の開けた場所にできた、キャンプ地。布でつくったテントがいくつもあり、その屋根を木々で隠してある。そんな中で、人々が忙しく立ち働いている。
「おお、ランダさん!」
「姐さん!」
出迎えた人々がランダを手厚く迎える。いずれも赤茶色のスカーフを頭にかぶっている。だが全員が盗賊という風でもない。明らかに非戦闘員の老人や子供もいる。彼らはランダに手を合わせるようにして、無事を喜んでいる。
「ランダ様!」
甲高い声がした。身なりのよい女性が走ってくる。そのまま彼女はランダに抱きついた。オレンジ色のふわふわとした髪――間違いない、クリスティア姫だ。
「ああ、ご無事でようございました……」
クリスティアは心底心配していた、という風にランダに言う。
これにはジェイドもカイルも目を丸くしている。当然、ルウルウもだ。
「なるほど、情報提供者か」
ジェイドがそう言うと、クリスティアが視線をこちらへと投げかけた。