女盗賊ランダから、クリスティア姫を取り戻す。その依頼を受けたルウルウたちは、トーリア城の一室で準備をしている。
メイド長のミーザーンは、カイルの質問に答えるかたちで、領主たるドーン家の家系図を語る。
「グレッグ様は、シャーリー様と前の夫君……先々代の領主様に仕える、騎士でした。五年前に先々代の領主様が亡くなられ、シャーリー様が領主となられたのち、夫として迎えられたのです」
「ははぁ……つまり、クリスティア姫はグレッグ様のお子ではないってことね」
「はい。トーリアの地を継ぐことができるのは、クリスティア様だけなのです」
たしかにグレッグは、領主代理と名乗った。まだ若いクリスティアの代わりに、トーリアの地を統治しているということだ。
「ん、別にグレッグ様が正式な領主になってもいいんじゃないの?」
「それは……グレッグ様は、平民の出でいらっしゃるので……」
ミーザーンが言いづらそうに口ごもる。カイルとジェイドは理解した顔になる。ルウルウは頭からまだ
「この地は代々、ドーン家直系の方々が治められております。当代その資格があるのは、クリスティア様のみ。ですが結婚もなさっていない姫君に、この地の統治は難しかろう……と、グレッグ様が領主代理をつとめられております」
辺境とはいえ、領主ドーン家は貴族の家系である。トーリアの地は、貴族のみが治められる。だが年若い
「ジェイド様、カイル様、ルウルウ様。どうか、姫様のことをお願い申し上げます」
「ええ、この地にとって大切な姫様であると理解しました」
ジェイドの返答に、ミーザーンは深々と礼をした。
「よし、準備はいいか?」
「あいよ、旦那!」
「うん、行ける!」
ジェイドの問いに、カイルとルウルウは応じた。荷物を背負い、ミーザーンたちに見送られて、トーリア城をあとにした。
猟師の案内で、ジェイドたちは山間の道へと入っていく。
「ねえ、ジェイド」
四人で山道を歩きながら、ルウルウはジェイドに尋ねる。
「さっきの話、どういうこと?」
ミーザーンが語った話を、まとめておきたい。ルウルウはそう思った。
ジェイドがすこし考えて、答える。
「そうだな。この地の領主になる資格を持つのは、貴族の血を引くクリスティア姫だけ」
「うん、それは……わかった」
ルウルウのうなずきを確認し、ジェイドが続ける。
「もしクリスティア姫が殺されると、ドーン家の血統は断絶する。そうなったら、おそらく……別の貴族が、この地の新しい領主になるだろう」
「つまり、グレッグ様は領主代理ではいられなくなる……?」
「そうなるな」
ジェイドの言葉を聞きつつ、カイルが両腕を頭のうしろで組む。荷物が揺れる。
「だけどさぁ、グレッグ様って必死さがあんまりなかったことない?」
「どういうこと?」
「なんとなーく、クリスティア姫の無事はどうでもいいって思ってそうだったなって」
「そ、そんなこと……ないでしょう?」
ルウルウは否定してみたが、ジェイドがカイルを叱らないのが気にかかる。グレッグがつけてくれた猟師も聞いているというのに。
「生母は亡くなり、継父と義娘の関係……あんまりよくないのかも? ね、どう思う?」
カイルは無遠慮に、猟師のほうに話を振った。
「さぁ……あっしには領主様がたのこたぁ、わかりませんて」
猟師は話が見えない、という雰囲気を出した。本当にわからないのかは判断がつかない。
そうこうしているうちに、目の前に大きな樹木が立つようになる。樹齢を重ねた木々が、まっすぐ立って、整然と山林をつくっている。
「ここでさぁ」
猟師は声をひそめて、目の前の木を示す。二本のまっすぐな大木――だが、根本はひとつになっている。まるで夫婦が寄り添うような大木だ。薄暗い森林の中で、ひときわ目立っている。
「この木の先が、根城になっとるようでして……」
そう言うやいなや、猟師はダッと走り出した。転がるように前方の茂みへと隠れてしまう。
「なっ――」
カイルとルウルウが目を丸くすると同時に、ジェイドがふたりの前に立つ。ショートソードを抜き払い、振るう。
――ガキン!
火花が散り、折れた矢が地面に落ちる。矢を射掛けられた――と理解するより早く、ジェイドが叫ぶ。
「カイル、矢避けだ!」
「えっ、えっ!?」
カイルもルウルウも状況が飲み込めていない。だが次々と矢が放たれ、三人を襲う。当たりそうなものはジェイドが斬り払う。
「きゃあ! カ、カイル!! おねがい、早く!!」
「わ、わかった! うわっ、うわっ」
カイルもルウルウもパニックになりつつ、地面にしゃがみこむ。カイルは素早く呪文を唱える。
「――矢避けの奇跡を示せ!」
カイル、ジェイド、ルウルウの三人を、パアッと淡い光が包む。同時に、ジェイドが動いた。一本目の矢が飛んできた方向へと、突進する。彼の突撃する先から、鋭く矢が放たれ――ジェイドの頬をわずかにかすめる。そして矢の軌道が、あさっての方向へと曲がっていく。
「ジェイド!」
ルウルウが悲鳴のような声を上げる。ジェイドは止まらない。彼の走る先にある茂みから、襲撃者が立ち上がって逃げようとする。その者は赤茶色のスカーフで、顔を隠している。ジェイドは素早く踏み込み、顔を隠した襲撃者に思い切り頭突きをした。
「がっ……!」
頭突きを受けた襲撃者がうめきを上げてたたらを踏む。ジェイドは素早く襲撃者の腕をつかみ、ひねり上げる。襲撃者の手から弓矢が落ちた。ジェイドに組み伏せられる。
「姐御!」
「姐さん!」
ほかの襲撃者たちがそう叫ぶ。そこへ――。
「――
ルウルウが詠唱する。
同時に、森林の中に雷鳴が
「うわあああーー!!」
襲撃者たちが地面に倒れ伏す。身を震わせる雷撃の振動に、腰を抜かしたようだ。
ルウルウは杖を高く振りかざした。
「次は当てますよ!!」
そう、雷撃を呼ぶ魔法は誰にも当たっていない。ルウルウは魔力をたっぷりと練り上げて、空中にだけ雷光が奔るように調整したのだ。今までしたことのない魔法の使い方を、ルウルウは試していた。
そしてルウルウの脅しは効果てきめんだった。
「ああもう! まいったまいった!」
ジェイドに組み伏せられた襲撃者が、そんな言葉を発する。ハスキーな女声だ。
ジェイドが眉をわずかにひそめ、襲撃者の顔を隠すスカーフを取り去る。
「女……やはり貴様がランダか」
赤茶色のスカーフの下は、整った顔立ちの女性だった。