トーリアの街は、どこか陰気な城下町だった。
トーリア領主の居城――トーリア城は国境を守る要塞であり、きらびやかな雰囲気はカケラもない。天然の要害たる険しい山に、小規模な城が建っている。城の周囲も山があり、加えて谷や森、川に囲まれている。
トーリアの街は、そんな場所にかろうじて集落ができて成立したように見えた。午後はすぐ山の影が街に落ちて、かなり早い時刻から薄暗い。そんな場所ゆえか、陽気な活気はない。
「女盗賊ランダの討伐をお願いしたい」
トーリア城の会食堂で、ルウルウたちはそう告げられた。
そもそもどういうことが起こったのか、語ろう。
ルウルウ、ジェイド、カイル――三人は、トーリアの冒険者ギルドにも立ち寄った。街の酒場の端っこに、申し訳程度に設けられた掲示板と、受付の老人がひとり。それだけの支部だ。
そこで受付の老人が、ルウルウたちに提示したのは、領主からの依頼だった。あれよあれよとルウルウたちは、トーリア城に招かれ、食事を振る舞われた。
「あなたがたのような冒険者が来てくださるのを待っていた!」
ルウルウらに食事を振る舞った男が、そう言い放つ。トーリア領主代理グレッグ・ドーンだ。こげ茶色の短髪をした男で、歳は五十歳ほどだろうか。目元のシワが濃い。だが武人らしく、たくましい体つきをしている。
「ランダは徒党を組み、我が領内を荒らし回っている。人を殺したことはないようだが、このまま放置もできぬのだ」
グレッグは苦々しく言った。
「さいわいというべきか、ランダの居場所はわかっている。ここから北の森の中に、アジトがあるようだ」
「解せませんね」
ジェイドが答えた。
「居場所までわかっているなら、冒険者に依頼せずともよいのでは?」
辺境の領主ともなれば、兵を動かすこともできるはずだ。だがそうせずに冒険者を頼るのには、よほどの事情があるのだろう。ジェイドはそう見込んで、尋ねていた。
「お恥ずかしい話なのだが、実は……娘が、さらわれている」
「娘――と言いますと、クリスティア姫、ですか?」
「ああ……」
ジェイドはトーリア城に行くことになるまでに、情報を集めていた。
グレッグには、今年二十歳になる娘がいる。名をクリスティア・ドーン。先代領主の忘れ形見だという。
「クリスティアは、いずれこの地を継ぐ大切な姫。そうでなくとも……先代領主たる妻が遺した、大切な娘だ」
グレッグは大きくため息をついた。
「貴殿がおっしゃるように、本当なら私が兵を率いて助けるべきなのだ。だがアジトは峻険な場所にあり、軍隊で押し寄せるのも難しい。もたもたしているうちに、娘が殺されでもしたら……!」
「事情はわかりました」
ジェイドがルウルウたちに視線を向ける。ルウルウはうなずき、カイルは気にせず炙った鶏肉を頬張っている。ジェイドは苦笑して、視線をグレッグに戻す。
「お受けしましょう。内容は、ランダの討伐とクリスティア姫の救出、でしょうか?」
「おお……受けていただけるか! ありがとう、本当にありがとう!」
「ただし、優先順位はつけます」
「……と、いうと?」
グレッグの問いかけに、ジェイドが答える。
「クリスティア姫の救出、がすべてに優先する。……で、よろしいですか?」
「あ、ああ、もちろんだとも!」
グレッグは一瞬虚を突かれたような表情になったが、すぐに安堵したような笑顔を見せる。
「ランダの生死は、問わぬ。きゃつが倒れれば、盗賊たちも瓦解するとは思うが……」
「クリスティア姫の救助の方が、大切でしょう?」
「ああ……そうだな。もちろん、そうだとも!」
四人は食事を終える。グレッグは武器庫にルウルウたちを連れて行こうとしたが、ジェイドは固辞した。
「慣れぬ武器を持って、山中で難儀をしたら大変です」
ルウルウは知っている。ジェイドはいつもの得物であるショートソードのほかに、槍や弓だって扱える。だが慣れない武器は足手まといにもなる。厳しい地形の中ともなれば、なおさらだ。
ジェイドは薬や包帯、縄や食料などの消耗品だけを望んだ。地図を読み、グレッグに頼んで猟師をひとり、仲間につけてもらった。猟師は山間部を歩き回ることに慣れている。ランダのアジト近くまで、案内させるつもりだ。
トーリア城の一室で、ジェイドたちは猟師に地形を尋ねたりしている。作戦を練るためだ。
「失礼いたします」
部屋に、入ってきた者がいる。グレッグに仕えるメイドのひとりだ。
「あなたは、たしか……」
「ミーザーンと申します、ジェイド様、カイル様、ルウルウ様」
グレッグとの食事の際、給仕を取り仕切っていたメイドだ。歳の頃は三十代くらいか、金髪と糸目が印象的な女性だ。この城のメイド長でもある。
「ジェイド様、お申し付けいただいたお品をお持ちしました」
ミーザーンは、薬や包帯などを載せた浅い箱をテーブルの上に差し出した。ジェイドは品物を確認し、パーティの三人で分ける。
「ありがとうございます、ミーザーン殿」
「いいえ、これくらいしかお力になれず。
ミーザーンは申し訳なさそうに言うと、テーブルの上の地図を見た。地図には、グレッグが盗賊のアジトとした場所にピンが立っている。
「ジェイド様、皆様、どうか姫様をお助けくださいませ」
「もちろんです」
そう答えて、ジェイドは壁に視線をやった。大きな絵が飾られており、モデルの女性がほほえんでいる。濃いオレンジ色の髪が印象的な女性だ。
「あれがクリスティア姫で間違いないですか?」
「はい。姫様が十八歳となられた折、先代の領主様がお描かせになった肖像画です」
オレンジ色のふわふわとした髪の女性。おそらく盗賊たちのアジトにいても目立つだろうと推測できた。
荷物をまとめていたカイルが、ミーザーンに質問する。
「ねぇ、聞きたいんだけど。先代の領主って、女の人だったんだよね?」
「はい、シャーリー様とおっしゃいました。クリスティア様のお母君に当たります」
「普通、領主って
カイルの質問はかなり突っ込んだ内容だった。道化師らしい無礼さだ。だが普段はとがめるであろうジェイドもカイルを止めず、ミーザーンの返答を待っている。
「……グレッグ様は、領主になる資格をお持ちではないのです」
ミーザーンは声をひそめて答えた。