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第1-1話 噂の女盗賊(1)

 トーリアの街は、どこか陰気な城下町だった。


 トーリア領主の居城――トーリア城は国境を守る要塞であり、きらびやかな雰囲気はカケラもない。天然の要害たる険しい山に、小規模な城が建っている。城の周囲も山があり、加えて谷や森、川に囲まれている。


 トーリアの街は、そんな場所にかろうじて集落ができて成立したように見えた。午後はすぐ山の影が街に落ちて、かなり早い時刻から薄暗い。そんな場所ゆえか、陽気な活気はない。


「女盗賊ランダの討伐をお願いしたい」


 トーリア城の会食堂で、ルウルウたちはそう告げられた。


 そもそもどういうことが起こったのか、語ろう。

 ルウルウ、ジェイド、カイル――三人は、トーリアの冒険者ギルドにも立ち寄った。街の酒場の端っこに、申し訳程度に設けられた掲示板と、受付の老人がひとり。それだけの支部だ。


 そこで受付の老人が、ルウルウたちに提示したのは、領主からの依頼だった。あれよあれよとルウルウたちは、トーリア城に招かれ、食事を振る舞われた。


「あなたがたのような冒険者が来てくださるのを待っていた!」


 ルウルウらに食事を振る舞った男が、そう言い放つ。トーリア領主代理グレッグ・ドーンだ。こげ茶色の短髪をした男で、歳は五十歳ほどだろうか。目元のシワが濃い。だが武人らしく、たくましい体つきをしている。


「ランダは徒党を組み、我が領内を荒らし回っている。人を殺したことはないようだが、このまま放置もできぬのだ」


 グレッグは苦々しく言った。


「さいわいというべきか、ランダの居場所はわかっている。ここから北の森の中に、アジトがあるようだ」

「解せませんね」


 ジェイドが答えた。


「居場所までわかっているなら、冒険者に依頼せずともよいのでは?」


 辺境の領主ともなれば、兵を動かすこともできるはずだ。だがそうせずに冒険者を頼るのには、よほどの事情があるのだろう。ジェイドはそう見込んで、尋ねていた。


「お恥ずかしい話なのだが、実は……娘が、さらわれている」

「娘――と言いますと、クリスティア姫、ですか?」

「ああ……」


 ジェイドはトーリア城に行くことになるまでに、情報を集めていた。

 グレッグには、今年二十歳になる娘がいる。名をクリスティア・ドーン。先代領主の忘れ形見だという。


「クリスティアは、いずれこの地を継ぐ大切な姫。そうでなくとも……先代領主たる妻が遺した、大切な娘だ」


 グレッグは大きくため息をついた。


「貴殿がおっしゃるように、本当なら私が兵を率いて助けるべきなのだ。だがアジトは峻険な場所にあり、軍隊で押し寄せるのも難しい。もたもたしているうちに、娘が殺されでもしたら……!」

「事情はわかりました」


 ジェイドがルウルウたちに視線を向ける。ルウルウはうなずき、カイルは気にせず炙った鶏肉を頬張っている。ジェイドは苦笑して、視線をグレッグに戻す。


「お受けしましょう。内容は、ランダの討伐とクリスティア姫の救出、でしょうか?」

「おお……受けていただけるか! ありがとう、本当にありがとう!」

「ただし、優先順位はつけます」

「……と、いうと?」


 グレッグの問いかけに、ジェイドが答える。


「クリスティア姫の救出、がすべてに優先する。……で、よろしいですか?」

「あ、ああ、もちろんだとも!」


 グレッグは一瞬虚を突かれたような表情になったが、すぐに安堵したような笑顔を見せる。


「ランダの生死は、問わぬ。きゃつが倒れれば、盗賊たちも瓦解するとは思うが……」

「クリスティア姫の救助の方が、大切でしょう?」

「ああ……そうだな。もちろん、そうだとも!」


 四人は食事を終える。グレッグは武器庫にルウルウたちを連れて行こうとしたが、ジェイドは固辞した。


「慣れぬ武器を持って、山中で難儀をしたら大変です」


 ルウルウは知っている。ジェイドはいつもの得物であるショートソードのほかに、槍や弓だって扱える。だが慣れない武器は足手まといにもなる。厳しい地形の中ともなれば、なおさらだ。


 ジェイドは薬や包帯、縄や食料などの消耗品だけを望んだ。地図を読み、グレッグに頼んで猟師をひとり、仲間につけてもらった。猟師は山間部を歩き回ることに慣れている。ランダのアジト近くまで、案内させるつもりだ。


 トーリア城の一室で、ジェイドたちは猟師に地形を尋ねたりしている。作戦を練るためだ。


「失礼いたします」


 部屋に、入ってきた者がいる。グレッグに仕えるメイドのひとりだ。


「あなたは、たしか……」

「ミーザーンと申します、ジェイド様、カイル様、ルウルウ様」


 グレッグとの食事の際、給仕を取り仕切っていたメイドだ。歳の頃は三十代くらいか、金髪と糸目が印象的な女性だ。この城のメイド長でもある。


「ジェイド様、お申し付けいただいたお品をお持ちしました」


 ミーザーンは、薬や包帯などを載せた浅い箱をテーブルの上に差し出した。ジェイドは品物を確認し、パーティの三人で分ける。


「ありがとうございます、ミーザーン殿」

「いいえ、これくらいしかお力になれず。主人あるじも心苦しく思っております」


 ミーザーンは申し訳なさそうに言うと、テーブルの上の地図を見た。地図には、グレッグが盗賊のアジトとした場所にピンが立っている。


「ジェイド様、皆様、どうか姫様をお助けくださいませ」

「もちろんです」


 そう答えて、ジェイドは壁に視線をやった。大きな絵が飾られており、モデルの女性がほほえんでいる。濃いオレンジ色の髪が印象的な女性だ。


「あれがクリスティア姫で間違いないですか?」

「はい。姫様が十八歳となられた折、先代の領主様がお描かせになった肖像画です」


 オレンジ色のふわふわとした髪の女性。おそらく盗賊たちのアジトにいても目立つだろうと推測できた。

 荷物をまとめていたカイルが、ミーザーンに質問する。


「ねぇ、聞きたいんだけど。先代の領主って、女の人だったんだよね?」

「はい、シャーリー様とおっしゃいました。クリスティア様のお母君に当たります」

「普通、領主ってご主人おとこの方じゃないの? それとも女系がこの土地のならわし?」


 カイルの質問はかなり突っ込んだ内容だった。道化師らしい無礼さだ。だが普段はとがめるであろうジェイドもカイルを止めず、ミーザーンの返答を待っている。


「……グレッグ様は、領主になる資格をお持ちではないのです」


 ミーザーンは声をひそめて答えた。

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