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第3-4話 毒消しと秘密(4)

 ギルドの酒場はどこも似ている。

 冒険者たちがたむろして、飲食している。ある者は肉を食い、ある者は魚を食べる。街に名産品がある場合は、それを頼む。静かに食事している者もいれば、喧嘩をふっかける勢いで騒いでいる者もいる。


「うーん、おいしー」


 カウンター席のすみに、小柄なエルフの少年カイルが座っている。カイルは、焼き魚を頬張る。肉料理を注文することもできたが、あえて魚にした。冒険者の携帯食には干し肉があり、食べ飽きてしまったのだ。


 そんな彼の隣に、座った者がいる。黒い長髪をひとつにまとめ、革鎧をまとった黒い眼の男――ジェイドだ。


「なんにしやしょう?」

「アンカライト。二階へ持っていくから、カゴに入れてもらえるか?」


 ジェイドは酒場の料理人に、「隠遁者のパンアンカライト」を注文した。パンに具材を挟んだ、手軽な携帯食の一種だ。それをカゴに入れて持ち運べるようにしてもらうようだ。


「ジェイド、ルウルウは?」

「さっき起きた。食事を持っていく」


 ジェイドの注文は、ルウルウのためのものだった。

 料理人が調理をしているあいだ、すこし待つことになる。カイルが食事の手を止めて、言った。


「で、言ったの?」

「ああ」


 カイルの質問は、ジェイドが解毒薬や魔法薬を買ったことについてだ。ルウルウのためとはいえ、ジェイドは大金をパッと使ってしまった。ルウルウはそのことを気にしていた。なぜそこまでするのか――きちんと、話せ。カイルはそう二人に告げていた。


「あのさ……もしかして、なんだけど」


 カイルがジェイドの横顔をじっと見て、金色の眉を寄せる。


「……ジェイドがルウルウのこと好きなの、言った?」


 ジェイドはカイルの方を軽く見て、うなずいた。


「ああ」

「あー! ああー!!」


 ジェイドが答えた瞬間、カイルは顔を手で覆って天井を仰いだ。何人かの冒険者たちがカイルたちを見た。だがカイルは騒がずにいられないようだ。


「言っちゃったんだ! 言っちゃったんだー!」

「なぜ騒ぐ?」

「だってー! その様子じゃ、承諾オッケーもらえてないんでしょーっ!」


 カイルの言うことは当たっている。

 ジェイドは一方的に好意を告白し、ルウルウは――その想いに応えた、とは言いがたい。友人として頼りにしている、と言われればそれまでだ。


「もぉ~! 明日からちゃんと冒険できるのーっ!?」

「俺はやるぞ」

「旦那はできても、ルウルウはできるかっての!?」


 カイルの心配するところとは、ジェイドとルウルウがギクシャクしてしまうことだ。この冒険は一筋縄ではいかない。そんな中で仲間が割れてしまうのは、もっとも避けねばならない事態である。


「するさ」


 ジェイドはあっさりとそう言った。

 カイルは額にわざとらしくシワを寄せ、唇を尖らせる。しばらくそうしてジェイドをにらんでいたが、やがてあきらめたように焼き魚を口に入れる。


「モグモグ……信用するけど! 惚れたはれたでパーティ解散とかやめてね!」

「わかっている」


 カイルはさらに言い募ろうとしたが、ジェイドの瞳を見て、魚を飲み込んだ。

 ジェイドの黒い瞳は、いままでよりもずっと覚悟が決まっている。そんな気がした。


「はぁ……」


 カイルはひとつため息をつく。

 そこへ、ジェイドの頼んだ料理が仕上がってきた。カゴに入った隠遁者のパンが、ジェイドに渡される。ジェイドはカゴを大切に持つと、席を立った。


「ありがとう、カイル」

「……なんにもお礼言われることなんて」

「いいや。君がいると本当に助かる」


 ジェイドは一礼すると、カイルのそばから離れた。

 カイルはジェイドの背中を見送って――おのれの皿に視線を落とした。


「本当に、しょうがないなぁ」


 焼き魚をもう一口、頬張る。淡白だが脂ののった味が、口の中に広がる。この白い味は、慣れている者にはたまらないうまみをもたらす。


「旦那のことも、ルウルウのことも、信じて付き合ってあげる」


 カイルはそう言って、フッと笑った。


 それから三日後――。

 ジェイドの購入した魔法薬は、ルウルウの傷を綺麗に治した。歩くのに問題はなさそうだった。


 スライムを退治した報酬は三等分に分けられ、おのおのが持つ。その金で旅の支度をして、また旅立つ。なくなった金は、道すがらの街で依頼を受けて稼ぐことになる。


 次の街トーリアは国境に近い。トーリアが属する国の中央では、「辺境」と呼ばれている場所だ。国王から辺境を預かった領主がいて、代々その地を治めているという。

 トーリアの街で、ルウルウたちは新たな依頼を受けることにした。冒険者ギルドへと向かう。


 そのあいだ、ジェイドもルウルウも態度は変わらなかった。いままでと同じように話し、いままでと同じように食事をし、いままでと同じように眠る。まるでなにもなかったかのようだ。カイルもわざわざ突っつくことはしなかった。


 ルウルウたちの旅は、まだ始まったばかりだ――。


 第4章につづく

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