ギルドの酒場はどこも似ている。
冒険者たちがたむろして、飲食している。ある者は肉を食い、ある者は魚を食べる。街に名産品がある場合は、それを頼む。静かに食事している者もいれば、喧嘩をふっかける勢いで騒いでいる者もいる。
「うーん、おいしー」
カウンター席のすみに、小柄なエルフの
そんな彼の隣に、座った者がいる。黒い長髪をひとつにまとめ、革鎧をまとった黒い眼の男――ジェイドだ。
「なんにしやしょう?」
「アンカライト。二階へ持っていくから、カゴに入れてもらえるか?」
ジェイドは酒場の料理人に、「
「ジェイド、ルウルウは?」
「さっき起きた。食事を持っていく」
ジェイドの注文は、ルウルウのためのものだった。
料理人が調理をしているあいだ、すこし待つことになる。カイルが食事の手を止めて、言った。
「で、言ったの?」
「ああ」
カイルの質問は、ジェイドが解毒薬や魔法薬を買ったことについてだ。ルウルウのためとはいえ、ジェイドは大金をパッと使ってしまった。ルウルウはそのことを気にしていた。なぜそこまでするのか――きちんと、話せ。カイルはそう二人に告げていた。
「あのさ……もしかして、なんだけど」
カイルがジェイドの横顔をじっと見て、金色の眉を寄せる。
「……ジェイドがルウルウのこと好きなの、言った?」
ジェイドはカイルの方を軽く見て、うなずいた。
「ああ」
「あー! ああー!!」
ジェイドが答えた瞬間、カイルは顔を手で覆って天井を仰いだ。何人かの冒険者たちがカイルたちを見た。だがカイルは騒がずにいられないようだ。
「言っちゃったんだ! 言っちゃったんだー!」
「なぜ騒ぐ?」
「だってー! その様子じゃ、
カイルの言うことは当たっている。
ジェイドは一方的に好意を告白し、ルウルウは――その想いに応えた、とは言いがたい。友人として頼りにしている、と言われればそれまでだ。
「もぉ~! 明日からちゃんと冒険できるのーっ!?」
「俺はやるぞ」
「旦那はできても、ルウルウはできるかっての!?」
カイルの心配するところとは、ジェイドとルウルウがギクシャクしてしまうことだ。この冒険は一筋縄ではいかない。そんな中で仲間が割れてしまうのは、もっとも避けねばならない事態である。
「するさ」
ジェイドはあっさりとそう言った。
カイルは額にわざとらしくシワを寄せ、唇を尖らせる。しばらくそうしてジェイドをにらんでいたが、やがてあきらめたように焼き魚を口に入れる。
「モグモグ……信用するけど! 惚れたはれたでパーティ解散とかやめてね!」
「わかっている」
カイルはさらに言い募ろうとしたが、ジェイドの瞳を見て、魚を飲み込んだ。
ジェイドの黒い瞳は、いままでよりもずっと覚悟が決まっている。そんな気がした。
「はぁ……」
カイルはひとつため息をつく。
そこへ、ジェイドの頼んだ料理が仕上がってきた。カゴに入った隠遁者のパンが、ジェイドに渡される。ジェイドはカゴを大切に持つと、席を立った。
「ありがとう、カイル」
「……なんにもお礼言われることなんて」
「いいや。君がいると本当に助かる」
ジェイドは一礼すると、カイルのそばから離れた。
カイルはジェイドの背中を見送って――おのれの皿に視線を落とした。
「本当に、しょうがないなぁ」
焼き魚をもう一口、頬張る。淡白だが脂ののった味が、口の中に広がる。この白い味は、慣れている者にはたまらないうまみをもたらす。
「旦那のことも、ルウルウのことも、信じて付き合ってあげる」
カイルはそう言って、フッと笑った。
それから三日後――。
ジェイドの購入した魔法薬は、ルウルウの傷を綺麗に治した。歩くのに問題はなさそうだった。
スライムを退治した報酬は三等分に分けられ、おのおのが持つ。その金で旅の支度をして、また旅立つ。なくなった金は、道すがらの街で依頼を受けて稼ぐことになる。
次の街トーリアは国境に近い。トーリアが属する国の中央では、「辺境」と呼ばれている場所だ。国王から辺境を預かった領主がいて、代々その地を治めているという。
トーリアの街で、ルウルウたちは新たな依頼を受けることにした。冒険者ギルドへと向かう。
そのあいだ、ジェイドもルウルウも態度は変わらなかった。いままでと同じように話し、いままでと同じように食事をし、いままでと同じように眠る。まるでなにもなかったかのようだ。カイルもわざわざ突っつくことはしなかった。
ルウルウたちの旅は、まだ始まったばかりだ――。
第4章につづく