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第3-3話 毒消しと秘密(3)

 ルウルウは呆気にとられていた。

 ジェイドの言葉を、ゆっくり胸の中に入れて、理解しようと試みる。


 君が好きなんだ――。


 その言葉が、深く深くルウルウの胸の奥までみ入ってくる。理解を拒もうとしても、短すぎるその言葉はすぐに咀嚼される。細かくなった言葉が、パッと全身に広がった。


「あ……う」


 急に、ルウルウは頬が熱くなるのを感じた。心臓が早鐘のように打つ。全身が熱い。それなのに、指先が震えてくる。わけがわからないのに、頭の中がクリアになってくる。


 彼が言ったことを、十分に理解して――ルウルウは唇を引き結んだ。涙があふれそうになる。手に余る困惑が、頭の中でひたすらクルクルと回る。


 ルウルウの当惑を知ってか知らずか、ジェイドが彼女の右手をそっと取った。彼の落ち着いた体温が、ひんやりと感じられる。ジェイドの乾いた手が、ルウルウの手を包み込むように重ねられる。


「ルウルウ」


 黙り込んだルウルウに、ジェイドが語りかける。まるで鍵穴にカギを差し入れて、ゆっくりと回していくように。


「返事は、いまでなくていい。この旅が終わってからでもいい」


 漆黒色ジェイドの瞳が、淡青色ルウルウの視線の中にある。それは夜の空より黒い色で――いまは、親愛の情に満ちている。


「俺は俺の誠意を、いつまでも君に示し続けると誓うよ」

「どう……して?」


 ルウルウはようやく、意味のある言葉を発した。

 ジェイドがおだやかに笑った。


「どうしてかな。君をずっと見ているうちに……としか言えないが」

「あの……えっと、お師匠様は……?」


 そう訊いてから、ルウルウは後悔した。なぜそんなことを気にしてしまうのだろう。もっとほかに聞くことがあるだろうに――と我ながら思ってしまう。


 ジェイドが苦笑する。


「タージュ殿には、一度相談したことがある。君と一緒になりたい、と。そしたら……結納金を貯めて、なおかつルウルウが承諾したらいい、と言われた」

「あ……」


 だからジェイドは貯金をしていたのか。合点がいく。


「金はすこし目減りしてしまったが、気にしなくていい。また貯める」

「で、でも……」

「あとは君の承諾だ」


 ジェイドはそう言った。そして先ほどは、いまでなくていい、とも言った。


「なに、君が大人になるまで待った。これからも待つさ」


 ジェイドが笑う。彼の笑顔が、ひどくまぶしい。


「君の気持ちが決まるのを――」


 彼はこんな風に笑う人だったのか――ルウルウは心のすみで、そう感じた。

 ジェイドがひとつ、ため息をついた。


「ああ! まだ言うつもりじゃなかったのにな」

「ジェイド……」


 ジェイドがルウルウの手を彼女のひざに置き、立ち上がる。


「すこし、頭を冷やしてくる。君の飯も取ってこないとな」


 そう言うと、ジェイドは部屋を出ていこうとする。彼が背を向けて、歩き出す。その背中を見ていると、ルウルウは胸に迫るものを感じた。


「ジェイド!」


 ジェイドが足を止め、黙って振り返る。

 ルウルウは思わず声をかけてしまったことを、後悔する。なにを言うべきか、頭の中でまったくまとまっていない。


「あ、えと……」


 ルウルウは必死で言葉を考える。頭の中が、半分混乱して半分クリアになっている。そんな気分だ。


「その、返事はまだできないけど……」


 彼の好意に、どう応えるべきなのか。それはまだわからない。だが伝えるべき言葉があるような気持ちだ。


「わたし、ジェイドのこと、すっごく頼りにしてる!」


 淡青色の瞳に、ありったけの誠意をこめて、ルウルウはそう告げた。

 ジェイドが黒い眉をハの字に下げて、はにかむように笑う。そしてルウルウに軽く手を振って、部屋を出ていく。扉が閉まる。


 閉まった扉をじっと見つめながら、ルウルウは今さら胸がドキドキと高鳴るのを感じる。全身がほわっと温かくなり、優しい熱が目尻に集まってくる。


「ジェイド……」


 ほろり、と涙があふれる。どうしてこんなにも――わけのわからない感情が、湧いてくるのか。ルウルウにはまだ理解できない。


「いけない、泣いちゃ……」


 涙をぬぐう。ルウルウの手の甲に、何粒もしずくが吸い込まれる。

 彼が戻ってきたら、おのれは普通の顔をしていないといけない――と、ルウルウは直感した。きっと彼も、素知らぬ顔でいてくれるのだろう。


 いままでと、同じように。


「ああ……」


 ルウルウは涙を抑え、天井をあおいだ。

 恋の物語――タージュの蔵書にあった本を思い出す。きれいなお姫様が、素敵な王子様に愛されて幸せになるお話だった。


 タージュはルウルウがどんな本を読んでも喜んだ。ただ、幼いルウルウが恋物語を読んで「わたしもこうなる?」と訊いたときだけは違った。タージュはすこしだけ、悲しげな顔をした。


 ――ルウルウ、あなたもきっと、こうなります。


 タージュは悲しげな表情なのに、それでも笑って、ルウルウに告げた。

 タージュがなぜそんな顔になったのか、いまだにルウルウは理解できない。でもいま、その一端を理解したような気がする。


 嬉しいのに、涙があふれる。

 甘いのに、苦い。まるで涙のような味がする。


「お師匠様、知っていたのですか……?」


 ルウルウは掛布かけぬのをひっかぶった。声を殺して、息を整えようとする。握りしめた掛布が、頼りなくも頼りになる。


 しばらくあふれる感情に揺さぶられ――ルウルウは疲れ果てたが、眠れなかった。

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