ルウルウは呆気にとられていた。
ジェイドの言葉を、ゆっくり胸の中に入れて、理解しようと試みる。
君が好きなんだ――。
その言葉が、深く深くルウルウの胸の奥まで
「あ……う」
急に、ルウルウは頬が熱くなるのを感じた。心臓が早鐘のように打つ。全身が熱い。それなのに、指先が震えてくる。わけがわからないのに、頭の中がクリアになってくる。
彼が言ったことを、十分に理解して――ルウルウは唇を引き結んだ。涙があふれそうになる。手に余る困惑が、頭の中でひたすらクルクルと回る。
ルウルウの当惑を知ってか知らずか、ジェイドが彼女の右手をそっと取った。彼の落ち着いた体温が、ひんやりと感じられる。ジェイドの乾いた手が、ルウルウの手を包み込むように重ねられる。
「ルウルウ」
黙り込んだルウルウに、ジェイドが語りかける。まるで鍵穴にカギを差し入れて、ゆっくりと回していくように。
「返事は、いまでなくていい。この旅が終わってからでもいい」
「俺は俺の誠意を、いつまでも君に示し続けると誓うよ」
「どう……して?」
ルウルウはようやく、意味のある言葉を発した。
ジェイドがおだやかに笑った。
「どうしてかな。君をずっと見ているうちに……としか言えないが」
「あの……えっと、お師匠様は……?」
そう訊いてから、ルウルウは後悔した。なぜそんなことを気にしてしまうのだろう。もっとほかに聞くことがあるだろうに――と我ながら思ってしまう。
ジェイドが苦笑する。
「タージュ殿には、一度相談したことがある。君と一緒になりたい、と。そしたら……結納金を貯めて、なおかつルウルウが承諾したらいい、と言われた」
「あ……」
だからジェイドは貯金をしていたのか。合点がいく。
「金はすこし目減りしてしまったが、気にしなくていい。また貯める」
「で、でも……」
「あとは君の承諾だ」
ジェイドはそう言った。そして先ほどは、いまでなくていい、とも言った。
「なに、君が大人になるまで待った。これからも待つさ」
ジェイドが笑う。彼の笑顔が、ひどくまぶしい。
「君の気持ちが決まるのを――」
彼はこんな風に笑う人だったのか――ルウルウは心のすみで、そう感じた。
ジェイドがひとつ、ため息をついた。
「ああ! まだ言うつもりじゃなかったのにな」
「ジェイド……」
ジェイドがルウルウの手を彼女のひざに置き、立ち上がる。
「すこし、頭を冷やしてくる。君の飯も取ってこないとな」
そう言うと、ジェイドは部屋を出ていこうとする。彼が背を向けて、歩き出す。その背中を見ていると、ルウルウは胸に迫るものを感じた。
「ジェイド!」
ジェイドが足を止め、黙って振り返る。
ルウルウは思わず声をかけてしまったことを、後悔する。なにを言うべきか、頭の中でまったくまとまっていない。
「あ、えと……」
ルウルウは必死で言葉を考える。頭の中が、半分混乱して半分クリアになっている。そんな気分だ。
「その、返事はまだできないけど……」
彼の好意に、どう応えるべきなのか。それはまだわからない。だが伝えるべき言葉があるような気持ちだ。
「わたし、ジェイドのこと、すっごく頼りにしてる!」
淡青色の瞳に、ありったけの誠意をこめて、ルウルウはそう告げた。
ジェイドが黒い眉をハの字に下げて、はにかむように笑う。そしてルウルウに軽く手を振って、部屋を出ていく。扉が閉まる。
閉まった扉をじっと見つめながら、ルウルウは今さら胸がドキドキと高鳴るのを感じる。全身がほわっと温かくなり、優しい熱が目尻に集まってくる。
「ジェイド……」
ほろり、と涙があふれる。どうしてこんなにも――わけのわからない感情が、湧いてくるのか。ルウルウにはまだ理解できない。
「いけない、泣いちゃ……」
涙をぬぐう。ルウルウの手の甲に、何粒もしずくが吸い込まれる。
彼が戻ってきたら、おのれは普通の顔をしていないといけない――と、ルウルウは直感した。きっと彼も、素知らぬ顔でいてくれるのだろう。
いままでと、同じように。
「ああ……」
ルウルウは涙を抑え、天井をあおいだ。
恋の物語――タージュの蔵書にあった本を思い出す。きれいなお姫様が、素敵な王子様に愛されて幸せになるお話だった。
タージュはルウルウがどんな本を読んでも喜んだ。ただ、幼いルウルウが恋物語を読んで「わたしもこうなる?」と訊いたときだけは違った。タージュはすこしだけ、悲しげな顔をした。
――ルウルウ、あなたもきっと、こうなります。
タージュは悲しげな表情なのに、それでも笑って、ルウルウに告げた。
タージュがなぜそんな顔になったのか、いまだにルウルウは理解できない。でもいま、その一端を理解したような気がする。
嬉しいのに、涙があふれる。
甘いのに、苦い。まるで涙のような味がする。
「お師匠様、知っていたのですか……?」
ルウルウは
しばらくあふれる感情に揺さぶられ――ルウルウは疲れ果てたが、眠れなかった。