ルウルウはふと目を覚ました。部屋はまだ明るい。先ほど眠ってから、あまり時間は経っていないような気がした。
隣のベッドにカイルが腰掛けている。舟をこぐように上半身が揺れている。どうやら居眠りをしているらしい。
ルウルウは身を起こさず、部屋の扉側に背を向ける。横になったまま、とりとめもなく何かを考えようとして――。
「カイル、交代しよう」
「お、おお!」
部屋の扉が開く音がして、ジェイドが入ってくる。食事から帰ってきたようだ。カイルがあわてて起きたような気配がする。ルウルウはふたりに背を向けたまま、なんとなく寝たふりをした。
「ルウルウはどうだ?」
「さっき一回、起きたよ。顔色もいいし、大丈夫そうだ」
ジェイドとカイルは、ルウルウが目覚めているとは知らず、会話している。
「でも傷は治ってないからね。また寝かせた」
「そうか、ありがとう」
「いいってことよ。そうだ、旦那」
「なんだ?」
「ルウルウ、自分で自分の傷は治療できないの? こう、魔法でパパッとさぁ」
カイルの疑問に、ジェイドが答える。
「それがな……ルウルウの魔法は、ルウルウ自身には効かないらしい」
「え!? なんで!?」
カイルが心底驚いたような声を上げる。ルウルウはドキドキしながらジェイドの言葉を待つ。
「タージュ殿が言っていたが、まれにそういう魔法使いがいるらしい。自分には自分の魔法が効かない、という……」
「うーん、そうなのかぁ……」
「だから、魔法薬を買ってきた」
「え、それも買ったの!?」
ジェイドが魔法薬を買った――と聞いて、ルウルウは思わず飛び起きそうになった。だがなぜか、我慢してしまう。寝たふりを続ける。
カイルが呆れたような口調で、ジェイドに尋ねる。
「あのさぁ、ルウルウ気にしてたよ? 大金を使わせたって……」
「そんなこと、気にしないでいい。俺がやりたくてやったんだ」
「そう? じゃあ、ルウルウにもちゃんとそう言ってね?」
「ああ」
ジェイドの答えに、カイルはため息で応じたようだ。
「じゃ、僕もご飯食べてくるから!」
「ああ、ゆっくりしてこい」
そう言うと、カイルが部屋を出ていく気配がする。ルウルウは布団の中で、思わず身をすくめた。いま、ジェイドとふたりきりになるのが怖ろしい。そんな気持ちだ。
ジェイドが隣のベッドに腰掛ける。寝たふりをしたルウルウの背中を、見つめている。ルウルウは必死で寝たふりをしている。
「ルウルウ」
ジェイドがおだやかに声をかけた。
「起きなくてもいい。寝てるんだろう?」
ああ、寝たふりは見抜かれている――とルウルウは思った。しかし体が動かない。ジェイドに背を向けたまま、起き上がれない気持ちだ。
「だから、これは俺のひとりごとだ」
ジェイドの言葉を、ルウルウは不思議に思う。彼のひとりごと、とはどういうことだろう。
「俺はな、あるひとのために金を貯めていたんだ」
ルウルウはドキリとした。ジェイドが自分の中に秘めていたものを語っている。そう感じたからだ。
「そのひとが大人になったら、俺はその金を……そのひとのところに持っていくつもりだった」
成人の祝い金、ということだろうか?
そんな大事なお金だったのか――とルウルウはあせる気持ちになる。
「――結納金、として」
「ゆいのう、きん……?」
我慢しきれず、ルウルウは身を起こした。真珠色の髪は乱れているが、気にしていられない。そのまま、ジェイドの方を向く。
「結納金って……」
「婚約のあかしに、妻となる女性側に渡す金だ」
ルウルウはさぁっと青くなった。ジェイドが自分に使ってくれたのは、本当に大切な資金だったのだ。頭の中が芯から冷える心地がする。
「……ごめんなさい!」
ルウルウは勢いよく頭を下げた。ジェイドが目を丸くする。
「ごめんなさい、そんな大切なお金……! わたしが無理したから、使わせちゃって……!」
「ああ、いや」
「どうしよ、どうしたらいい? あ、いや、返す! ちゃんと返します!」
ルウルウはパニックに陥っている。混乱した頭で、必死にジェイドに返金するすべを考えようとする。考えれば考えるほど、頭の中が混乱してクラクラしてくる。
「ごめんなさい……ジェイド……」
「ルウルウ」
ジェイドがおだやかに、ルウルウに声をかけた。大きな手で、ルウルウの肩をぽんぽんと叩く。
「いいんだ」
「よ、よくないっ!」
「いいんだ。なぜなら……」
ジェイドがルウルウの顔を上げさせる。ジェイドの漆黒色の瞳が、おだやかに笑う。彼の凛々しい眉が、すこしハの字に下がっている。わずかに苦笑が混じった、慈しみにあふれた笑みだ。
「俺が結納金を渡す予定だったのは、君だから」
「…………へ?」
ルウルウは思わず、間の抜けた声で応えた。混乱していた頭の中がいったん停止し、真っ白になったような感覚だ。理解が追いつかない。
「どういう……こと?」
ルウルウはぽかん、と口を開けた。なぜジェイドがルウルウに結納金を渡す予定があるのだろうか。それはつまり、どういうことなのだろうか。
「俺はね、ルウルウ」
ルウルウに、ジェイドは優しく語りかける。優しさの奥に、覚悟も感じさせる口調だ。
「君が、好きなんだ」