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第3-2話 毒消しと秘密(2)

 ルウルウはふと目を覚ました。部屋はまだ明るい。先ほど眠ってから、あまり時間は経っていないような気がした。


 隣のベッドにカイルが腰掛けている。舟をこぐように上半身が揺れている。どうやら居眠りをしているらしい。

 ルウルウは身を起こさず、部屋の扉側に背を向ける。横になったまま、とりとめもなく何かを考えようとして――。


「カイル、交代しよう」

「お、おお!」


 部屋の扉が開く音がして、ジェイドが入ってくる。食事から帰ってきたようだ。カイルがあわてて起きたような気配がする。ルウルウはふたりに背を向けたまま、なんとなく寝たふりをした。


「ルウルウはどうだ?」

「さっき一回、起きたよ。顔色もいいし、大丈夫そうだ」


 ジェイドとカイルは、ルウルウが目覚めているとは知らず、会話している。


「でも傷は治ってないからね。また寝かせた」

「そうか、ありがとう」

「いいってことよ。そうだ、旦那」

「なんだ?」

「ルウルウ、自分で自分の傷は治療できないの? こう、魔法でパパッとさぁ」


 カイルの疑問に、ジェイドが答える。


「それがな……ルウルウの魔法は、ルウルウ自身には効かないらしい」

「え!? なんで!?」


 カイルが心底驚いたような声を上げる。ルウルウはドキドキしながらジェイドの言葉を待つ。


「タージュ殿が言っていたが、まれにそういう魔法使いがいるらしい。自分には自分の魔法が効かない、という……」

「うーん、そうなのかぁ……」

「だから、魔法薬を買ってきた」

「え、それも買ったの!?」


 ジェイドが魔法薬を買った――と聞いて、ルウルウは思わず飛び起きそうになった。だがなぜか、我慢してしまう。寝たふりを続ける。


 カイルが呆れたような口調で、ジェイドに尋ねる。


「あのさぁ、ルウルウ気にしてたよ? 大金を使わせたって……」

「そんなこと、気にしないでいい。俺がやりたくてやったんだ」

「そう? じゃあ、ルウルウにもちゃんとそう言ってね?」

「ああ」


 ジェイドの答えに、カイルはため息で応じたようだ。


「じゃ、僕もご飯食べてくるから!」

「ああ、ゆっくりしてこい」


 そう言うと、カイルが部屋を出ていく気配がする。ルウルウは布団の中で、思わず身をすくめた。いま、ジェイドとふたりきりになるのが怖ろしい。そんな気持ちだ。


 ジェイドが隣のベッドに腰掛ける。寝たふりをしたルウルウの背中を、見つめている。ルウルウは必死で寝たふりをしている。


「ルウルウ」


 ジェイドがおだやかに声をかけた。


「起きなくてもいい。寝てるんだろう?」


 ああ、寝たふりは見抜かれている――とルウルウは思った。しかし体が動かない。ジェイドに背を向けたまま、起き上がれない気持ちだ。


「だから、これは俺のひとりごとだ」


 ジェイドの言葉を、ルウルウは不思議に思う。彼のひとりごと、とはどういうことだろう。


「俺はな、あるひとのために金を貯めていたんだ」


 ルウルウはドキリとした。ジェイドが自分の中に秘めていたものを語っている。そう感じたからだ。自分ルウルウが聞いてもいいのだろうか。


「そのひとが大人になったら、俺はその金を……そのひとのところに持っていくつもりだった」


 成人の祝い金、ということだろうか?

 そんな大事なお金だったのか――とルウルウはあせる気持ちになる。


「――結納金、として」

「ゆいのう、きん……?」


 我慢しきれず、ルウルウは身を起こした。真珠色の髪は乱れているが、気にしていられない。そのまま、ジェイドの方を向く。


「結納金って……」

「婚約のあかしに、妻となる女性側に渡す金だ」


 ルウルウはさぁっと青くなった。ジェイドが自分に使ってくれたのは、本当に大切な資金だったのだ。頭の中が芯から冷える心地がする。


「……ごめんなさい!」


 ルウルウは勢いよく頭を下げた。ジェイドが目を丸くする。


「ごめんなさい、そんな大切なお金……! わたしが無理したから、使わせちゃって……!」

「ああ、いや」

「どうしよ、どうしたらいい? あ、いや、返す! ちゃんと返します!」


 ルウルウはパニックに陥っている。混乱した頭で、必死にジェイドに返金するすべを考えようとする。考えれば考えるほど、頭の中が混乱してクラクラしてくる。


「ごめんなさい……ジェイド……」

「ルウルウ」


 ジェイドがおだやかに、ルウルウに声をかけた。大きな手で、ルウルウの肩をぽんぽんと叩く。


「いいんだ」

「よ、よくないっ!」

「いいんだ。なぜなら……」


 ジェイドがルウルウの顔を上げさせる。ジェイドの漆黒色の瞳が、おだやかに笑う。彼の凛々しい眉が、すこしハの字に下がっている。わずかに苦笑が混じった、慈しみにあふれた笑みだ。


「俺が結納金を渡す予定だったのは、君だから」

「…………へ?」


 ルウルウは思わず、間の抜けた声で応えた。混乱していた頭の中がいったん停止し、真っ白になったような感覚だ。理解が追いつかない。


「どういう……こと?」


 ルウルウはぽかん、と口を開けた。なぜジェイドがルウルウに結納金を渡す予定があるのだろうか。それはつまり、どういうことなのだろうか。


「俺はね、ルウルウ」


 ルウルウに、ジェイドは優しく語りかける。優しさの奥に、覚悟も感じさせる口調だ。


「君が、好きなんだ」

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