ルウルウはハッと目を覚ました。目に入るのは、木の天井と壁。家屋の中だとわかる。
「わたし……は」
ゆっくりと身を起こす。ベッドに寝かされていることに、気がつく。視線を巡らせる。
時間はわからないが、明るい時分のようだ。窓から光が射しこんでいる。部屋の中には狭いベッドが三つ、並んでいる。そのうちのひとつに、寝かされていたようだ。
「……あ」
ルウルウのベッドにもたれるように、エルフの
室内にジェイドの姿はない。どこかへ出ているのだろうか。そう推測できた。
「……んぁっ」
突然、カイルがピクリと反応し、目を覚ます。口元をぐいと押さえてから、大きくあくびをして――ルウルウと目が合う。寝ぼけまなこだったカイルの表情が、パッと明るくなる。
「ルウルウ! 目が覚めた!?」
「う、うん」
「よかったぁ~~!」
カイルが心底安堵したように、大きく息を吐く。
「どっか痛くない? 気分、悪くない?」
「そういえば……大丈夫、みたい」
ルウルウは思い返す。
三人で、巨大スライムを倒した。だがスライムの核はしぶとく、肉塊を射出するという攻撃を繰り出してきた。ルウルウはジェイドをかばい――撃たれ、気絶した。
「よかった、よかった! ルウルウ、毒残ってないんだね!」
「毒?」
そういえば、撃たれた傷はどうなったのか。ルウルウは
「おー……どす黒かったのがなくなってる」
カイルがルウルウの太ももを確認したので、ルウルウは気恥ずかしくなって、掛布で隠す。
「わたし、毒でやられたの?」
「そうだよ! スライムめ、あんな卑怯な奥の手があるなんて……」
カイルがブツブツとつぶやく中、ルウルウは思い返す。
あのスライムは毒を持っていた。
「でもさ、旦那が薬を手配してくれてよかったよ」
「ジェイドが……薬を手配?」
「うん、そう。……あ! それでさ!」
カイルがルウルウのベッドに腰掛け、話し始める。
「ルウルウの傷、強い毒だったみたいでさ。もちろん毒消し草は使ったけど、応急手当にしかならなかった」
ルウルウにも理解できる。毒消し草はそのままの状態ではどうしても効果が弱い。薬に精製することで効果が高まるものだ。では、ルウルウの傷はどう治療されたのか。
「急いでこの街へ駆け込んで、医者を頼ったけど……医者め、かなーりふっかけてきたんだよね」
「ふっかけ……毒消し薬が高かったってこと?」
「そう!」
カイルは医者の態度を思い出したのか、プリプリと怒る。
「医者の野郎、どうしますか~飲ませないと苦しみますよ~とかわざとらしい! 金儲けしたいのがミエミエだったよ!」
「そ、それでどうしたの?」
「ジェイドの旦那が払ってくれたんだよ」
カイルはあっさりとそう言った。
「でもさぁ、旦那ってば……けっこう貯め込んでるって感じなんだなぁ、意外」
「どういうこと? 薬は……その、依頼の報酬で買ったんじゃ?」
「違う違う」
カイルは語る。
ここは次の目的地――カルジラの街にある、冒険者ギルドが所有する宿。
ジェイドはギルドで依頼の報酬を受け取ったが、それには手を付けていない。その代わり、なにやら手続きをして、大量の金を手配した。その金で、毒消しの薬を買ったらしい。
「最初は借金でもしてるのかと思ったら、貯金なんだって」
「貯金……?」
「あら、知らない? 特定の組織に依頼して、お金を貯めとける
貯金――世間にうといルウルウには、聞き慣れないシステムだった。しかし理にかなっている。旅の中で大量の金属貨幣を持ち歩くのは、大変だ。どこかへ預けられるなら便利だろうし、安心だ。
「じゃあ、ジェイドは……」
「自腹切ってくれたってこと! まぁルウルウを助けるためなんだ、当然だよ」
カイルは明るくそう言ったが、ルウルウは罪悪感を覚えた。
ジェイドが金を貯めていたにしても、なにか目的があってそうしていたはずだ。そんな金をジェイドは惜しみなく使ってくれた。どうしてジェイドがそこまでしてくれるのか、わからない。ルウルウがジェイドをかばったから、といえばそうだ。しかしそれだけではない気がする。
考えていると、ルウルウは元気がなくなるような気分に陥った。
「ルウルウ、気を落とすなって! だって旦那を助けたんだからさぁ」
明らかにしょげているルウルウを見て、カイルがぽんぽんと肩を叩く。
「もし旦那がやられてたら、僕たちじゃどうにもならなかったかもよ? だから大丈夫だって。旦那はいやいや金使ったわけじゃないし!」
「そうかな……?」
「悪いな~って思うなら、次は無理してかばわないこと!」
「う、うん……」
反論しないルウルウを見て、カイルはおのれの肩をすくめた。
「こりゃ重傷だなぁ」
ルウルウの太ももの傷のことではない。彼女の心のことだ。まいった、という風に頭をかいて、カイルはルウルウを見る。カイルの紫色の瞳が、ルウルウの淡青色の瞳をじっと見つめる。
「んじゃ、こうしよ? ルウルウはジェイドに恩を返す」
「うん、それは当然……だね」
「そうだね。でもその前に、どうしてジェイドがああしたか聞くこと!」
カイルの言うところはわかる。ジェイドがルウルウに大金を使ってくれた、その理由を聞けということだ。
「理由も知らずに突っ走ったら、誤解のもとだからね~。で、納得したら、恩を返しなさい」
「うん……そうだね」
カイルの言葉に、ルウルウは納得した。だが心がすこし弱っている。ジェイドになぜかと問える気持ちにはなっていない。
「えっと、それでジェイドは?」
「ああ、飯に行ってるよ。旦那が帰ってくるまで、もうちょっと寝てな寝てな~!」
カイルになだめられ、ルウルウはふたたびベッドに横になった。