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第2-4話 巨大粘体の水場(4)

 ジェイドが短剣を手に、スライムの核に近づく。

 スライムの核は、即席の槍が三本も突き立っており、完全に沈黙している。


「どうするんだ、旦那?」

「すこし切り取って、持って帰る。ギルドに提出すれば、俺たちが討伐した証明に――」


 カイルの方を振り返って説明するジェイド。

 しゃがみこんでいたルウルウは、ふと顔を上げた。


 魔力が、編み上がっていく。ルウルウのものではない。スライムの核の中で、魔力が編み上がる気配を――ルウルウは感じ取った。


「――!!」


 ぞくり、と背筋を悪寒が走る。ルウルウは勢いよく立ち上がり、ジェイドに体当たりする。ふたりの体が、ジェイドの立っていた位置からずれる。


 ――ピィィィィィィィ!


 スライムの核が、鳴いた。槍が突き立った核から、魔力と肉の塊が射出される。まるで放った矢のような速度で飛び――ルウルウの太ももを撃った。


「ああーーーー!!」


 太ももに走る、やけどのような痛み。ルウルウは悲鳴を上げた。そのまま地面へと転がる。


「ルウルウ!」


 ともに倒れたジェイドが素早く起き上がり、ルウルウを助け起こす。ルウルウは、太ももを焼く痛みに顔をしかめている。


「こ、このぉ!!」


 カイルが最後の使わなかった槍を、地面から拾う。間髪入れず、スライムの核へと突き立てる。スライムの核はグズグズと崩れ、かたちを失った。完全に死んだようだ。


「ルウルウ! ルウルウ、しっかりしろ」

「うう……!」


 ルウルウはあまりの痛みに、額から脂汗が垂れるのを感じた。しかし気丈に顔を上げ、ジェイドに苦笑して見せる。


「大丈夫……だから……」


 ジェイドの顔を見る。ああ、心配そうな表情をしている――と思う。ジェイドをかばえたことが、ルウルウの心に嬉しさとなって湧き上がる。


「傷を見るぞ」

「うん……」


 ジェイドがルウルウをうつぶせに横たえ、服をまくりあげる。服には血がにじみ、太ももにスライムの肉塊が食い込んでいる。魔力と混じり合った肉だ。


「すこし痛むぞ」


 ジェイドは素早くスライムの肉塊を引き抜いた。痛みにルウルウの体がビクリと震える。あふれる血を清潔な端布で押さえて、止血を施す。


「よし、ひとまずはこれで大丈夫だ」

「うん……」


 太ももに傷を負った以上、歩けるかどうかはわからない。だが応急手当さえできていれば、事態の悪化を遅らせることができる。

 ルウルウは頭を上げ、ジェイドに礼を言おうとした。


「あいあ…………あぅえ?」


 ルウルウは急に呂律が回らなくなった。おのれの視界がグルグルと回り始める。世界が揺れているかのような錯覚にとらわれる。違う。ルウルウ自身の意識が、回っているのだ。


「ルウルウ!?」

「ルウルウ、どしたの!?」


 ジェイドがなにか叫んでいる。だがルウルウの意識は急激に混濁した。カイルとジェイドの顔が何重にも見える。彼らがなにかを叫んでいる。なにを言われても、聞こえているような聞こえていないような、不思議な感覚だ。


「あ……ぁ……」


 そのままルウルウは意識を失った。


「ルウルウ! ルウルウ!!」


 カイルが必死で呼びかける。だがルウルウは意識を失い、返答がない。


「ねえ、どうしちゃったのさ、ルウルウは!?」

「まさか……」


 ジェイドが、ルウルウの止血した傷を見る。傷の周囲が、青黒く変色している。


「旦那、それは!?」

「――毒だ!」


 ジェイドとカイルはたがいの顔を見て、顔色が変わるのを感じた。


 スライムは、奥の手を持っていたのだ。毒を帯びた核の肉を、まるで矢のように射出する魔法――おそらく敵を道連れにするための、悪辣な手段だった。


「毒消し! あったよね!?」

「ああ、ルウルウの荷物にあるはずだ」


 ジェイドはルウルウの荷物をひっくり返すように開ける。中からいくつか薬草を取り出す。最初に立ち寄った村のそばで摘んだ、毒消し草がある。


「これだな」


 ジェイドは毒消し草の一枚を傷に当てる。それだけでは効果が薄い。もう一枚二枚を口に含んで、噛んですり潰す。口内から取り出し、ルウルウの口に含ませる。すり潰したことで出る汁を、ルウルウに飲ませるように体を支えてやる。


 ルウルウの傷口の青黒さが、すこし落ち着く。落ち着いただけだ。意識は戻ってこない。息はしているが、額に浮かんだ汗が彼女の容態の悪さを物語っている。


「応急処置にしかならんな。すぐここから離れる。街へ急ごう」

「合点承知!」


 カイルが敬礼し、あたりに散らばった荷物をまとめる。自分とルウルウの荷物を背負う。

 ジェイドはおのれの荷物とともに、ルウルウを抱き上げた。


「ルウルウ、しばらく辛抱してくれ」


 ジェイドはそう言うと、足早にその場を離れた。カイルも続く。森の下草を踏み分けて、次の街を目指していく。


 ルウルウの意識は、まだ戻らない――。



 つづく

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