ジェイドが短剣を手に、スライムの核に近づく。
スライムの核は、即席の槍が三本も突き立っており、完全に沈黙している。
「どうするんだ、旦那?」
「すこし切り取って、持って帰る。ギルドに提出すれば、俺たちが討伐した証明に――」
カイルの方を振り返って説明するジェイド。
しゃがみこんでいたルウルウは、ふと顔を上げた。
魔力が、編み上がっていく。ルウルウのものではない。スライムの核の中で、魔力が編み上がる気配を――ルウルウは感じ取った。
「――!!」
ぞくり、と背筋を悪寒が走る。ルウルウは勢いよく立ち上がり、ジェイドに体当たりする。ふたりの体が、ジェイドの立っていた位置からずれる。
――ピィィィィィィィ!
スライムの核が、鳴いた。槍が突き立った核から、魔力と肉の塊が射出される。まるで放った矢のような速度で飛び――ルウルウの太ももを撃った。
「ああーーーー!!」
太ももに走る、やけどのような痛み。ルウルウは悲鳴を上げた。そのまま地面へと転がる。
「ルウルウ!」
ともに倒れたジェイドが素早く起き上がり、ルウルウを助け起こす。ルウルウは、太ももを焼く痛みに顔をしかめている。
「こ、このぉ!!」
カイルが最後の使わなかった槍を、地面から拾う。間髪入れず、スライムの核へと突き立てる。スライムの核はグズグズと崩れ、かたちを失った。完全に死んだようだ。
「ルウルウ! ルウルウ、しっかりしろ」
「うう……!」
ルウルウはあまりの痛みに、額から脂汗が垂れるのを感じた。しかし気丈に顔を上げ、ジェイドに苦笑して見せる。
「大丈夫……だから……」
ジェイドの顔を見る。ああ、心配そうな表情をしている――と思う。ジェイドをかばえたことが、ルウルウの心に嬉しさとなって湧き上がる。
「傷を見るぞ」
「うん……」
ジェイドがルウルウをうつぶせに横たえ、服をまくりあげる。服には血がにじみ、太ももにスライムの肉塊が食い込んでいる。魔力と混じり合った肉だ。
「すこし痛むぞ」
ジェイドは素早くスライムの肉塊を引き抜いた。痛みにルウルウの体がビクリと震える。あふれる血を清潔な端布で押さえて、止血を施す。
「よし、ひとまずはこれで大丈夫だ」
「うん……」
太ももに傷を負った以上、歩けるかどうかはわからない。だが応急手当さえできていれば、事態の悪化を遅らせることができる。
ルウルウは頭を上げ、ジェイドに礼を言おうとした。
「あいあ…………あぅえ?」
ルウルウは急に呂律が回らなくなった。おのれの視界がグルグルと回り始める。世界が揺れているかのような錯覚にとらわれる。違う。ルウルウ自身の意識が、回っているのだ。
「ルウルウ!?」
「ルウルウ、どしたの!?」
ジェイドがなにか叫んでいる。だがルウルウの意識は急激に混濁した。カイルとジェイドの顔が何重にも見える。彼らがなにかを叫んでいる。なにを言われても、聞こえているような聞こえていないような、不思議な感覚だ。
「あ……ぁ……」
そのままルウルウは意識を失った。
「ルウルウ! ルウルウ!!」
カイルが必死で呼びかける。だがルウルウは意識を失い、返答がない。
「ねえ、どうしちゃったのさ、ルウルウは!?」
「まさか……」
ジェイドが、ルウルウの止血した傷を見る。傷の周囲が、青黒く変色している。
「旦那、それは!?」
「――毒だ!」
ジェイドとカイルはたがいの顔を見て、顔色が変わるのを感じた。
スライムは、奥の手を持っていたのだ。毒を帯びた核の肉を、まるで矢のように射出する魔法――おそらく敵を道連れにするための、悪辣な手段だった。
「毒消し! あったよね!?」
「ああ、ルウルウの荷物にあるはずだ」
ジェイドはルウルウの荷物をひっくり返すように開ける。中からいくつか薬草を取り出す。最初に立ち寄った村のそばで摘んだ、毒消し草がある。
「これだな」
ジェイドは毒消し草の一枚を傷に当てる。それだけでは効果が薄い。もう一枚二枚を口に含んで、噛んですり潰す。口内から取り出し、ルウルウの口に含ませる。すり潰したことで出る汁を、ルウルウに飲ませるように体を支えてやる。
ルウルウの傷口の青黒さが、すこし落ち着く。落ち着いただけだ。意識は戻ってこない。息はしているが、額に浮かんだ汗が彼女の容態の悪さを物語っている。
「応急処置にしかならんな。すぐここから離れる。街へ急ごう」
「合点承知!」
カイルが敬礼し、あたりに散らばった荷物をまとめる。自分とルウルウの荷物を背負う。
ジェイドはおのれの荷物とともに、ルウルウを抱き上げた。
「ルウルウ、しばらく辛抱してくれ」
ジェイドはそう言うと、足早にその場を離れた。カイルも続く。森の下草を踏み分けて、次の街を目指していく。
ルウルウの意識は、まだ戻らない――。
つづく