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第2-3話 巨大粘体の水場(3)

 ルウルウたちは、水源を占拠していたスライムに追われている。

 いつまでも逃げてばかりはいられない。三人は反撃の手段を講じる。ジェイドの手には、細長い木から削り出した、槍。これでスライムの核を破壊するつもりでいる。


「ルウルウ」

「うん」

「水を凍らせる魔法、あったな?」


 ジェイドの確認に、ルウルウはうなずいた。

 水魔法のひとつに、その場にある水を凍らせるという単純な魔法がある。普通は手で持てるおけ一杯くらいの水を凍らせ、氷として利用するためのささやかな魔法だ。


「その魔法、知ってる。だけど旦那……危なくないか?」


 カイルが尋ねる。ジェイドの表情が渋くなる。


「だってその魔法、水にふれないといけないんだろ?」

「ああ」


 水を凍らせる魔法には、弱点がある。凍らせるつもりの水に、杖や手で直接ふれる必要があるという点だ。


 ルウルウには杖がある。凍らせる魔法を発動させるには、杖でスライムにふれる必要がある。そこまで近づかねばならないのだ。ふれたものを消化する習性のあるスライム相手には、分が悪い。


「ルウルウ、無理強むりじいはしない。できないなら、別の手段を考えよう」

「ううん、大丈夫。やる!」


 ルウルウは勢いよく、勇気を出した。スライムはのろい。杖の先端でふれ、魔法を発動する余裕はあると思えた。


「よし、じゃあ作戦を立てる」


 ジェイドが言う。


「まずはスライムを、一部でいいから凍らせる。ひるむか、動きが止まるか、どちらかだ」

「うん」

「そのスキを突いて、核をこの槍で破壊する」

「合点承知!」


 細長い木から切り出した、数本の槍。一本はジェイドが持ち、予備はカイルが持つ。


「ところで旦那、剣以外も使えるんだな」

「昔取った杵柄つかったことがあるというやつでな」


 三人はさらに移動し、すこしだけ開けた場所に出る。スライムを迎え撃つ準備をする。

 ジェイドは荷物から端布はぎれを取り出し、火打金ひうちがねを使って火をつける。スライムを引き寄せるための熱源だ。


 ――ズル、ズル、ズル……。


 森の地面をゆっくりとこする音がする。パキパキと草木の枝が折れる音がする。ずるり、と音を立てるように、スライムが現れる。


 透明で巨大な体と、その奥に揺らめく核――巨大スライムが、ルウルウたちを知覚して体をもたげる。ルウルウたちを押し潰してやろう、という意志がある。


「やるぞ!」


 ジェイドが言い放ち、火をつけた端布を投げる。光と熱を発する端布が地面に落ちる。そこに向かって、スライムの巨体が倒れかかる。


 ――ドズンッ!!


「今だ!」

「うん!」


 ルウルウはおのれを奮い立たせる。前に小走りで出て、スライムに迫る。火のついた端布を取り込もうとしているスライムに、杖の石突さきを当てる。


「水よ、この世の冬に凍てつく氷花ひょうかとなるものよ」


 素早く呪文を詠唱し、魔力を編み上げる。


「我が願いに応え、凍結の奇跡を示せ!」


 杖に向かって魔力を注ぎ込み、伝え、スライムに向かって魔法を発動させる。

 スライムの体を構成する水分が、勢いよく凍っていく。まるでスライムにヒビが入ったような、鋭い白線が幾本もスライムの中に奔っていく。透明なスライムの体の中で、凍った部分が白く濁ったのだ。


 ――ピィルオォォォ!


 体を凍らされたスライムが、鋭い音を立てる。発声器官はないはずだが、まるで悲鳴を上げたようだった。

 スライムは、いま来た道を這いずって逃げようとする。だが凍った部分が上手く動かず、体が大きく引き伸ばされる。


「よくやった!」


 ジェイドがそう叫ぶと、ルウルウを下がらせて前に出る。木の槍を構え、巨大スライムの核を狙う。体が伸びたスライムは、つまり核を守る肉が薄くなってしまっている。木の槍でも貫けるはずだ。


「喰らえ!」


 ジェイドはすばやく踏み込み、スライムの核に向かって槍を突き出した。槍は透明なスライムの肉を貫き、核へと到達する。


 ――ピィィィルルルォォォオ!


 スライムがふたたび鋭い音を立てる。ジェイドはカイルに向かって叫ぶ。


「もう一本だ!」

「あいよ、旦那ァ!」


 カイルは持っていた木の槍を一本、ジェイドに投げ渡す。ジェイドは別の角度から、スライムの核に向かって槍を突き出す。核に槍が突き刺さる。


「まだ手応えがある! もう一本!」

「あいよ!」


 ジェイドは三本目の槍をスライムの核に向かって突き出す。核が貫かれる。


 ――ピィルオォォォ……!


 スライムの肉体が、突然盛り上がり――ぶるりと震えた。そのまま雪山が崩れるように、力を失って地面に這いつくばる。透明な肉がどろどろと地面に流れていく。


「倒した! やった!!」


 カイルが最後に残った槍を落として、両手を上げる。ジェイドは油断なく様子を観察し、スライムが完全に動かなくなるのを確認する。


「よし、大丈夫そうだ」


 ジェイドはルウルウのそばに戻り、その肩を叩いた。


「よくやった、ルウルウ。作戦は成功だ」

「ホント? よかったぁ……!」


 ルウルウはへなへなとその場にしゃがみこんだ。巨大な魔獣と相対して倒す――初めての経験に、体の力が抜けていく。杖を握っているだけで精一杯の気分だ。


「はぁぁ~~……」


 ルウルウは安堵のため息をついた。すべてが上手くハマって、怪我もなく成功した。魔獣退治の幕切れは、意外とあっさりしていると感じた。


「緊張したぁ……」

「カイルも、ナイスアシストだった」

「へへっ、旦那の身のこなしは槍兵もビックリの見事さだったぜ!」


 カイルが調子よく親指を立てる。ジェイドはカイルの頭をガシガシと撫でる。


「さて、退治したことを証明しておかないとな……」


 ジェイドは短剣を抜いて、スライムの核に近づいていく。三本の槍が突き刺さった核は、スライムの肉からはみ出して転がっていた。

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