ルウルウたちは、水源を占拠していたスライムに追われている。
いつまでも逃げてばかりはいられない。三人は反撃の手段を講じる。ジェイドの手には、細長い木から削り出した、槍。これでスライムの核を破壊するつもりでいる。
「ルウルウ」
「うん」
「水を凍らせる魔法、あったな?」
ジェイドの確認に、ルウルウはうなずいた。
水魔法のひとつに、その場にある水を凍らせるという単純な魔法がある。普通は手で持てる
「その魔法、知ってる。だけど旦那……危なくないか?」
カイルが尋ねる。ジェイドの表情が渋くなる。
「だってその魔法、水にふれないといけないんだろ?」
「ああ」
水を凍らせる魔法には、弱点がある。凍らせるつもりの水に、杖や手で直接ふれる必要があるという点だ。
ルウルウには杖がある。凍らせる魔法を発動させるには、杖でスライムにふれる必要がある。そこまで近づかねばならないのだ。ふれたものを消化する習性のあるスライム相手には、分が悪い。
「ルウルウ、
「ううん、大丈夫。やる!」
ルウルウは勢いよく、勇気を出した。スライムはのろい。杖の先端でふれ、魔法を発動する余裕はあると思えた。
「よし、じゃあ作戦を立てる」
ジェイドが言う。
「まずはスライムを、一部でいいから凍らせる。ひるむか、動きが止まるか、どちらかだ」
「うん」
「そのスキを突いて、核をこの槍で破壊する」
「合点承知!」
細長い木から切り出した、数本の槍。一本はジェイドが持ち、予備はカイルが持つ。
「ところで旦那、剣以外も使えるんだな」
「昔
三人はさらに移動し、すこしだけ開けた場所に出る。スライムを迎え撃つ準備をする。
ジェイドは荷物から
――ズル、ズル、ズル……。
森の地面をゆっくりとこする音がする。パキパキと草木の枝が折れる音がする。ずるり、と音を立てるように、スライムが現れる。
透明で巨大な体と、その奥に揺らめく核――巨大スライムが、ルウルウたちを知覚して体をもたげる。ルウルウたちを押し潰してやろう、という意志がある。
「やるぞ!」
ジェイドが言い放ち、火をつけた端布を投げる。光と熱を発する端布が地面に落ちる。そこに向かって、スライムの巨体が倒れかかる。
――ドズンッ!!
「今だ!」
「うん!」
ルウルウはおのれを奮い立たせる。前に小走りで出て、スライムに迫る。火のついた端布を取り込もうとしているスライムに、杖の
「水よ、この世の冬に凍てつく
素早く呪文を詠唱し、魔力を編み上げる。
「我が願いに応え、凍結の奇跡を示せ!」
杖に向かって魔力を注ぎ込み、伝え、スライムに向かって魔法を発動させる。
スライムの体を構成する水分が、勢いよく凍っていく。まるでスライムにヒビが入ったような、鋭い白線が幾本もスライムの中に奔っていく。透明なスライムの体の中で、凍った部分が白く濁ったのだ。
――ピィルオォォォ!
体を凍らされたスライムが、鋭い音を立てる。発声器官はないはずだが、まるで悲鳴を上げたようだった。
スライムは、いま来た道を這いずって逃げようとする。だが凍った部分が上手く動かず、体が大きく引き伸ばされる。
「よくやった!」
ジェイドがそう叫ぶと、ルウルウを下がらせて前に出る。木の槍を構え、巨大スライムの核を狙う。体が伸びたスライムは、つまり核を守る肉が薄くなってしまっている。木の槍でも貫けるはずだ。
「喰らえ!」
ジェイドはすばやく踏み込み、スライムの核に向かって槍を突き出した。槍は透明なスライムの肉を貫き、核へと到達する。
――ピィィィルルルォォォオ!
スライムがふたたび鋭い音を立てる。ジェイドはカイルに向かって叫ぶ。
「もう一本だ!」
「あいよ、旦那ァ!」
カイルは持っていた木の槍を一本、ジェイドに投げ渡す。ジェイドは別の角度から、スライムの核に向かって槍を突き出す。核に槍が突き刺さる。
「まだ手応えがある! もう一本!」
「あいよ!」
ジェイドは三本目の槍をスライムの核に向かって突き出す。核が貫かれる。
――ピィルオォォォ……!
スライムの肉体が、突然盛り上がり――ぶるりと震えた。そのまま雪山が崩れるように、力を失って地面に這いつくばる。透明な肉がどろどろと地面に流れていく。
「倒した! やった!!」
カイルが最後に残った槍を落として、両手を上げる。ジェイドは油断なく様子を観察し、スライムが完全に動かなくなるのを確認する。
「よし、大丈夫そうだ」
ジェイドはルウルウのそばに戻り、その肩を叩いた。
「よくやった、ルウルウ。作戦は成功だ」
「ホント? よかったぁ……!」
ルウルウはへなへなとその場にしゃがみこんだ。巨大な魔獣と相対して倒す――初めての経験に、体の力が抜けていく。杖を握っているだけで精一杯の気分だ。
「はぁぁ~~……」
ルウルウは安堵のため息をついた。すべてが上手くハマって、怪我もなく成功した。魔獣退治の幕切れは、意外とあっさりしていると感じた。
「緊張したぁ……」
「カイルも、ナイスアシストだった」
「へへっ、旦那の身のこなしは槍兵もビックリの見事さだったぜ!」
カイルが調子よく親指を立てる。ジェイドはカイルの頭をガシガシと撫でる。
「さて、退治したことを証明しておかないとな……」
ジェイドは短剣を抜いて、スライムの核に近づいていく。三本の槍が突き刺さった核は、スライムの肉からはみ出して転がっていた。