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第2-2話 巨大粘体の水場(2)

 泉の周囲を、三人がかりで再確認する。木にマーキングの痕跡がないか、糞が落ちていないか、注意深く観察していく。

 しかし、なんの痕跡も見つからなかった。


「ぜんぜんわっかんねぇ~……!」


 カイルが頭を抱える。ジェイドもため息をつき、ルウルウは杖を抱えて首をかしげる。


 ルウルウは泉のふちにしゃがみこんだ。透明な水を見つめる。

 水の中で、小魚がゆらりと揺れるように泳いだ。その動きが急に止まる。小魚がすうっと尾びれから消えていく。あとかたもなく消滅する。


「――ッ!」


 ぞくりと、ルウルウの背筋に悪寒が奔った。


「離れて! なにかいるっ!!」


 ありったけの声でルウルウは叫び、泉から距離を取る。ジェイドも素早くそれにならう。


「え? え? なに、なに?」

「カイル!!」


 ひとり、状況が飲み込めずキョロキョロするカイル。

 同時に、泉に異変が起こった。泉の中心部から水が盛り上がり、小山ほどの高さになる。水が勢いよくしたたり落ちる。透明な小山が出現する。


「わわっ!?」


 カイルは泉に発生した小山を見上げ、落ちてきた水を浴びた。一瞬ひるんでしまう。


「離れろ、カイル!」


 やむなくジェイドが踏み込み、カイルの襟首をつかんで後方に投げ飛ばす。次の瞬間、カイルのいた場所に小山が落ちかかってくる。


 ――ドズンッ!


 重い着地音が響く。透明な小山には、明確に質量おもみがあった。


「スライムだ!!」


 ジェイドが叫び、ショートソードを抜き払う。ルウルウは、投げ飛ばされたカイルのそばに走る。カイルを助け起こし、その魔獣を見る。


 スライム――透明なゼリーのような体を持つ、粘体魔獣。透き通った体は、わずかに青みがかっている。

 そして特筆すべきはその巨大さだ。ルウルウは書物でスライムを知ったが、せいぜいひとの頭くらいの大きさをイメージしていた。それがどうだ、眼前のスライムはひとの身長をゆうに越す威容を誇っている。


 スライムはふたたび小山のように体をもたげる。明確に、ルウルウたちを狙っている。


「あわわわ……むぐ!」


 パニックに陥るカイルの口を、ジェイドがふさいだ。ジェイドはルウルウに視線をやり、ルウルウはうなずく。口を手で覆って、声が漏れないようにする。


「…………」


 しばしスライムの巨体とにらみ合う。ジェイドはゆっくりと火打金ひうちがねを取り出す。火打金から素早く火花を散らし、あたりの枯れ草に火をつける。


「走れ! 上だ!!」

「うん! わかった!!」


 ジェイドの指示に、ルウルウは走り出す。カイルの手を引いて、森の斜面を上がる方向へと走る。後方からジェイドも走ってくる。


 ――ドズンッ! ドズンッ!


 スライムが火の着いた枯れ草に倒れかかった。枯れ草についた火は、スライムの帯びた水分であっという間に消えてしまう。


「やはり火を狙ってきた……!」


 走りながら、ジェイドがつぶやく。

 つまりスライムは、より温度が高く、光を発するものに反応したらしい。音や温度、光に反応するスライムの習性を上手く利用して、逃げ出すチャンスを引き出したのだ。


「ひえっ、ひえっ! ね、ねえ、なんでのぼったのぉ……?」


 カイルが不安げに息を切らす。三人は足を止め、後方を確認する。まだスライムは来ていない。


「下流にくだれば、おそらく落ちてくるスライムに潰されるぞ」


 つまり下り始めたところで、森の斜面を利用してスライムの巨体が転がってくるということだ。ひとの速度あしでは追いつかれ、押し潰されるのがオチだ。


「ひぃ~! ぺちゃんこはやだ~!!」


 カイルが悲鳴を上げる。

 その声に応じるように、細い木々が倒れていく音が響く。音のした方角から、倒れた木を乗り越えて、スライムが追ってくるのが見えた。


「うわーッ! 来た来た来た来た!!」

「落ち着け、かなり速度は遅い」

「でも……いつまで逃げられるか……」


 スライムの移動速度は、かなりゆっくりだ。まるでナメクジのようなノロノロとした速度で、こちらを追っている。

 しかも逃げてばかりはいられない。森の傾斜はいつまでも上りではない。いずれ下りに転じるだろう。そうなればスライムの巨体が転がってきて、いっかんの終わりだ。


「どうするの!? どーするのー!!」

「落ち着け、カイル。いま考える」

「わたしも考える!」


 ジェイドとルウルウは顔を見合わせ、うなずき合う。


 スライム――巨大な粘体魔獣。手足はなく、半固形の体を動かして移動する。その体に餌となる獲物を直接取り込み、消化する。透明な体の中には核がある。


「スライムには核があるよね?」

「ああ、そうだ。唯一の弱点だな。そこをなんとか破壊する」


 方針は決まった。次は核を破壊する手段を考えねばならない。

 スライムの巨体は、直径五メルテはある。透明な体ゆえ、核とおぼしき場所は見えている。核は分厚い半固形の肉に覆われている。


「スライムの肉は消化器官でもあるからな……」

「剣じゃムリそう?」

「ああ、届かなさそうだ。斬りかかっても、弾かれるか、取り込まれるか。どちらかだろうな」

「えぇ……旦那ぁ、どーするの!?」


 ルウルウとジェイドの相談に、カイルが何度目かの悲鳴を上げる。


「ねえ、ジェイド」

「ん?」

「木は食べられずに無事だよね?」


 ルウルウの言葉に、ジェイドは周囲を見回す。木々のうち、細く長く伸びた種類のものを見つけ出す。短剣を抜いて、根本を斬りつける。数本の細長い木を、切り出す。

 カイルが、ルウルウとジェイドを交互に見る。


「え? え? ルウルウ、どういうこと?」

「木を槍にして、核を攻撃できないかってこと!」

「な、なるほどぉ!」


 ルウルウは迫るスライムを観察して、森の木々は食べられていないことに気づいたのだ。ジェイドも素早くそれを理解し、即席の槍を作っていく。


「よし、反撃だ」


 ジェイドは細い木を切り出し、先端を素早く尖らせた。頼りなくはあるが、長さがある。スライムの肉に突き刺すことができれば、核に届くだろう。


 ジェイドが槍を構える。ルウルウとカイルも身構えた。

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