ルウルウたちは、水源を押さえている魔獣を鎮圧すべしという依頼を受けた。
どんな魔獣がいるかは、不明である。まずはルウルウたちで調査しなければならない。
くだんの水源へと向かう。流れ出る小川をさかのぼり、森の中へと入っていく。森の中の道は平坦ではない。だんだん
「ひぇ~、けっこう登るねぇ」
「足元、気をつけろ。すべりやすい」
「うん」
落ち葉と雑草を踏みしめながら、森の中を登っていく。
先頭はジェイド、一番後方はカイル、真ん中にルウルウという並びで歩く。ジェイドの踏んだあとを踏めば、一応は安全だろうと思われた。
「この先に水源があるはずだが」
「水源ってどんな感じだろうね?」
「そうだな、岩場に水が湧いているのか、それとも……」
ルウルウたちは他愛ない会話をしながら、歩く。たがいに手を貸し合いながら、道なき道を登っていく。森の中を頼りない小川が流れている。そこに沿って、森の中を進んでいく。
「フウフウ、荷物が重い~!!」
「がんばれ」
カイルの嘆きに、ジェイドは声援のみで応じた。
三人はそれぞれに冒険の道具を背負っている。パーティの誰かに任せることは基本的にしない。自分の荷物は自分で面倒を見なければならない。それが冒険者のやり方だ。
やがて三人の会話は少なくなり、水の流れる音だけがする。その音も、徐々に小さくなっていく。
おそらく水源が近いのだ。森の中の小川はますます頼りなくなっていく。
やっと、三人は開けた場所に出た。
「ここか……?」
「はぁ~~! 着いたぁ!!」
三人の前に広がった光景。それは大きな泉であった。
白い泥の溜まった場所に、透明な水がおだやかに湧いているようだった。水面は揺れもせず、青色と緑色の中間色を反射して満ちている。
「きれー……」
ルウルウは光景に見とれた。
小さな泉は見たことがあった。それと比べるとこちらの方が大きく、水の透明度も高いように見える。
ルウルウが泉をのぞきこむと、小さな魚がゆらりと泳いだ。
「あ、お魚さんがいる」
「魔獣は……いないねぇ?」
カイルがジェイドの方を見た。本当にここで合っているのか、という視線だ。
ジェイドは泉の周囲を回ってみる。泉は、彼ら一行が登ってきた方角に向かって、ひとすじの小さな川をつくり、下流へと流れ出ている。別の場所からこの泉に流れ込んでいる様子はない。
「ここより上に水流はなさそうだな」
「じゃあ、ここが水源?」
「ああ、おそらくな」
どうやら泉の底、地中から水が湧いているらしい。
泉の中を見ても、異変はない。透明な水があるばかりだ。この浅い泉に、なにか潜んでいるようには見えなかった。どうやらケルピーやオオグモのたぐいではなさそうだ。
「すこし長期戦になりそうだな」
ジェイドは周囲を見渡し、身を隠せそうな場所を見繕う。見つけたのは、すこし上った場所。細い木々と下草が集まったような茂みがある。ルウルウとカイルとともに、そこへと身を潜める。
「魔獣はおそらく、ここに水を飲みにやってくるのかもしれない」
「なるほど……」
「ここに隠れて、水源にやってくる魔獣を見張る」
「あいあい、了解~」
三人は草むらの影に身を潜め、交代で見張ることにした。
春先の森は、すこし寒い。物陰であれば、よけいに肌寒く感じる。ルウルウは鼻先がむずりと動くのを感じた。思わずくしゃみをする。
「……ハクチュ!」
「大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい、大丈夫……。魔獣は?」
「まだなにか来るような気配はないな……」
水源を見張るジェイドが、視線を泉から外さず、ため息をつく。
太陽が徐々に傾いても、魔獣がやってくる気配はない。
「来ないね~、魔獣。ここじゃないんじゃない?」
「そうだな……、だが」
「だが?」
「鳥やシカのたぐいも来ないのは、すこし気になる」
ジェイドの言葉に、ルウルウはハッとする。
たしかにそうだ。これだけ清浄な水が湧いていても、小鳥や獣が来ないのは異常かもしれない。
「もしかして……魔獣を恐れて?」
「ああ。なわばりの痕跡はわからなかったが……」
「なわばり……というと?」
魔獣にもなわばり、つまり同族を排除して生活圏を保つ種がいるという。そういう種の魔獣は、なわばりに痕跡を残す。木を引っかいたり、体をこすりつけて臭いを付着させたり、糞を落としたりしたりする行為がそうだ。
ジェイドは道すがら、その痕跡がないか調べていたらしい。
「はぁ~……! そんなことも気をつけないといけないんだ」
カイルが感心したように息を吐く。
「ホント、旦那がいてくれて助かるぅ~」
「そのうち君たちも気をつけるようになるさ」
ジェイドが小声で言い、笑った。
カイルもルウルウも、ジェイドを頼もしく思うのだった。
「さて、どうしたものか」
時間だけが刻々と過ぎていく。夕暮れが迫れば、野営の準備もしなければならない。無防備なまま、夜間に魔獣と相対するのは避けたかった。
「このまま潜んでいても、収穫がなさそうだ。周囲を再確認しよう」
「わかった」
「うん」
三人は茂みから出た。泉のそばへと向かう。
泉は変わらず、こんこんと水をたたえていた。