目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第1-4話 依頼をこなす前説(4)

「それにしてもさぁ」


 寝袋を地面に広げながら、カイルがつぶやく。寝袋は、丈夫な布地で中綿なかわたを挟んで縫ったものだ。中に入れば、おのれの体温で暖かくなってくる。


「水源を押さえるような魔獣って、どんなのがいると思う?」

「そうだな……」


 ジェイドが考えるように右手をあごに当てた。


「やはり、水辺を根城にするタイプと考えていいだろう」

「たとえば?」

「水棲の魔獣といえば、ケルピーが有名だが」


 ケルピー――馬の姿をした、水棲魔獣。水辺に来る人間を背に乗せ、水中に引きずり込むという。引きずり込まれた人間は、ケルピーに食べられてしまう。


「ほかには、オオグモもそうだな。水の中に棲むが、水陸両用。クモ特有の糸を何十にも出して、大木すら引きずり込めるらしい」


 オオグモ――八足の虫の姿をした、大型魔獣。やはり水辺に来る人間や獣を、糸で絡め取って水に沈めるのだ。沈められたものは体液を吸われ、亡骸だけが水面に浮かぶらしい。


「魚型の魔獣も聞いたことがあるけど……」

「魚型は水中から出られないことが多い。やつらはこちらが水に入りさえしなければ、なにもできないはずだ」


 そこまで言って、ジェイドは表情を真剣なものにする。


「だが深刻な被害を出すのは、魚型魔獣だともいうな」


 魚型魔獣は魔法を使うことができると言われている。退治するため水から引きずり出した途端、大雨を降らせ洪水を呼んだという話がある。降雨を操る魔法を使い、大水を呼び込むのだ。


「やっかいだよ~~! もし水の中に引きずり込まれたりしたら、僕ら不利だもん……」


 カイルが大げさに頭を抱えて身をよじった。


「ねぇ~、ルウルウ。水の中で息できる魔法ってない?」

「うーん……わたしじゃわからないかも」


 ルウルウは残念そうにそう言った。


「あ、でも。ちょっとだけ長いめに息を止められる魔法ならあったと思う」

「それは使う目的がよくわかんないなぁ……」


 カイルが肩をすくめた。

 ルウルウも、そういう魔法があるのは知っているが、詠唱する文言を知らないので使えない。自分で編み出してもいいが、探求には時間がかかる。


「もうちょっといろんな魔法を覚えたらよかったな……」


 ルウルウはすこしだけしょんぼりとした心持ちになった。タージュは惜しみなく魔法を教えてくれたが、ルウルウの実力に合わせて方法論を授けた。まだ若いルウルウは、難しい魔法を使う実力がない。


「タージュ殿にも考えがあったんだろう。いまは……いま使える魔法だけで十分だ」


 ジェイドがフォローしてくれる。彼の気持ちを、ルウルウは嬉しく思った。


「ありがとう、ジェイド」


 ルウルウの礼を言うと、ジェイドがフッと笑った。


「さて、そろそろ寝よう。交代で見張りだ。時間になったら起こす」

「はーい」

「うん」


 見張りの順番を決めて、ルウルウも寝袋に潜り込んだ。

 ルウルウにとって、こんな野宿は初めての経験だった。地面のゴツゴツした感触が寝袋から伝わってくる。風がひんやりと冷たい。


 それでも、眠ることに集中しなければならない。ルウルウは目を閉じた。なにも考えないように、頭の中を空っぽにする。


「…………」


 眠りに落ちるのはなかなか難しい。呼吸を整え、寝袋の中の温かさだけに意識を向けようとする。それでも眠れず、ルウルウはそっと目を開けた。


「…………」


 ジェイドが黙ってたき火を見ている。

 黒髪と日焼けした肌が、赤黄色の光に照らされている。漆黒色の瞳が、たき火の明るさを宿してわずかに揺れているように見える。


「……ぁ……」


 ルウルウは胸の中に、不思議な感情が湧くのを感じた。

 頼りになる能力を持つ、長年の友人。一緒に旅に出てくれる、旅をやり遂げてくれる、仲間。そうすると誓ってくれた、彼。


 そんなジェイドに、自分はいつか報いることができるだろうか――。


 急に自分が頼りなく思えてきて、ルウルウは身震いした。あわてて目を閉じて、寝袋の中で眠ろうとする。心臓のあたりが、熱くなってくる。同時に、泣きたい気持ちになった。


「……ふ……」


 小さく息を吐いて、ルウルウは夜闇の中に意識を放り出そうとする。満天の星空は美しい。しかし眠ろうとすればするほど、大地の暗さの中へとひとり残されていく気分になる。


(……弱い、なぁ)


 それがおのれの弱さなのだと、ルウルウは自覚した。

 仲間がこんなに近くにいるのに、さびしくてたまらない。助けを求めそうになる手を、引っ込めてしまう。寒さのせいだ。慣れない食事のせいだ――ルウルウは無理やりそう思い込もうとする。


「……ルウルウ」


 小さな声が、眠ろうとあがくルウルウの上に降ってきた。ジェイドの声だ。


「無理に眠らなくていい」

「……でも」

「横になっているだけで、体は回復する」


 ジェイドの気遣いだと、ルウルウは感じた。余計に申し訳ない気持ちになる。


「でも……慣れなきゃ。大丈夫……」


 ああ、自分は強がっている――とルウルウは思った。


「いい」


 ジェイドがその場を離れず、たき火を見つめたまま、言葉を紡ぐ。


「いいんだ、ルウルウ」


 眠れなくていい――ジェイドはそう言ってくれている。

 タージュならばルウルウのそばに寄り添い、背を撫でてくれていたことだろう。だがジェイドはそうしない。ルウルウがいずれ成長することを信じている。


 優しさと、すこしの距離感。


 ルウルウはひどく平穏な気持ちになった。夜の中で、ひとり眠らねばならない悲しさが吹き飛んでいく。まるで魔法のようだった。


 やがてルウルウは、安らかに寝息を立て始めた。



 つづく

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?