その日も太陽が沈んでいく。夕暮れがやってくる。
ジェイドが指示して、野宿の準備をする。街道をすこしだけ外れ、適当な空き地でたき火を起こす。その空き地はほかの冒険者も野宿で使うらしく、炭になった薪が残っていた。その炭も頼りになる。
空はまだ明るい。
ジェイドは、ルウルウとカイルに短剣の使い方を教えた。安全にものを切るやり方と、短剣を使った護身術を教えてくれる。どちらも、冒険には必要な知識だ。
短剣は便利な装備だ。木の枝を切り、食べ物を切り分け、護身用の武器にもなる。ショートソードなどの本格的な武器よりも、扱いやすい。
「とはいえ、あくまで護身用だ。短剣で多くの敵と戦うことは考えない方がいい」
「ふむふむ……」
戦闘の達人の中には、短剣だけであらゆる敵と戦う者もいる。だが素人がすぐさまその域に達することはない。短剣の達人は例外とし、堅実で基本的な技術だけをジェイドは教えてくれた。
「慣れかけた頃や、刃が鈍ってくる頃が危ない。かえって指を切ったりする」
ジェイドが短剣のメンテナンス方法も教え、その日は暮れた。
たき火を頼りに、夕食をとる。冒険者用の携帯食料と、水だけだ。堅く焼き締めた携帯食料は、最初のひとくちこそ甘く感じる。だがすぐに、モソモソとした食感が口の中をパサパサにする。
「慣れておけよ。水も、あまり早いペースで飲まないように」
ジェイドはそう言って、携帯食料をガリガリとかじっている。
カイルの長い
「よくもまぁ、いつもこんなの食べられるね……」
「傭兵団では食べなかったのか?」
「僕のいた傭兵団、食事はほとんど、料理人が作ってたから……」
「なるほど。食事の重要性はよく理解していたようだな」
ルウルウは首をかしげる。傭兵団と食事にどんな関係があるのだろう。
「どういうこと?」
「温かい食事は、なによりも士気を上げるってことさ」
ジェイドが解説してくれる。
冷たくなった食事や携帯食料は、どうしても人間の心を躍らせることができない。食事が単に義務的なものとなってしまう。
「できたてが食べられると思えば、どんな戦闘でも頑張りとおそうという気持ちになれる。カイルのいた傭兵団は、そこを理解していた」
「なるほど……」
ルウルウは感心した。たしかに、この堅い食料を食べていると、温かい食事が恋しくなってくる。
「わたしも、なにか作れたらいいんだけど……」
ルウルウはもぐ、と食料を噛み砕く。口の中の水分が少なくなり、飲み込むのに苦労する。
「いまはこれが精一杯、というやつだ。気にしなくていい」
ジェイドがおのれの分の水を飲む。少量の水を口に含み、口内に残った食料とともに飲み下す。
「カルジラの街についたら、まず美味しいものが食べたいねー」
しょんぼりと耳を下げていたカイルが、食事を終える。次に立ち寄る予定の街を想像しているようだ。街に入れば食堂もあり、屋台だってあるだろう。手頃な価格で食べられるものが夢想できる。
「その前に、魔獣の調査と駆除だ」
「わかってるって。あ、調査したていで依頼をこなしたってことにするのは……?」
「ダメだぞ?」
「ちぇー」
カイルの冗談とも本気ともつかない提案を、ジェイドは即座に却下した。つまらなさそうに、カイルは頭のうしろで手を組んだ。
ジェイドが呆れたようにため息をつき、苦笑する。
「冒険者の中には、たまにそういうヤツもいる」
「ほら! いるんじゃん!」
「たいていはすぐバレてギルドを追放されるのがオチだ」
依頼報酬を不正に受け取る。冒険者ギルドに所属する者のタブーだ。
「追放されるだけならまだしも、役人に突き出されたり、逃走して追手をかけられる者もいるな」
「もしかして、逃走した冒険者を追いかけるのは……」
「そういう依頼が来ることもある」
ルウルウは興味深く、ジェイドの話を聞いていた。
「ねえ、ジェイドが一番大変だった依頼ってある?」
「そうだな……」
ジェイドはすこし考えて、語り出す。
「やはり、この大陸で一番最初に受けた依頼かな」
「どんな依頼だったの?」
「ゴブリン退治だ。村のそばに巣穴を作られたから、退治してほしい……そういう話だったな」
ジェイドは空を見上げた。チラチラと春先の星が輝いている。
「俺はそのとき、西方大陸に来たばかりでな。こちらの共通語すら怪しかったんだ」
「言葉がわからなかったってこと?」
「ああ。名前は書けたが、宣誓文も依頼文も読むのが大変だった」
ジェイドの苦労話――いまでこそ頼れる冒険者のジェイドだが、彼にも駆け出しの頃があったのだ。
「一緒に組んだ冒険者は、三人。俺を含めて四人で挑んだ」
ルウルウはわくわくしながら聞いている。
ジェイドたちのパーティは、ゴブリンの巣穴に挑んだ。村近くの森の中、傾斜地にゴブリンは巣穴を作っていたという。
「巣穴じたいは小さいもので、ゴブリンの数も多くなかった。だが
「そ、それでそれで?」
「なんとか倒したが、俺たちは怪我を負った。ひとりはすぐに治療しなければ、後遺症が残りそうな大怪我だったよ」
途方に暮れつつギルドへ戻ろうとしたジェイドたちを、救った者がいる。
「俺たちを助けてくれたのが、タージュ殿だった」
「あ……」
聖杯の魔女タージュは、たまたま森の中を見回っていたらしい。すぐさま冒険者たちに回復魔法を施してくれた。
「礼はいらない、と言われたが……後日、俺はタージュ殿の家に行った」
ジェイドのパーティの仲間たちは、行きたがらなかった。もし魔女から代償を求められたら――と嫌がったのだという。
しかしジェイドは単身、タージュの家に赴いた。恩返しをしたい、とジェイドはタージュに言った。タージュはジェイドの義理堅さを喜び、そこから交流が始まったのだという。
「ルウルウ、君と遊んでやってほしい……と言われたときはすこし面食らったが」
「あはは、そうかもね」
ルウルウは懐かしく思い出す。まだ幼かったルウルウは、家からもろくに出たことがなかった。家のまわりは深い森で、世間とは隔絶されていた。幼いルウルウにとって、タージュだけが世界の窓口だった。
そこにジェイドが加わった。彼は冒険のことをルウルウに話してくれた。ルウルウは森の外にも世界があることを知った。
ルウルウはタージュに育てられ、ジェイドで世界の広さというものを知ったのだ。
「怪我をしたほかの冒険者たちはどうなったんだ?」
カイルが疑問を口にする。
「いまも冒険者を続けているはずだ」
「パーティを組み続けようとは思わなかったのかい?」
「水が合わなかった、というやつだな」
冒険者同士、性格ややり方が合わない場合、パーティを変えてしまうことは当たり前にある。方向性の違いは
そのためか、ジェイドはさまざまなパーティを点々とした。求められれば加わり、合わなければすぐに抜ける。だが生来の真面目さゆえだろうか、悪評はあまり立たなかった。むしろ仕事はキッチリこなすタイプだと、とらえられたらしい。
「このパーティを抜ける気はない。最後まで、冒険をやり遂げよう」
ジェイドは決意を口にする。それはタージュへの恩返しであり、ルウルウへの誠実さだ。
「うん! ありがとう、ジェイド」
ルウルウは嬉しかった。ジェイドのことを頼もしいと思う。
ジェイドとルウルウがたがいに決意を確認する様子を、カイルがニヤニヤと見ていた。