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第1-2話 依頼をこなす前説(2)

 冒険者の旅は、新しい発見に満ちている。


 街道は踏み固められており、歩きやすい。すこし道から外れれば、たちまち雑草が歩きの邪魔をする。ルウルウは森育ちゆえに雑草地を歩くのも慣れているが、旅人たちは街道を外れないように歩いている。


 旅をする人に出会えば、ジェイドは必ず話を聞こうとした。もちろん彼は話ができる相手を選んでいるのだろう。中には盗賊や悪人もいるから気をつけろ、とジェイドには言われた。


「相手が善人なら、話を聞くに越したことはない。旅には情報が必要だからな」


 ジェイドはそう言った。


 ほかの旅人と話して得られる情報とは――。

 つまりは、旅先で盗賊団が出ていないか。戦争が起こってはいないか。飢饉があれば、道すがらの村々で宿を取ることは期待できない。貧しくなった人々には余裕が失われる。彼らの中には、旅人を泊めないどころか、旅人の寝込みを襲って金品を奪う者もいる。


 などといった風のことを、ジェイドは教えてくれた。

 ルウルウは熱心に聞いた。カイルはある程度知っていたようで、ときどき上の空になっている。


「カイル、ちゃんと聞かなくていいの?」

「いーの、僕は旅慣れてるから」


 カイルは枯れ枝を拾って、フリフリともてあそぶ。


「僕は傭兵団……つまり、あっちこっち転戦する連中のとこにいたんだから。旅のことは、ルウルウよりわかってるよー」

「そ、そっか……」


 カイルは道化師とはいえ、傭兵団に属していた身だ。傭兵団は旅をする。ならばカイルも旅というものをよく知っているのだろう。ルウルウは納得してしまう。


「わかってる、と実際できるかどうかはまた別の問題だぞ、カイル」

「旦那ぁ! 僕のこと信用してないの!?」


 ジェイドのツッコミに、カイルが悲鳴のような声を上げる。ジェイドがクツクツと笑う。


「いやいや、信用してる。だが……」


 歩いているうちに、すこし起伏の多い場所にさしかかる。いくつも丘が盛り上がり、道の見通しが悪くなる。加えて、低木や雑草でできた茂みが多くなってくる。


「こういうところを、たった三人で行くのは初めてじゃないのか?」

「そ、それは……そうかも」

「どういうこと、ジェイド?」


 ジェイドの言葉に、カイルもルウルウも首をかしげる。

 すると――茂みがガサガサと音を立てる。中から人間の男が数名、出てくる。


「へっへっへ……」


 男たちはいかにも「賊」という風貌だった。汚れた肌に、抜き払った短剣を持っている。

 ジェイドが肩をすくめる。


「関所はまだのはずだが?」

「へへっ、自主的な関所ってやつでね。俺たちの縄張りを通りたけりゃ、通行料が必要さ」


 ジェイドの皮肉に、盗賊の男が返す。

 ルウルウは思わず杖を握りしめた。カイルが涙目になってすくみ上がる。


「だ、旦那……ど、どうするの……?」


 ジェイドは視線だけをカイルたちに向けた。大丈夫だと言っているようだった。そのまま、盗賊たちに向き直る。


「ちなみにいくらだ?」

「有り金と装備全部、それに女だなぁ!」


 盗賊たちがゲラゲラと大笑いする。彼らは旅人の身ぐるみをはぎ、女子供を売り飛ばして金にするのだろう。彼らの言葉の恐ろしさに、ルウルウもわずかに震えてしまう。


「そりゃ法外すぎる」


 ジェイドが言い放ち、一歩踏み込む。同時にショートソードを抜き払い、一閃させる。

 盗賊のひとりが持っていた短剣が、折れて飛んでいく。


「ひいっ!?」

「てめえ! 抜きやがったな!?」

「――遅い!」


 応戦しようとする盗賊たちよりも、ジェイドが速かった。次々と相手の短剣を無力化し、拳や足を叩き込む。鋭い一撃に、盗賊たちは殴り倒され、蹴倒される。


 あっという間に、ジェイドは盗賊たちを倒してしまった。ショートソードを鞘に収める。倒された盗賊たちはいずれも気絶しているか、うめいて起き上がれない。


「旦那ぁぁ!! 強い!! 強い!!」


 カイルが感激したように、ジェイドに抱きつく。

 ルウルウもほぅっと息を吐いた。息をするのも忘れて、ジェイドの戦いを夢中で見ていたようだ。


「ジェイド……怪我、ない?」

「ああ」

「えっと、この人たちは……どうしたらいい?」


 ルウルウは杖をすこしだけ掲げた。治癒魔法をかけるべきか、ジェイドに尋ねている。

 ジェイドが首を横に振る。


「いや、大した一撃は加えてない。放置してもいいが……しばらく反省してもらうか」


 ジェイドは荷物から縄を取り出すと、手際よく盗賊たちの手首を縛った。縄を最低限の長さだけ使い、なおかつほどけにくそうに縛る。


「これでよし」

「それでいいの?」

「工夫すればほどけるし、工夫できないならそのうち役人に通報されるだろう」


 そう言うと、ジェイドは荷物を背負い直した。歩き出す彼の背を、ルウルウはぼうっと見つめる。カイルがルウルウの顔をのぞきこむ。


「どしたの、ルウルウ?」

「ああいうジェイド、初めて見た」


 昨夜ジェイドがワイバーンを倒したことは聞いていた。だが実際には目にしていない。ジェイドが武器を振るい、複数の敵を倒す。その瞬間を目撃するのは、ルウルウにとっても初めてのことだった。


 過去にジェイドがタージュの家を訪ねてきても、剣を抜くことはほとんどなかった。敵もいなかったのだから当然だ。ここ数日で、ルウルウはジェイドの強さに何度も助けられたのだ、と気づく。


「もしかしてジェイドのこと、怖いと思ったの? ルウルウ」

「ううん」


 カイルの問いに、ルウルウは首を横に降った。


「頼もしいな……って思った」


 その答えを聞いて、カイルがにんまりと笑った。足早に駆けていき、先を歩んでいたジェイドの背を叩く。


「旦那ぁ! ルウルウがさ、旦那のこと頼りになるってさ!!」

「……なんでそう嬉しそうなんだ?」

「あれ、旦那は嬉しくないの? そんなことないでしょ?」


 まとわりつくカイルを、ジェイドがうるさそうにあしらっている。ルウルウもあわてて、ふたりに追いつこうと足を早める。間もなく追いついて、ジェイドたちに並ぶ。


「ジェイド、すごかったよ」

「そうか? ……まぁ、人間相手ならな」


 ジェイドが苦笑する。人間相手なら負けない――と言っている。

 ルウルウは心の中がクリアになっていくのを感じた。この三人でなら、きっと魔王も倒せる。そんな気がする。


「わたしも……強くならなきゃ」

「ルウルウが剣術、習うの? ジェイドみたいに強くなる?」

「えっと、そうじゃなくて……魔法をもっと強くしたいな」


 恐ろしい相手にもひるまぬ勇気と、高い魔法の技術が欲しい。ルウルウはそう思う。そうすればきっと、ジェイドのことを手助けできるだろう。


「わたし、がんばる! ジェイドとカイルをもっと助ける!」

「その意気だ、ルウルウ。カイルも強くなれよ?」

「僕はおんぶにだっこがいい~!」


 カイルの返答に、ルウルウとジェイドは笑った。三人で笑いながら、道を歩んでいった。

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