冒険者の旅は、新しい発見に満ちている。
街道は踏み固められており、歩きやすい。すこし道から外れれば、たちまち雑草が歩きの邪魔をする。ルウルウは森育ちゆえに雑草地を歩くのも慣れているが、旅人たちは街道を外れないように歩いている。
旅をする人に出会えば、ジェイドは必ず話を聞こうとした。もちろん彼は話ができる相手を選んでいるのだろう。中には盗賊や悪人もいるから気をつけろ、とジェイドには言われた。
「相手が善人なら、話を聞くに越したことはない。旅には情報が必要だからな」
ジェイドはそう言った。
ほかの旅人と話して得られる情報とは――。
つまりは、旅先で盗賊団が出ていないか。戦争が起こってはいないか。飢饉があれば、道すがらの村々で宿を取ることは期待できない。貧しくなった人々には余裕が失われる。彼らの中には、旅人を泊めないどころか、旅人の寝込みを襲って金品を奪う者もいる。
などといった風のことを、ジェイドは教えてくれた。
ルウルウは熱心に聞いた。カイルはある程度知っていたようで、ときどき上の空になっている。
「カイル、ちゃんと聞かなくていいの?」
「いーの、僕は旅慣れてるから」
カイルは枯れ枝を拾って、フリフリともてあそぶ。
「僕は傭兵団……つまり、あっちこっち転戦する連中のとこにいたんだから。旅のことは、ルウルウよりわかってるよー」
「そ、そっか……」
カイルは道化師とはいえ、傭兵団に属していた身だ。傭兵団は旅をする。ならばカイルも旅というものをよく知っているのだろう。ルウルウは納得してしまう。
「わかってる、と実際できるかどうかはまた別の問題だぞ、カイル」
「旦那ぁ! 僕のこと信用してないの!?」
ジェイドのツッコミに、カイルが悲鳴のような声を上げる。ジェイドがクツクツと笑う。
「いやいや、信用してる。だが……」
歩いているうちに、すこし起伏の多い場所にさしかかる。いくつも丘が盛り上がり、道の見通しが悪くなる。加えて、低木や雑草でできた茂みが多くなってくる。
「こういうところを、たった三人で行くのは初めてじゃないのか?」
「そ、それは……そうかも」
「どういうこと、ジェイド?」
ジェイドの言葉に、カイルもルウルウも首をかしげる。
すると――茂みがガサガサと音を立てる。中から人間の男が数名、出てくる。
「へっへっへ……」
男たちはいかにも「賊」という風貌だった。汚れた肌に、抜き払った短剣を持っている。
ジェイドが肩をすくめる。
「関所はまだのはずだが?」
「へへっ、自主的な関所ってやつでね。俺たちの縄張りを通りたけりゃ、通行料が必要さ」
ジェイドの皮肉に、盗賊の男が返す。
ルウルウは思わず杖を握りしめた。カイルが涙目になってすくみ上がる。
「だ、旦那……ど、どうするの……?」
ジェイドは視線だけをカイルたちに向けた。大丈夫だと言っているようだった。そのまま、盗賊たちに向き直る。
「ちなみにいくらだ?」
「有り金と装備全部、それに女だなぁ!」
盗賊たちがゲラゲラと大笑いする。彼らは旅人の身ぐるみをはぎ、女子供を売り飛ばして金にするのだろう。彼らの言葉の恐ろしさに、ルウルウもわずかに震えてしまう。
「そりゃ法外すぎる」
ジェイドが言い放ち、一歩踏み込む。同時にショートソードを抜き払い、一閃させる。
盗賊のひとりが持っていた短剣が、折れて飛んでいく。
「ひいっ!?」
「てめえ! 抜きやがったな!?」
「――遅い!」
応戦しようとする盗賊たちよりも、ジェイドが速かった。次々と相手の短剣を無力化し、拳や足を叩き込む。鋭い一撃に、盗賊たちは殴り倒され、蹴倒される。
あっという間に、ジェイドは盗賊たちを倒してしまった。ショートソードを鞘に収める。倒された盗賊たちはいずれも気絶しているか、うめいて起き上がれない。
「旦那ぁぁ!! 強い!! 強い!!」
カイルが感激したように、ジェイドに抱きつく。
ルウルウもほぅっと息を吐いた。息をするのも忘れて、ジェイドの戦いを夢中で見ていたようだ。
「ジェイド……怪我、ない?」
「ああ」
「えっと、この人たちは……どうしたらいい?」
ルウルウは杖をすこしだけ掲げた。治癒魔法をかけるべきか、ジェイドに尋ねている。
ジェイドが首を横に振る。
「いや、大した一撃は加えてない。放置してもいいが……しばらく反省してもらうか」
ジェイドは荷物から縄を取り出すと、手際よく盗賊たちの手首を縛った。縄を最低限の長さだけ使い、なおかつほどけにくそうに縛る。
「これでよし」
「それでいいの?」
「工夫すればほどけるし、工夫できないならそのうち役人に通報されるだろう」
そう言うと、ジェイドは荷物を背負い直した。歩き出す彼の背を、ルウルウはぼうっと見つめる。カイルがルウルウの顔をのぞきこむ。
「どしたの、ルウルウ?」
「ああいうジェイド、初めて見た」
昨夜ジェイドがワイバーンを倒したことは聞いていた。だが実際には目にしていない。ジェイドが武器を振るい、複数の敵を倒す。その瞬間を目撃するのは、ルウルウにとっても初めてのことだった。
過去にジェイドがタージュの家を訪ねてきても、剣を抜くことはほとんどなかった。敵もいなかったのだから当然だ。ここ数日で、ルウルウはジェイドの強さに何度も助けられたのだ、と気づく。
「もしかしてジェイドのこと、怖いと思ったの? ルウルウ」
「ううん」
カイルの問いに、ルウルウは首を横に降った。
「頼もしいな……って思った」
その答えを聞いて、カイルがにんまりと笑った。足早に駆けていき、先を歩んでいたジェイドの背を叩く。
「旦那ぁ! ルウルウがさ、旦那のこと頼りになるってさ!!」
「……なんでそう嬉しそうなんだ?」
「あれ、旦那は嬉しくないの? そんなことないでしょ?」
まとわりつくカイルを、ジェイドがうるさそうにあしらっている。ルウルウもあわてて、ふたりに追いつこうと足を早める。間もなく追いついて、ジェイドたちに並ぶ。
「ジェイド、すごかったよ」
「そうか? ……まぁ、人間相手ならな」
ジェイドが苦笑する。人間相手なら負けない――と言っている。
ルウルウは心の中がクリアになっていくのを感じた。この三人でなら、きっと魔王も倒せる。そんな気がする。
「わたしも……強くならなきゃ」
「ルウルウが剣術、習うの? ジェイドみたいに強くなる?」
「えっと、そうじゃなくて……魔法をもっと強くしたいな」
恐ろしい相手にもひるまぬ勇気と、高い魔法の技術が欲しい。ルウルウはそう思う。そうすればきっと、ジェイドのことを手助けできるだろう。
「わたし、がんばる! ジェイドとカイルをもっと助ける!」
「その意気だ、ルウルウ。カイルも強くなれよ?」
「僕はおんぶにだっこがいい~!」
カイルの返答に、ルウルウとジェイドは笑った。三人で笑いながら、道を歩んでいった。