目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報
第1-1話 依頼をこなす前説(1)

 ルウルウは魔法使いである。「聖杯の魔女」とたたえられた魔法使いタージュの弟子だ。

 彼女は人間の冒険者ジェイド、エルフの道化師カイルとともに、大陸西方へと旅立つことになっている。彼女自身も、冒険者となる手続きを済ませてある。


 冒険者ギルドの朝は早い。夜明けとともに、冒険者たちが旅立つ。ギルドの受付兼酒場に向かうと、すでに多くの冒険者たちでざわついている。


「おはよう、ジェイド。ルウルウとカイルも眠れたか?」

「おはようございます、オーブリーさん。はい、なんとか」


 冒険者ギルドの支部長たるオーブリーが、ルウルウたちを気遣ってくれる。

 昨晩はワイバーンの襲撃があった。それをルウルウたちが撃退した。後処理のこともあり、休めたのはほんの三時間ほどだった。


「もう一晩、休んでいくか? どうする、ジェイド?」

「おやっさん、そういうわけにもいかない。例のものは?」

「あいよ。身分証と通行手形、できてるぜ」


 オーブリーはそう言うと、タグを取り出す。金属でできたタグは二枚ひと組で、革紐に通してある。一枚は身分証、もう一枚が通行手形らしい。タグの表面には文字や模様が刻まれている。


「こっちのタグがルウルウ、こっちがカイル。ジェイドはこれだ。大事なものだ。肌身離さず、大切にするんだぞ」

「はい!」


 ルウルウ、ジェイド、カイルはそれぞれにタグを受け取り、身につけた。首にかけると、ひんやりとした金属の感触がした。


「おめでとう、これでお前たちは冒険者だ!」


 オーブリーにそう言われ、ルウルウは気持ちが引き締まる思いだった。まだ実感がついていかないが、冒険が始まるドキドキ感がある。


「さて、西方に向かうには、さらに路銀が必要だろう?」


 オーブリーが一枚の依頼書を取り出す。ジェイドに手渡す。ジェイドは内容を読む。


「ここから西にある水源になんらかの魔獣が棲み着いたらしい。調査と、必要であれば駆除を頼む……と。なるほどな」

「受けるなら、報酬はカルジラの街で受け取れるようにしといてやろう」

「それはありがたい」


 ジェイドはオーブリーから地図を借りると、ルウルウたちに説明する。


 この街から西へ向かう途中に、水源がある。どうやらそこに魔獣がらみの問題があるようだ。そこで魔獣を倒せば、さらに西にあるカルジラの街で報酬が受け取れるという。


「報酬を取りにここへ戻って来る必要がないからな。上手くいけば、旅が効率よく進む」

「なるほど……」

「でも旦那、この依頼、こなせそうか?」


 カイルが不安そうに確認する。彼の不安は当然だ。依頼に失敗すれば、報酬も受け取れないし、旅がふりだしに戻ることも考えられる。


「調査と必要あらば駆除、とあるからな。もし魔獣が俺たちの手に負えなさそうなら、調査だけで切り上げてもいいだろう」

「ふむふむ、調査だけでもいいならできそうかなぁ?」

「ルウルウはどう思う?」


 ジェイドがルウルウに話を振る。


「えっと……受けて、みたい」


 ルウルウは素直にそう言った。


「水源を押さえられて、困っている人がいるんでしょう?」

「ああ、そうだな」

「なら、やりたい! 冒険者のお仕事にも慣れたいし……」


 ルウルウは積極的だった。ジェイドが穏やかに笑う。どこか嬉しそうだった。


「ああ、そうしよう。おやっさん、この依頼、受けるよ」

「あいよ。手続きをしておこう」


 ジェイドが依頼書に受諾のサインをする。オーブリーは依頼書を受け取り、自身もなにかを書きつける。


「よし、これでこの依頼はアンタらのもんだ」

「ありがとう、おやっさん」


 ジェイドは依頼書が無事に処理されたのを確認する。あとはオーブリーがカルジラの街で報酬を受け取れるよう、手続きをしてくれるようだ。

 オーブリーがルウルウに視線をやる。


「タージュが見つかったら、ちゃんと連れてこいよ。幸運を祈るぜ」

「はい! ありがとうございます」


 ルウルウは元気よく礼を言った。必ず生きて戻ってこい、とオーブリーは言っている。どんなに困難な旅でも、生きて戻ることこそが重要だ。

 オーブリーが笑う。


「礼を言うべきはこっちさ。怪我人たちの世話、ご苦労だったな」


 そのとき、裏の離れの方からどやどやと人がやってくる。ルウルウが治療を施した冒険者たちだ。彼らはルウルウを見つけると、彼女を取り囲んだ。


「魔女の弟子が旅立つんだと!」

「聖杯の魔女タージュの弟子!」

「俺たちの救世主! ルウルウ!!」


 屈強な冒険者に囲まれ、ルウルウは目を白黒させる。


「あ、あはは……大げさですよ」

「いいや、ありがとう。俺たち、あのままじゃくたばってただろうさ」

「あんたのこと、忘れない。なにかあったら助けてあげるからね!」


 冒険者たちはルウルウを胴上げしそうな勢いだ。ジェイドが割って入る。


「名残は惜しいが、俺たちは先を急ぐ。そろそろ出るよ」

「ジェイド! てめぇも行くのか!」

「ちゃんと守ってあげなよ! 甲斐性なしは嫌われるからね!」

「うるさい」


 ジェイドはそっけなく冒険者たちをあしらう。だが表情は笑っていた。

 ルウルウはそれを見て、なんだか嬉しいと思った。


「どしたの、ルウルウ?」

「ううん、なんでもない。冒険って、もう始まってるんだね」


 カイルの問いに、ルウルウはおだやかに笑って答えた。冒険の旅は不安なことばかりではない。きっと今日のように、多くの人と縁を結ぶことだろう。

 ジェイド、カイル、ルウルウは荷物を背負った。ギルドの扉を開ける。


 朝焼けが美しい。黄金色の朝の光が、街を照らしている。今日はよく晴れるだろう――そんな天気だ。


「お世話になりました! 行ってきます!」

「おう! 行ってこい!!」

「気をつけてね!!」


 オーブリーや多くの冒険者たちから見送られて、三人は旅立った。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?