ルウルウは魔法使いである。「聖杯の魔女」と
彼女は人間の冒険者ジェイド、エルフの道化師カイルとともに、大陸西方へと旅立つことになっている。彼女自身も、冒険者となる手続きを済ませてある。
冒険者ギルドの朝は早い。夜明けとともに、冒険者たちが旅立つ。ギルドの受付兼酒場に向かうと、すでに多くの冒険者たちでざわついている。
「おはよう、ジェイド。ルウルウとカイルも眠れたか?」
「おはようございます、オーブリーさん。はい、なんとか」
冒険者ギルドの支部長たるオーブリーが、ルウルウたちを気遣ってくれる。
昨晩はワイバーンの襲撃があった。それをルウルウたちが撃退した。後処理のこともあり、休めたのはほんの三時間ほどだった。
「もう一晩、休んでいくか? どうする、ジェイド?」
「おやっさん、そういうわけにもいかない。例のものは?」
「あいよ。身分証と通行手形、できてるぜ」
オーブリーはそう言うと、タグを取り出す。金属でできたタグは二枚ひと組で、革紐に通してある。一枚は身分証、もう一枚が通行手形らしい。タグの表面には文字や模様が刻まれている。
「こっちのタグがルウルウ、こっちがカイル。ジェイドはこれだ。大事なものだ。肌身離さず、大切にするんだぞ」
「はい!」
ルウルウ、ジェイド、カイルはそれぞれにタグを受け取り、身につけた。首にかけると、ひんやりとした金属の感触がした。
「おめでとう、これでお前たちは冒険者だ!」
オーブリーにそう言われ、ルウルウは気持ちが引き締まる思いだった。まだ実感がついていかないが、冒険が始まるドキドキ感がある。
「さて、西方に向かうには、さらに路銀が必要だろう?」
オーブリーが一枚の依頼書を取り出す。ジェイドに手渡す。ジェイドは内容を読む。
「ここから西にある水源になんらかの魔獣が棲み着いたらしい。調査と、必要であれば駆除を頼む……と。なるほどな」
「受けるなら、報酬はカルジラの街で受け取れるようにしといてやろう」
「それはありがたい」
ジェイドはオーブリーから地図を借りると、ルウルウたちに説明する。
この街から西へ向かう途中に、水源がある。どうやらそこに魔獣がらみの問題があるようだ。そこで魔獣を倒せば、さらに西にあるカルジラの街で報酬が受け取れるという。
「報酬を取りにここへ戻って来る必要がないからな。上手くいけば、旅が効率よく進む」
「なるほど……」
「でも旦那、この依頼、こなせそうか?」
カイルが不安そうに確認する。彼の不安は当然だ。依頼に失敗すれば、報酬も受け取れないし、旅がふりだしに戻ることも考えられる。
「調査と必要あらば駆除、とあるからな。もし魔獣が俺たちの手に負えなさそうなら、調査だけで切り上げてもいいだろう」
「ふむふむ、調査だけでもいいならできそうかなぁ?」
「ルウルウはどう思う?」
ジェイドがルウルウに話を振る。
「えっと……受けて、みたい」
ルウルウは素直にそう言った。
「水源を押さえられて、困っている人がいるんでしょう?」
「ああ、そうだな」
「なら、やりたい! 冒険者のお仕事にも慣れたいし……」
ルウルウは積極的だった。ジェイドが穏やかに笑う。どこか嬉しそうだった。
「ああ、そうしよう。おやっさん、この依頼、受けるよ」
「あいよ。手続きをしておこう」
ジェイドが依頼書に受諾のサインをする。オーブリーは依頼書を受け取り、自身もなにかを書きつける。
「よし、これでこの依頼はアンタらのもんだ」
「ありがとう、おやっさん」
ジェイドは依頼書が無事に処理されたのを確認する。あとはオーブリーがカルジラの街で報酬を受け取れるよう、手続きをしてくれるようだ。
オーブリーがルウルウに視線をやる。
「タージュが見つかったら、ちゃんと連れてこいよ。幸運を祈るぜ」
「はい! ありがとうございます」
ルウルウは元気よく礼を言った。必ず生きて戻ってこい、とオーブリーは言っている。どんなに困難な旅でも、生きて戻ることこそが重要だ。
オーブリーが笑う。
「礼を言うべきはこっちさ。怪我人たちの世話、ご苦労だったな」
そのとき、裏の離れの方からどやどやと人がやってくる。ルウルウが治療を施した冒険者たちだ。彼らはルウルウを見つけると、彼女を取り囲んだ。
「魔女の弟子が旅立つんだと!」
「聖杯の魔女タージュの弟子!」
「俺たちの救世主! ルウルウ!!」
屈強な冒険者に囲まれ、ルウルウは目を白黒させる。
「あ、あはは……大げさですよ」
「いいや、ありがとう。俺たち、あのままじゃくたばってただろうさ」
「あんたのこと、忘れない。なにかあったら助けてあげるからね!」
冒険者たちはルウルウを胴上げしそうな勢いだ。ジェイドが割って入る。
「名残は惜しいが、俺たちは先を急ぐ。そろそろ出るよ」
「ジェイド! てめぇも行くのか!」
「ちゃんと守ってあげなよ! 甲斐性なしは嫌われるからね!」
「うるさい」
ジェイドはそっけなく冒険者たちをあしらう。だが表情は笑っていた。
ルウルウはそれを見て、なんだか嬉しいと思った。
「どしたの、ルウルウ?」
「ううん、なんでもない。冒険って、もう始まってるんだね」
カイルの問いに、ルウルウはおだやかに笑って答えた。冒険の旅は不安なことばかりではない。きっと今日のように、多くの人と縁を結ぶことだろう。
ジェイド、カイル、ルウルウは荷物を背負った。ギルドの扉を開ける。
朝焼けが美しい。黄金色の朝の光が、街を照らしている。今日はよく晴れるだろう――そんな天気だ。
「お世話になりました! 行ってきます!」
「おう! 行ってこい!!」
「気をつけてね!!」
オーブリーや多くの冒険者たちから見送られて、三人は旅立った。