ルウルウたちは、用意された部屋で眠っている。冒険者ギルドの離れ、ナディバの街からの怪我人たちを収容した建物の二階だ。そこの一室をあてがわれていた。
夜半も過ぎた頃――騒ぎが起きた。
「ギャアアアアッ!」
人とそうでない者との叫び声がこだまする。ジェイドが飛び起きる。彼がショートソードをつかんだところで、ルウルウも目を覚ました。
「な、なに……?」
「ルウルウ、ここにいろ! カイルを起こしておけ!」
「う、うん」
ジェイドはショートソードを持って部屋から走って出ていく。ルウルウは隣のベッドで寝ているカイルを揺り起こす。
「んぁぁ……? もう、なに~?」
カイルは呑気にあくびをしながら起きる。
ルウルウは窓を開ける。外はいまだ暗い。中庭をのぞこうと、頭を出す。
「あぶない! 上だ!!」
下からジェイドが叫ぶ声がして、ルウルウはパッと見上げる。星空から突然、大きな鳥が襲いかかってくる。
「きゃあ!?」
ルウルウはとっさに窓から離れた。同時に、空いた窓に大きな鳥が突っ込んでくる。鳥は首だけを部屋の中に突っ込んだかたちとなり、ジタバタをもがく。
「なに!? なになになになに!?」
カイルが動転した声を上げた。ルウルウも床に尻もちをついて、呆然と窓を見る。
大きな鳥――と思ったものは、小型の
窓は壁に開けた穴に、戸板を施した実に簡単なものだ。ワイバーンが暴れるたび、跳ね上がった戸板がガタガタと音を立てる。壁が崩れれば、ワイバーンは部屋の中に入ってくるだろう。
「こ、このぉ!!」
カイルが、ルウルウの杖をひっつかんだ。大きく振りかぶり、ワイバーンの頭部を殴りつける。ボコ! と大きな音がする。
「ギャアアアアッ!」
ワイバーンは悲鳴を上げた。窓から首を抜き、壁から離れていく。跳ね上がっていた窓の戸板が、バンと勢いよく戻って閉じる。
「や、やった! やったよ、ルウルウ!」
「いまの……ワイバーン!?」
「ワイバーンって言うんだ!? あ、ルウルウ、杖ありがと!」
カイルがルウルウに杖を返す。杖は無事そうだ。ルウルウはホッとして、混乱していた心を鎮める。しかしいつまでも尻もちをついたままではいられない。
外では人とワイバーンが騒ぐ声がしている。魔獣に襲撃されている――そう理解できた。
「ナディバを襲った魔族の仲間かな……!?」
「ええ~~! ルウルウ、どうしよ!?」
どうするべきか、考えるより先にルウルウは部屋から飛び出した。杖を持ったまま、階段を駆け下りる。怪我人たちの部屋へ急ごうとする。
階段を下りた先に、この建物の玄関がある。木の扉が閉まっているのが見える。
――バン! バンバン!
扉が何度も激しく叩かれる。叩かれたあとに、ガリガリと爪をこするような音がする。ワイバーンが扉を蹴破ろうとしている――と推測できた。
「な、なんだ、なんだ!?」
怪我人のうち、ルウルウが魔法で治した数人が起きてきている。ルウルウは彼らをかばうように前に立った。
「ワイバーンです! 魔獣の襲撃です!!」
「な、なんだって!?」
「怪我してる人を守らなきゃ! 扉の前になにか、家具を持ってきてください!!」
ルウルウの指示のもと、建物内にあった家具が扉の前に積まれる。家具を積むあいだも、扉が何度も大きく叩かれる。だがワイバーンの侵入を許すわけにはいかない。
「……ジェイド!」
建物内にジェイドはいなかった。おそらく様子を見るため、外に出たのだろう。無事かどうかがわからない。
外からは人とワイバーンが争う声がする。空を飛べるワイバーンに対抗するのは、並大抵のことではない。人間側が苦戦を強いられているのがわかる。
「ルウルウ、どうする!?」
「どうしよ……どうしよ……!」
カイルを見て、ルウルウはハッと気づく。
「カイル! 風魔法!」
「お、おう?」
「なんか、こう……竜巻みたいな風、起こせない!?」
ルウルウが身振り手振りで説明すると、カイルは理解したようだ。
「そうか、それでワイバーンを
「うん!」
ふたりはふたたび、二階へと駆け上がる。もといた部屋に入る。
カイルが詠唱を開始する。ルウルウは思い切って窓を開ける。窓の下、中庭で冒険者たちが戦っているのが見えた。
「風魔法で撹乱します! しばらく耐えて!」
ルウルウが叫ぶと同時に、階下で戦っている冒険者たちが口々に伝え合う。ある者は遮蔽物に身を隠し、ある者は屋根の上に登っていく。
「――
カイルが詠唱を完了させる。ルウルウはパッと窓から身を離す。小さな窓からカイルの魔力が飛び、中庭で魔法が発動する。
「ギャアアアアーーッ!」
巻き起こる旋風に、ワイバーンたちが巻き上げられていく。バランスを崩したワイバーンたちは屋根に壁に激突し、地面に落下する。
「よくやった」
屋根の上で旋風に耐えた者がいる。ジェイドだ。その手には、ほかの冒険者から借りた弓矢が握られている。
ジェイドは矢をつがえ、弓を引き絞る。星空に向かって、狙いを定める。旋風が収まっていき、ほとんどのワイバーンが落下している。そんな中、ジェイドが狙う先には――ひときわ大きな、飛竜の影がある。
「外しはしない」
――カァンッ!
高い音とともに、矢が放たれる。闇夜を貫き、大きなワイバーンの喉へと矢が吸い込まれる。そう、竜の弱点たる、逆鱗へと。
――ギャオオオオ!
夜空の果てに断末魔を残して、大きなワイバーンがバランスを崩した。きりもみ回転しながら、街の中へと落下していく。激突音が響き、それっきり静かになる。
中庭から、ワアッと歓声が上がった。ワイバーンと戦っていた冒険者たちの声だ。
「ジェイド! この野郎、やりやがったな!」
「あいつぁ、ワイバーンの親玉だ!」
そう、つまりジェイドが撃ったのはワイバーンのリーダー格だったというわけだ。ワイバーンは通常、群れで行動する。リーダー格の竜が指揮を取り、狩りをする。リーダー格がいなくなれば、統率を失って群れは瓦解する。
ジェイドは油断なく叫んだ。
「安心するな! 怪我人を助けろ! まだ生きているワイバーンに気をつけろ!」
冒険者たちはジェイドに従い、残るワイバーンたちを掃討した。街に落ちたリーダー格も、ほどなくして完全に討伐された。
「ジェイド!」
建物内のバリケードを避けて、ルウルウが飛び出す。そのうしろから、おっかなびっくりカイルがついてくる。
怪我人を介抱していたジェイドが、軽く手を上げた。
「ルウルウ、カイル。ありがとう、助かった」
「よかったぁ……!」
「旦那ぁ~もう僕は生きた心地がしなかったよぉ!」
三人は再会を喜んだ。こうして、冒険前夜が更けていく――。
第3章へつづく