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第3-4話 冒険者という男

 オーブリーが報酬を革袋に入れた。ルウルウは目を丸くする。


「い、いいんですか? あれはギルドに入るための試練で……」

「俺が思っていた以上に、アンタらは働いてくれた。だからその分だ。なぁに、アンタらに払った分は、怪我人どもにツケておくさ。がっはっは!」


 オーブリーが豪快に笑う。ジェイドが苦笑したが、ルウルウは笑っていいのかわからなかった。


「大丈夫だ。そんなに高額でもないし、冒険者なら当たり前に支払うべき治療費かねだ。命が助かったんだ、これからバリバリ稼いで返すだろう」

「そういうものですか……」


 ルウルウにはどこか釈然としない気持ちがあった。困っている人を助けるのは、当たり前のことではないのか。タージュは困っている人を無償で助けることもあった。それと比べると、必ず金品を代償とする冒険者たちのやり方に違和感を覚えてしまう。


「ルウルウ」

「は、はい」

「アンタは善良だ。だから冒険者のやり方に納得しないこともあるだろう」


 オーブリーが諭すように語りかけてくる。


「だが大陸の中は混沌としている。代償を得ずして仕事をすることで、かえって失敗を呼び込むこともあるんだ。仕事をしたら金を得る。これが鉄則だと覚えておくんだな」

「はい……わかりました」


 ルウルウは素直にうなずいた。


「いいねぇ、素直で。素直すぎるくらいだ」


 オーブリーはほほえましそうにそう言って、ジェイドに視線をやる。


「ジェイド、お前さんがちゃんと手綱たづなを握っておいてやるんだ。いいな?」

「わかっている」


 ジェイドがうなずき、オーブリーが快活に笑った。オーブリーは貨幣の入った革袋を、ジェイドに渡した。ルウルウ、カイル、ジェイド――このパーティの中で、ジェイドがリーダーであることを示していた。


 旅の主役はルウルウかもしれない。だがパーティをまとめるとなれば、話は別だ。旅の経験が豊富なジェイドがリーダーになるのが普通だろう。ルウルウにはそれが理解できた。


「旦那、それで準備できそうか?」

「ああ、そうだな」


 当座とりあえずの金は用意できた。冒険の準備をして、旅に出られるだろう。ジェイドがルウルウとカイルに向き直る。


「ルウルウ、カイル。必要な路銀は、道すがら稼ぐことになる。冒険者ギルドの支部を通したり、通さずに直接受けることもあるだろう」

「うん」

「普通、依頼を受ける判断はパーティのリーダーがする。そのリーダーは俺がやる……で、いいよな?」

「僕は異論ないよ」

「わたしも、ない」


 ジェイドは当然のことをきちんと確認してくれる。その誠実さを、ルウルウは好ましく思った。彼が冒険者として頼れる人物であることは、心強い。


「よし、じゃあ街で買い物をする。武器、防具、道具、食料を買うぞ」

「はい!」


 冒険者登録は済み、身分証と通行手形は明日にも発行される。

 それまでに、旅の準備を終えよう――と、三人は街へ繰り出した。


 ジェイドのアドバイスに従い、旅に必要な品を揃える。

 ルウルウもカイルも、短剣を買った。短剣は非常時の護身用だが、日常でも使うことが多い。食料を切ったり、ツタを払ったりするにも使える。便利な道具だ。


 ほかにも革製の防具を買ったり、寝袋を買ったり、携帯食料を買ったり――さきにもらった報酬が、あっという間に少なくなっていく。


「よし、これくらいにしよう」


 ジェイドがそう言って、買い物が終わる。三人は冒険者ギルドに戻った。ギルド内に併設された宿屋に入る。部屋を手配してもらい、やっと落ち着く。


 ジェイドがベッドに地図を広げる。ギルド支部長オーブリーから借りた地図だ。


「食料は五日分ある。ここから四日あれば、西にあるこの街につくな」


 ナディバの街よりすこし先にある街に到着できるらしい。


「この街……カルジラの街にも冒険者ギルドの支部がある。ここで依頼を一件か二件受けて、路銀を稼ごう」

「いい依頼があるといいけど」

「そうだな……」


 カイルの言葉に、ジェイドが考えるような仕草をする。


「ナディバの街が魔族に襲われたせいで、治安が悪くなっているはずだ。治安が悪くなれば、冒険者に依頼したいことも増えるのが普通だ。依頼じたいはあるだろう」


 ジェイドはそう分析する。そして黙って聞いているルウルウに視線をやる。


「ルウルウ? どうした?」

「なんだかすごく……冒険に行くんだ! って気持ちになった」


 ルウルウは胸元に右手をやる。


「不思議な気持ちだね。ドキドキしてて……不安なのに、ワクワクするの」

「そうか」


 ジェイドが笑う。嬉しそうな笑顔だった。


「ルウルウは冒険に向いているのかもしれないな」

「そ、そうかな?」


 ルウルウはすこし照れくさくなる。タージュとともに暮らしていた頃は、冒険に出たいとも思わなかった。それがいま、もっとも困難であろう冒険に旅立とうとしている。不思議な気持ちだ。運命とは数奇なものだ。


「ルウルウ、ワクワクもいいけど気を引き締めていこうよ。治安が悪いだろうって旦那も言ってるし」

「あ、そうか……そうだね」


 カイルの言葉に、ルウルウは表情を引き締める。


「どんな依頼を受けることになるんだろう?」

「そこまではわからないが。あまり難しいものばかりでないことを祈ろう」


 ルウルウの疑問にジェイドが答える。

 冒険者への依頼はさまざまなものがある。ドブさらいから遠方へのお使い、護衛、害獣や魔獣退治――ときには国を揺るがす依頼さえある。


 ルウルウやカイルが初心者であることを鑑みれば、簡単な依頼をこなすことになるだろう。報酬は少ないが、確実に路銀は得られる。


「それじゃあ、今日は早めに寝るぞ。明日の夜明けが来たら、旅立つ」

「はい!」


 まだ眠るには早い時間だ。しかしルウルウは魔法を多く使ったし、ジェイドとカイルも買い出しで疲れたに違いない。用意してもらったベッドに潜り込む。


 宿屋のベッドはふんわりと柔らかかった。ジェイドもカイルも、まもなく寝息を立て始める。やはり疲れていたのか、寝付きがいい。


「……お師匠様」


 布団の中で、ルウルウはつぶやいていた。師匠であり育ての親であるタージュ。彼女を探し、魔王を退ける旅が始まる。期待と不安の旅立ちだ。


 やがて眠ったルウルウの目元には、涙が光っていた。

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