ルウルウはカイルと協力して、怪我人の治療に当たった。
特に容態が悪い怪我人に、魔法で治療を施す。薬で治りそうな者には、薬を調節して施す。軽い怪我の者には、できあがったばかりの傷薬を塗った。
数時間の活動ののち、ルウルウたちにできる治療が終わる。外は夕暮れどきとなり、紅い光が離れの中に射し込んでくる。
「つ、疲れた……!」
「お疲れ様、カイル。ジェイドも……ふたりとも、ありがとう」
離れの暖炉のそばに集まって、ルウルウはジェイドとカイルをねぎらった。ルウルウ自身もかなり疲れている。
治療はルウルウが施したが、冒険者たちの体を起こすには、ジェイドとカイルの補助が不可欠だった。冒険者の大柄な肉体を動かすのは、ルウルウだけではできなかっただろう。
できることが終わった、とオーブリーに告げる。様子を見に来たオーブリーは、安心したようだった。
「医者は明日には来てくれるそうだが……この分なら、手遅れになるヤツは出ないだろうな」
「お医者様は、明日なのですか?」
ルウルウはオーブリーに尋ねる。
「ああ、ナディバから逃げてきたのは冒険者だけじゃねぇ。普通の市民や貴族もいる。この街には医者が多くねぇからな、優先順位があるのさ」
つまりは金払いのいい者――貴族や金持ちから、医者に診てもらえるということだろう。そう言われると、ルウルウの心に釈然としないものが生まれる。
「わたしも……ここの皆さんに優先順位をつけました」
釈然としない気持ちは、自分に向けられたものだ。施せる魔法が限られている以上、痛がっていても回復魔法をかけられなかった者もいる。本当に容態が悪い者を優先した結果だ。だがルウルウは力不足を痛感していた。
「そりゃ仕方ねぇな。誰もあんたを責めないよ」
オーブリーはあっさりとそう言った。
「世の中は仕方ない、でできてんだ。こいつらだって冒険者じゃなかったら、あんたの傷薬すらもらえず、くたばってただろうよ」
「……はい」
ルウルウはコクリとうなずいた。オーブリーが励ましてくれているのがわかった。
「約束だ。冒険者登録ののち、身分証と通行手形を出そう」
「はい、ありがとうございます」
ルウルウはぺこりとお辞儀をした。
「ルウルウ、カイル。とりあえず表の受付で、冒険者登録を済ませてくれ」
オーブリーに連れられて、ルウルウとカイルは表の酒場へと戻る。酒場の奥にあるカウンターが、冒険者ギルドとしての受付らしい。オーブリーは受付の中に立ち、二枚の紙を取り出す。
「こいつが冒険者登録のための書類だ。名前くらいは書けるか?」
「はい。カイルも大丈夫?」
「ああ、大丈夫」
一枚ずつ書類を受け取る。そこには冒険者としての宣誓文が書かれ、署名する欄があった。シンプルな様式の書類だ。
「宣誓文は読めるか?」
ルウルウとカイルはうなずいた。
この世界では、識字率は高くない。文字が読めず、おのれの名前すら署名できない冒険者もいる。だがルウルウとカイルは文字をひととおり読む知識はあった。魔法使いと道化師――どちらも教養が必要だからだろう。
「カイルも文字、読めるんだね」
「へへ、道化師ってホントは貴族が連れ歩く者だからね。文字が読めないと不便なんだ」
カイルは照れくさそうにしたあと、ふと思いついたことがあるらしい。登録の様子を見に来たジェイドに尋ねる。
「そういや、ジェイドの旦那は文字読めるのか?」
「ひととおりはな」
「へえ~! じゃあどこのパーティでも重宝されたんじゃない?」
文字の読めない冒険者と組めば、当然、文字が読める者は有利だ。それを悪用する冒険者もいる。文字の読めない冒険者には偽った報酬を伝え、おのれが多く報酬を受け取る冒険者もいるという。
だがジェイドの性格を考えれば、文字が読めない冒険者相手にペテンをすることもなかっただろう。彼がこのギルドで信頼されている理由がなんとなく察せられた。
「じゃあ報酬ちょっとちょろまかしたり……はしたことない?」
「ない」
カイルの失礼な質問に、ジェイドは即答した。ルウルウはそれが不思議と嬉しかった。親しい者がまっすぐであることは嬉しい。そう思えた。
「俺はよそ者だったからな。信頼を得るには誠実であるしかない」
「そっか~」
ジェイドの言葉に、カイルがなんでもないように答える。
ジェイドはこの西方大陸出身ではない。黒髪と漆黒色の瞳が、東方の血を示している。彼の言う「よそ者」とは、そういうことなのだろう。
「無駄口を叩いてないで、署名しな」
オーブリーに促されて、ルウルウとカイルは宣誓書にペンを走らせる。インクが紙に吸い込まれ、ややあって乾く。宣誓書をオーブリーに差し出す。
「よし、間違いないな。おめでとう、これで諸君らも冒険者だ!」
「ありがとうございます!」
ルウルウはお辞儀をした。オーブリーがうなずく。
「身分証と通行手形は明日の朝にはできあがる。持っていけ」
「はい! よかったぁ……」
ルウルウはホッとした。これで西への旅に出られる、と安心した気持ちになる。
しかし、オーブリーが妙な表情になる。
「ところで、先立つモンはあるのかい?」
「え?」
ルウルウは聞き返してしまった。カイルが表情を固まらせる。ジェイドがため息をつく。
「……おやっさん、なにかいい依頼はないか? 旅立つ前に片付ける」
「そうなるよなぁ」
ジェイドの言葉に、オーブリーがうなずいた。ルウルウはおずおずと尋ねる。
「えっと……つまり」
「金だよ。旅するったって、金がなけりゃなにもできんぞ」
そう言われて、ルウルウはハッとした。思い至らなかった自分が恥ずかしくなる。
長い旅になることは容易に想像できる。旅に出るには、資金が必要だ。旅の途中はもちろん、旅の前に行う準備にすら金はかかる。
だがルウルウは金を持っていない。タージュとの家を焼かれてから、無一文だ。
「そんな顔をしなくてもいい。まずは……今日、冒険者たちを治療してもらった分の報酬を出そう」
そう言ってオーブリーは、貨幣を数枚、小さな革袋に入れた。