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第3-2話 冒険者という男

 ルウルウたちは、冒険者ギルド支部長オーブリーに連れられ、離れにやってきた。離れの建物は二階建てで、ふだんは宿の一部として使われているらしい。


「この中だ」


 オーブリーが扉を開ける。

 中は宿らしく部屋が複数ある。部屋の扉は外されて、中が見えるようになっている。部屋の中は、床に直接シーツが敷かれ、そこに怪我人が多く横たわっていた。


「こ、これは……」

「ナディバの街が魔族に襲撃されたのは知ってるな?」


 オーブリーの問いに、ルウルウはうなずいた。カイルも当然知っており、うなずく。ついてきたジェイドが眉を寄せた。


「ナディバの街の冒険者たちか?」

「ああ、そうだ。ここを頼って落ち延びてきた……という感じだな」


 ナディバはこの周辺でも特に大きな都市である。当然、冒険者ギルドの支部もあり、そこを拠点としていた冒険者も多かった。彼らは拠点であるナディバの街を守るため、魔族との戦いに身を投じた。


 しかし結果は芳しくなかった。魔族の中には、魔族に与した人間の魔法使いもいる。そうした者が放った魔法で、冒険者たちはひどくやられてしまった。多くの者が怪我をして、この街まで逃げてきたという。


「医者も呼んだが、つきっきりで診てもらえるわけじゃねぇ。そこで、だ」


 オーブリーはルウルウを見る。その恐ろしげな視線に、ルウルウは思わずびくっと肩を震わせた。


「聖杯の魔女の弟子さんよ、こいつらの面倒を見てやってくれ」


 ルウルウはあたりを見回す。包帯に血がにじんだ者、横になったまま苦しそうに息をする者、無反応で眠っている者――怪我人たちの容態は、良くなさそうだ。これを全員、面倒を見るのは大変だと想像できた。


「なぁに、完治するまで世話しろってわけじゃねぇ。聖杯の魔女は回復魔法が得意だったろ? ならアンタもできるはずだ。よく見極めて、最低限必要な治療を施してくれりゃいい」


 オーブリーはポンとルウルウの肩を叩いた。


「必要な治療が済んだら、身分証も通行手形も手配してやるよ。やるか?」

「はい! やります……!!」


 ルウルウは抑えた声で、しっかりと返事をした。


 ナディバから落ち延びた冒険者たちに、最低限必要な治療を施す。それができたら、旅に必要な身分証と通行手形が得られる。冒険者ギルド支部長オーブリーの出した条件だった。


 ルウルウはギュッと杖を握った。緊張もするが、高揚感もある。冒険者への――冒険の旅への第一歩だ。


「この支部にある薬草や薬の量を把握したいです。包帯とかも」

「わかった、いいだろう」

「それから……怪我人の皆さんの状態を、見ます」


 オーブリーとジェイドは、薬の備蓄を確認するため、離れを出ていく。


 ルウルウはカイルに手伝わせ、怪我人全員の状態を確認する。怪我人の状態はさまざまだが、特に容態が悪い者を選ぶ。そうした者に、重点的に魔法の治療を施すのだ。

 本当なら選びたくないが、ルウルウとて万能ではない。魔力切れを起こせば、しばらく魔法は使えない。自身に残っている魔力と、怪我人にかけるべき回復魔法を慎重に検討する。


「いまウチで用意できる薬草や薬はこれだけだ」

「ありがとうございます」


 オーブリーとジェイドが戻ってきて、薬の備蓄を示す。ルウルウは薬草の種類を見極める。時間はかかるが、傷薬を作ることができそうだ。平凡な傷薬だが、怪我人たちには必要だろう。


 ルウルウは大鍋を手配させると、離れの中にある暖炉で薬草を炊き始める。水と酒、薬草を炊いて作る、シンプルな傷薬だ。カイルやジェイドに火の番をさせ、おのれは特に容態が悪い怪我人のもとへ向かう。


「うう……ああ……!」

「大丈夫ですよ、これから治療をします」


 うめく怪我人の状態を、ルウルウはよく見極める。怪我人は傷こそ洗われているものの、骨折や裂傷を抱えて容態が悪い。

 ルウルウは怪我人のそばにしゃがみこむ。怪我人はルウルウの気配を感じ取ると、その腕をつかんだ。冷たい手だった。


「きゃ……!?」

「あ……うう……いてぇ……死んじまう……」


 怪我人の絶望的なうめきを聞いて、ルウルウは心が動揺するのを感じた。おびえに似た感情が、ルウルウの胸の中をかき乱す。


「冷静に、ならなきゃ……」


 ルウルウはつぶやき、怪我人の手をそっと外す。杖を持ち直す。姿勢を正して、呪文を唱え始める。回復魔法の呪文だ。ルウルウはおのれの中で慎重に魔力を編み上げる。


「我が願いに応え、慈悲なる奇跡を示せ……!」


 ルウルウの魔力が発光し、怪我人に回復魔法が発動する。みるみるうちに怪我人の吐息が、安らかになっていく。そして怪我人だった冒険者が、ゆっくりと起き上がる。


「おお……痛くねぇ……!」

「よかった……」


 ルウルウはホッと息をついた。成功だ。治療された冒険者が、ルウルウの手をガッと握った。血の気が戻ってきており、先ほどとは異なる温かさがあった。


「ありがとう、あんたは命の恩人だ! 俺の仲間も、助けてやってくれ……!」

「は、はい……!」


 喜ぶ怪我人――冒険者を見て、ルウルウは心底ホッとした。


 ルウルウはいったん、薬草を炊く鍋の様子を見に行く。薬草によく火が通ったら、すりつぶしてさらに煮込み、水分を飛ばす。そうすると、シンプルながら傷によく効く塗り薬ができる。


 忙しく動き回るルウルウを見て、様子を見に来たオーブリーは感心したようだ。


「ただの秘蔵っ子ってこともねぇな。知識と誠意が感じられる」

「ああ、そうだろうな」


 オーブリーは、ジェイドに視線をやる。彼はカイルとともに、薬草を煮込む鍋の様子を見ている。火加減を一定に保つのが、ジェイドとカイルにできることだ。


「なるほど、ジェイド。アンタが入れ込むのもわかる」

「…………」


 ジェイドはなぜか答えなかったが、それはオーブリーにとって答えになっていた。ニヤリと笑い、ジェイドの肩を叩く。


「がんばれよ、色男!」


 ジェイドは形容しがたい感情を含んだ無表情だ。カイルはそれを見て、クスクスと笑っている。

 ジェイドはため息をついた。


「おやっさん。そんなことより、身分証だが……」

「ああ。アンタのはもう用意してある。あとはルウルウとカイルの分だな」

「用意してもらえる!?」


 カイルがパッと表情を明るくする。


「この分なら、用意してやってもいい。まずは冒険者登録だな」


 オーブリーがうなずく。それを聞いて、ジェイドも安堵した様子だ。

 そこへルウルウが顔を出した。薬草を煮込む鍋の様子を見てから、カイルに声をかける。


「うん、大丈夫そう。えっと……カイル、ちょっと手伝って!」

「あいあい! じゃ、旦那、鍋の番任せるわ」

「ああ」


 ジェイドが応じ、ルウルウとカイルは別室へと向かっていった。

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