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第3-1話 冒険者という男

 ルウルウ、ジェイド、そしてカイルは、導きの賢者アシャと別れた。ハーリス山麓から離れ、北西の方角へと向かう。街道は平穏だった。


 ハーリス山の北西には、小さな街があった。街は当然、周辺の村よりも大きく、立ち並ぶ建物も整っている。街の中にはさまざまな店があり、施設があり、そうした中に冒険者ギルドもあった。


 時刻は真っ昼間、ルウルウたちは冒険者ギルドの前に立った。


「あまりキョロキョロせず、俺から離れないように」


 ジェイドはルウルウとカイルにそう告げる。ふたりは緊張気味に、うなずいた。

 冒険者ギルドの扉を、ジェイドが開ける。中から、酒と食物の匂いが混じってただよってくる。お腹が空くような、胸焼けしそうな、そんな混沌とした匂いだ。


 建物の中には、多くの冒険者がいた。ある者は仲間と話をしており、ある者は酒を飲み、ある者は壁に貼られた依頼書を見ている。にぎやかな酒場という印象だった。


 ジェイドが中に入っていき、ルウルウとカイルも続く。


「よお! ジェイドじゃねぇか!」


 いきなり声がかかった。ジェイドは声のした方に視線をやり、軽く手を上げる。そのまま立ち止まらずに、建物の奥へと向かう。ルウルウとカイルは黙ってついていく。


「ジェイド、久しぶり~」

「ねぇ、今度さ、一緒に依頼こなさない?」

「ジェイド! 生きてやがったか! 次は俺たちと組め!」


 中へ進むほどに、さまざまな冒険者たちがジェイドに声をかけてくる。

 ルウルウは目を丸くした。ジェイドが冒険者なのは知っていた。そしてタージュのもとを訪ねてくるとき、ジェイドはひとりで来ることがほとんどだった。そんな彼が、冒険者ギルドではなかなか頼りにされている様子だ。意外な面を見た気がした。


「なんだなんだ! ジェイド、ガキでも拾ってきたのかぁ?」

「まぁな」

「どうしたの、またお人好しが出ちゃったの~?」

「さぁな」


 ジェイドのうしろにルウルウたちがひっついているせいか、そんなことを言ってくる冒険者もいる。ジェイドが曖昧な返事を返して、建物の奥へと進んでいく。


 やがてジェイドは、カウンター席の一番奥へとやってきた。ルウルウたちを座らせ、自分も腰掛ける。カウンターの中から、いかつい中年男が顔を出した。


「おお、ジェイド。生きて戻ったか!」

「ああ、おやっさん。なんとかな」


 ジェイドは中年男を「おやっさん」と呼んだ。「おやっさん」は禿頭で、大岩のようないかつい顔をしている。もし怒れば恐ろしい顔だろうし、もし笑っても恐ろしい愛嬌のある顔に見えるだろう。そんな男だった。


「ルウルウ、カイル。紹介する。この人はギルドの支部長、オーブリー殿だ」

「ほう、ジェイド。この子らは?」


 おやっさん――オーブリーは、ルウルウたちに視線をやる。


「こっちのエルフはカイル。そしてこっちは……タージュ殿の弟子、ルウルウだ」

「なに、タージュ……聖杯の魔女の弟子ぃ?」


 オーブリーがじろりとルウルウを見据える。ルウルウは思わず身をすくませ、杖をぎゅっと握った。まるで雄牛ににらまれたヒヨコだ。


「こりゃ驚いた! ってこたぁ、魔女の秘蔵っ子ってことかい!?」

「ひ……秘蔵っ子?」


 ルウルウはまた目を丸くした。確かにルウルウはろくにタージュのもとを離れたことがない。大切に秘蔵されていた、と言われればそうなのかもしれない。だがそんな褒められたものではない。ルウルウは単なる世間知らずなのだから。


 ジェイドがオーブリーに言った。


「近日中に、俺たちは西へ旅立つ。ギルド発行の身分証と通行手形が欲しい」


 冒険者ギルドが発行する、身分証と通行手形。それらは大陸中を旅するのに、最も役立つものだ。どんな国の関所も、通常ならば通過することができるだろう。


「西へ……か」


 オーブリーはごつい腕を組んだ。ううん、とうなる。


「出してやりてぇのはやまやまだが……つまり、こいつらも冒険者に登録するってことだよな?」


 オーブリーはルウルウとカイルをあごで示す。ルウルウは力強くうなずいたが、カイルは曖昧に「えへ」と笑っただけだった。


「今日初めて登録したヤツに、一番信頼度の高い身分証を与えるのは……難しいぞ」


 オーブリーは当然の話をした。


 「冒険者」は勝手に名乗ってもよい職業ではあるが、ギルドに所属するなら話は違ってくる。ギルドに貢献して信頼を得ることも、ギルドに所属する冒険者の義務である。ルウルウとカイルにはそれがない。


 もし今日、冒険者ギルドに登録したとして――ギルドは、ルウルウたちが真に信頼の置ける冒険者であることを保証できない。ルウルウたちにはなんの功績もないのだから。


「旅の目的はなんだ? タージュの行方でもつかめたのかい?」

「ああ、そうだ。だから探しに行く」


 オーブリーの質問に、ジェイドが答えた。ジェイドは魔王を退ける、とまでは告げなかった。交渉のカードはときに伏せておくことも重要だ。


「聖杯の魔女タージュの行方は、近隣の国でも知りたい者は多い。力になってやりたいが」

「なにが必要だ?」

「まさか……僕ら、ドブさらいから始めないといけないってこと?」


 カイルが心配そうに言う。

 ドブさらいとは、熟練度レベルの一番低い冒険者にあてがわれる依頼しごとだ。初心者でもできて、わずかな金にもなり、市民からの信頼も獲得できる。だが冒険という華がなく、一番嫌われている依頼でもある。


「わ……わたし、ドブさらいでもなんでもします! お願いします!」


 ルウルウは椅子から立ち上がり、オーブリーに頭を下げた。

 冒険者ギルドの身分証が旅の重要なアイテムであることは、ルウルウにも理解できる。それを得られなければ、きっと苦労することも増えるだろう。できることなら、ジェイドに負担をかけたくなかった。


「わかった、わかった。三人とも、こっちへ来な」


 オーブリーは従業員に酒場を任せると、ジェイドとルウルウ、カイルを連れて酒場の裏口へと回る。裏口から出て中庭を通り――離れになっている建物へと向かう。


「ドブさらいはしなくていい。ルウルウといったな。アンタをタージュの弟子と見込んで、試練を課そう」

「は、はいっ!」


 ルウルウは居ずまいを正した。カイルがおずおずと手を挙げる。


「僕は……?」

「ジェイドが連れてきたエルフなら、なんかできるんだろ。ルウルウを手伝うんだ」

「わぁ~、ありがたくて涙が出ちゃう」


 つまりはルウルウとカイルで協力して、なんらかの試練を突破せねばならない、ということだ。ルウルウは気を引き締める。


 オーブリーが離れの建物の扉を開けた。


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