「僕はこれからどうしたらいいか、
エルフの道化師カイルはそう言った。彼は傭兵団リーダーの所有物であり、本来ならば自由の身ではない。どうすべきか、アシャならば導くだろう。
「傭兵団に戻っても難儀するだけや。こいつらを支えたったらええ」
アシャの答えに、カイルは不安そうな表情を浮かべる。傭兵団に戻らなくてもよい――その答えは、カイルが望んでいたようで、恐れていた答えなのかもしれない。
「いいのかな? だって団長ってけっこうおっかなくて……」
「アンタのおった傭兵団は弱体化しとる。帰ったところでろくに金もメシもないじゃろ」
「そ、それはやだなぁ……」
カイルが両腕を組んで、「うーん」とうなった。
アシャが言うなら、そうなのだろう。カイルのいた傭兵団は、ナディバの街で魔族と戦い、痛手をこうむった。負けた傭兵にろくな末路がないのは、容易に想像できる。カイルが戻ったところでそれは変わらない。むしろカイルは苦労することになるだろう。
「わかった! じゃあルウルウたちと行くよ!」
カイルがぽんと膝を叩いた。晴れやかな表情は、思い切った決意を現している。傭兵団から離れ、冒険の旅に身を投じる覚悟をしている。
「カイル……いいの?」
「俺たちと別れて、自由に生きる道もあるんじゃないのか?」
「冷たいこと言わないでよ~! 人買いに売られるような道化師がいきなり寒空の下に放り出されて、なにができるんだよぅ」
言われてみればそうかもしれない。この大陸で自由に生きるには、それなりに能力がいる。腕力も必要だし、知恵も必要だ。ひとりで自由に生きることは難しい。
それならば、ジェイドとルウルウの旅に同行した方が、とりあえず生きていける。ルウルウはともかく、ジェイドには大陸を放浪するための知識がある。つまり頼れるというわけだ。
「僕も、ルウルウとジェイドの旅に同行させてよ! 役に立つよ!! 魔法も使えるんだからね!」
「カイル……ありがとう」
ルウルウの胸の中に喜びが湧いてくる。頼もしい仲間がいる。そのことが嬉しい。
「わたし、魔王と戦う! お師匠様を取り戻す!」
決意を口にして、ルウルウは覚悟を決めた。魔王を探し出し、戦い、師匠タージュを取り戻す。心臓がドキドキと高鳴る。
「運命とようよう向き合うんやで」
「はい!」
アシャの言葉に、ルウルウは力強く返事をした。
アシャが懐から、包みを取り出す。草の大きな葉で、なにかを包んである。それを開いて、中から白っぽい塊を取り出す。ひと
「これを食え。当分の力になるはずや」
ルウルウはアシャを見て、そして思い切って白い塊を口に入れる。もぐ、と噛む。白い塊は柔らかくモチモチとしていて、甘みがある。ルウルウはそれをよく噛んでから、飲み込んだ。
「あの、これは?」
「食べる前に訊くか思うたが、貴様は意外と度胸があるなぁ」
アシャが愉快そうに笑う。ジェイドとカイルが心配そうにルウルウを見ている。
「心配せんでええ。魔力をすこしだけ補充する
「もち……?」
ルウルウには聞き慣れない食べ物だが、たしかに力が湧いてくるような気がする。すぐ魔法を使えと言われたら、何度か発動させられそうだ。
「アシャ様は、不思議な食べ物もお持ちなんですね」
「けっけっけっ、当たり前じゃ」
あたりが明るくなってくる。どうやら夜明けが近いらしい。ルウルウは木々のすきまから、東の空を見上げる。ハーリス山の
「わしの話はこれまでや」
アシャはみずからの膝をポンと打った。ゆっくりと立ち上がる。
「山の雪が解け始める頃には去ろう思てたが、貴様らが来たならもう動いた方がええ」
「それは……魔王に感づかれるからか」
「おうよ。あいつはしつっこいでぇ」
ジェイドの問いに、アシャがニヤリと口角を上げる。
「霊山には魔族が近づかんゆーても、結界があるわけやなし。攻めよ思えば来れるんやで」
「そう……ですか。ごめんなさい、ご迷惑でしたね」
ルウルウは申し訳なく思った。いまいる森はアシャの隠れ家だった。それをルウルウたちが荒らしてしまったのではないか。そう思ってしまう。
アシャは鼻を鳴らして、憎まれ口を叩く。
「ハン。貴様らが魔王に敗れず、逆にいてこましたるのを楽しみにしとるわ」
「アシャ様ったら……」
ルウルウは苦笑した。アシャはルウルウたちが魔王に勝つことを望んでいる。ルウルウたちはそうせねばならないのだ。死力を尽くして、魔王に勝つ。それがやるべきことだ。
「聖杯の魔女タージュの愛弟子、ルウルウ。話せてまぁまぁおもろかったわ」
「ありがとうございます、導きの賢者アシャ様」
ルウルウは右手を差し出した。アシャも応じ、握手を交わす。アシャの手は枯れ木のようだった。だがしっかりとした力を感じた。
「お体に気をつけて」
「けっけっけっ、貴様らもな」
アシャの笑いは気味悪さもあるが、気遣ってくれているのを感じる。
導きの賢者アシャは立ち上がると、ハーリス山に向かって歩き出した。足取りは老女には似つかわしくないほど、しっかりしている。やがて森の木々のむこうへと、姿を消した。
カイルが大きく伸びをする。彼なりにアシャと対峙して緊張していたのかもしれない。ルウルウとジェイドも、どこかホッと息をつく。
「さて……これからハーリス山を離れて、どうするのさ?」
「冒険者ギルドへ向かおう」
カイルの問いに、ジェイドが答えた。
「冒険者ギルド? それってジェイドの……」
「ああ。所属するギルドだ。そこで支度して、旅に出よう」
冒険者ギルド――文字どおり、冒険者たちのための組織である。冒険者の多くが所属し、仲間を募ったり依頼を受けたりするための組織だ。ギルドは冒険者の身元を保証し、冒険者はギルドを通して依頼をこなすことで報酬と信頼を得る。
「ハーリス山から北西の方角に、俺がよく行くギルド支部がある。まずはそこへ行こう」
この森から北西の方角に小さな街があり、そこに冒険者ギルドの支部があるのだという。
「そこ……ベッドある?」
「酒場と宿屋も兼ねているが……?」
カイルが尋ね、ジェイドが怪訝そうに答える。カイルは嬉しそうに腕を伸ばした。
「やった~~!! 久しぶりにベッドで寝られる!!」
「カイルったら……遊びに行くんじゃないんでしょ?」
「わかってる! でもルウルウも柔らかい布団で寝たいでしょ?」
ルウルウは思わずうなずき、カイルがケラケラと笑った。
ジェイドが苦笑する。
「冒険者ギルドに行ったら、ルウルウ、カイル。君たちにも冒険者登録してもらおうと思う」
「おう!」
「……できる、かなぁ?」
ルウルウは一瞬、不安に思う。冒険者といえば、人間・亜人を問わず戦士や魔法使いのうち、特に腕の立つ者たちのイメージがある。タージュに守られて育った
「大丈夫、俺からも事情を話すさ」
ジェイドが頼もしく、おのれの胸を軽く叩いてそう言った。
つづく