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第2-3話 導きの賢者

 導きの賢者アシャは、ルウルウが魔王と戦う運命にあると告げた。


「魔王はどこにいるのでしょうか?」

「そんくらい自分で探さんとあかんで」


 ルウルウの問いに、アシャはにべもなく答えた。ジェイドが眉を寄せる。


「賢者殿……」

「けっけっけっ、冗談や。大陸西方へ行け。西へ行くほどに貴様らには邂逅と受難が待ち受け、魔王の行方もわかるやろ」

「西へ、ですね」


 アシャは、ルウルウたちの道行きに新たな出会いと試練があると言っている。どんな出会いか。どんな試練か。それはまだわからないが、ルウルウには道筋が見えた気がする。

 ルウルウがジェイドを見る。ジェイドはルウルウの視線に応じるように、うなずく。


 アシャがニヤニヤと笑みを浮かべた。


「ほかにきたいことないんか? 例えば貴様の親もわかるぞ」

「親……」


 ルウルウは意外そうに、繰り返した。

 かつてルウルウは孤児だった。タージュに聞いた話では、赤ん坊の頃にタージュの家の前に捨てられていたのだという。実の両親のことを知ること――幼い頃は望んだこともあったが、今ではすっかり考えなくなっていた。


「いいえ、必要ありません」


 ルウルウは首を横に振った。実の両親のことを知れる機会だというのに、胸が踊らない。ただひとつ、その胸を張って言えることがある。


「お師匠様に拾われたのが、わたしの人生の始まりです」


 タージュに出会ったことが、人生の始まり――ルウルウはハッキリそう言った。嘘ではない。本気でそう思っている。自分を捨てた人たちのことより、育ててくれたタージュのことを誇ろうと思う。ルウルウはそう言っている。


「さよか」


 鼻白んだ様子で、アシャが杖を抱え直す。どうやらルウルウの様子は、アシャの望んだものではなかったらしい。ルウルウに興味をなくしたように、アシャはジェイドの方に視線をやった。


「ジェイドというたな。おどれは……」


 アシャがじろりとジェイドを見る。紫色のギョロリとした眼が、ジェイドの漆黒の髪から瞳までを、舐めるような視線で見つめる。ジェイドがいやそうに視線をそらす。


「ふん、ルウルウとは離れがたいようやな。なぁ、色男?」


 なにかを見通したアシャの口角が上がり、ニヤリと笑う。

 ジェイドの頬がわずかに赤みを帯びた。だが、たき火の光ではわかりづらい。ルウルウもカイルも気づいていない。ジェイドの目が、わずかに泳ぐ。

 ルウルウが首をかしげた。


「離れがたい……って?」

「いや、それは……」


 ルウルウの問いに、ジェイドは目を閉じて口ごもる。

 カイルがなにかを悟ったような表情を浮かべる。ニヤッと笑う。


「ふーん……なるほどね」

「なんだ、カイル?」

「いや、まあ……やっぱそういうことなんだなーって」


 カイルがおどけた表情を浮かべて、視線をあさっての方向に向ける。なにかを悟ったのに、とぼけている。ジェイドの眉間のシワが深くなった。

 ルウルウはカイルに尋ねる。聞かずにはいられない。


「なになに? なんの話?」

「あー……ルウルウはまだわかんないんだね。じゃあ、わからない方がいい」

「なにそれ……?」


 ルウルウは眉をハの字に下げて、困惑する。ジェイドがむぅっとした表情を浮かべている。

 ひとつ笑って、アシャがジェイドの腰に下がる剣を示す。


「なんにせよ、魔王退治には戦士のひとりもおらなあかん。貴様がルウルウについていくことで、ルウルウの道も開くじゃろて」


 道、と言われルウルウは考える。魔王を退ける旅――途方もないが、そうせねばならぬ道。もちろん不安はある。命の危険があることも理解できる。だが――頭の中がクリアになっていく。決意が固まる。


「わたし、魔王を倒します」


 ルウルウはそう口にした。後戻りできない道だ。不安とともに、高揚感がルウルウの胸の中に湧く。五里霧中の頼りない心持ちと、まだ見ぬ冒険にワクワクする気持ちが混じっている。不思議な気持ちだ。


「ジェイド」


 ルウルウが真剣な表情で、ジェイドを見る。彼の助力を得られれば、魔王と戦う旅にも光明が見えてくる気がした。なにせジェイドは冒険者だ。こんな難しい旅には慣れているはずだ、とルウルウは思った。


「厳しい旅になると思う。でも……もし、よかったら、わたしと一緒に旅をしてほしい」

「もちろんだ、ルウルウ」


 ジェイドが即答した。ルウルウはホッと安堵する。彼は昔から頼もしい。ルウルウの無理そうな願いも聞いてくれる。それに甘えているわけではないが、頼りにしているのは確かだ。


「ありがとう、ジェイド」


 ルウルウはジェイドに礼を言った。

 アシャが今度は、カイルを杖で指す。


「おうよ。アンタはなんぞ訊きたいことないんか?」


 カイルが、自分か、とおのれを指差す。アシャはうなずいた。カイルは珍しく真剣な表情になって、アシャに尋ねる。


「僕はこれからどうしたらいいか、訊きたい」


 カイルは本来、別の道を行くべき者だ。人買いに売られ、傭兵団のリーダーの所有物だった者だ。傭兵団から離れたいま、どうすべきか。アシャならば答えを出すだろう。そう思われた。

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