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第3-3話 朝日浴びて

 ルウルウ、ジェイド、カイルはハーリス山麓の森に到着した。鬱蒼とした森に、巡礼者の道が続いている。森に入っていく。道を外れないように、歩いていく。


「カイル、賢者がどこにいるか、わかるか?」

「山に近づけば近づくほど、アシャのテリトリーだと思う」

「……山を登り始めても、見つからなかったら?」

「大丈夫、アシャは僕たちのこともお見通しさ。どこかで見てるんじゃない?」


 カイルの気楽な言葉に、ジェイドが呆れたように肩をすくめた。


 森は深かった。大きな樹木が何本も生えている。まだ春先だというのに、深い常緑を保った木々が、ルウルウたちを見つめているようだ。


「もうすぐ、山陰やまかげが森に落ちてくる……野営の準備をしなければ、な」


 ジェイドが木々のすきまから、太陽の角度を見る。まだ日暮れではないが、山際は暗くなってくるのが早い。峻険しゅんけんなハーリス山のそばであれば、なおさらだ。太陽光がさえぎられた森の中を歩くのは、危険だった。


 ジェイドの主導で、ルウルウたちは野営の準備に入った。大きな樹木の影に平たい地面を見つけ、そこに陣取る。焚き火の準備をする。水や食料は、先の村で分けてもらったものだけだ。


 まだ春先の、肌寒い時期である。木の実を取るには季節が早すぎる。山菜はあるが、食べられるようにするには、調理の手間がかかりすぎる。生でかじってもいいが、腹を壊すリスクを考えるとはばかられた。


「ねぇ、ジェイド」


 たき火を囲みながら、ルウルウが尋ねる。


「冒険者のあいだでの導きの賢者って、どういうホラ話なの?」

「そうだな……千里眼でなにもかも見通すとか、不死身の肉体を持っているとか、そういう感じだな。出会って魂を吸われた者もいる、竜をけしかけられた者もいる、という噂もある」


 ジェイドの答えは、いかにも冒険者たちが好みそうなホラ話だった。冒険者たちが憧れ、冒険者たちが苦難する相手として作られた、賢者という虚像。酒場で酒を飲み、その勢いで話が大きくなっていったのかもしれない。


 ルウルウは考え始める。


 ルウルウの師匠であるタージュも、「聖杯の魔女」と呼ばれてずいぶん大変だった時期があるらしい。何十人もの兵士に押しかけられたとか、貴人から金銀財宝を積まれたとか、タージュはずいぶんおもしろい話をしてくれたものだ。タージュの語り口がこれまたユーモラスで、幼いルウルウは夢中になった。


 いま思えば、あれはタージュのホラ話だったのかもしれない。幼子を楽しませる物とてない森の中で、タージュはルウルウを情感豊かに育ててくれた。そう考えると、ルウルウの胸がキュッと痛む。思い出が消えないのはわかる。それでも、場所を失ってしまったことは悲しいことなのだ。


「……ルウルウ?」


 カイルがルウルウの顔を心配そうにのぞきこむ。ルウルウはハッとして、夕食のドライフルーツを口に放り込んだ。モグモグと噛んで、飲み込む。甘酸っぱい風味が、ルウルウを現在に引き戻す。


「カイル、同族のよしみがあると言ったな。アシャはどんな顔をしている?」


 ジェイドがカイルに尋ねる。

 カイルはポリポリと頭を掻いた。黄金色の巻き毛が揺れる。


「うーーん、そうだなぁ」


 カイルは、ジェイドとルウルウを手招きした。ふたりが顔を近づけると、カイルは声をひそめた。


「すっごい小汚い、んだ。醜いと言ってもいいかもしれない」

「……は?」


 カイルの言葉に、ジェイドが怪訝そうに眉を寄せる。ルウルウも首をかしげた。


 エルフ族は本来、種族全体が眉目秀麗という特徴を持っている。第一の神が雲からエルフ族を作ったときに、祝福として絶対的な美しさを与えたのだと伝わっている。


 つまり、小汚く醜いエルフというのは、矛盾した存在だ。


「……それは、ホラ話か?」

「いいや、マジマジ。マジの話よ」


 ジェイドが確かめるように、カイルに尋ねた。カイルはあっけらかんと答える。


「……本当にエルフなのかも怪しくなってきたな」

「いやいや、そういうのもいるんだって! 会えばきっとわかるから!!」


 カイルが大きな声で熱弁するので、ジェイドとルウルウは彼から顔を離す。

 ルウルウはひとつうなずいた。


「カイルが言うなら、きっとそういうエルフもいるんだね」

「ほらぁ~、ルウルウはわかってくれるよな! な! 旦那ぁ!」

「俺だけが頭が硬いみたいな言い方するな」


 三人は顔を見合わせて、ドッと笑った。

 ルウルウは楽しさを感じた。悲しみは心の底に、沈んだまま確かにある。それでも、人は笑う。楽しく話して、焚き火の温かさを分け合って、笑うことができる。


 それを理解すると、ルウルウの瞳が熱くなった。涙があふれそうになり、ルウルウはなんとか我慢した。何度も、目を瞬かせる。


「ルウルウ」


 笑いをおさめたジェイドが、真剣な声で語りかける。


「大丈夫だ。どんな奴が出てきても、油断しない。今度こそ、俺は……」


 次は必ず守る――とジェイドが言ってくれている。ルウルウにもそれが理解できた。ルウルウは確信と嬉しさをこめて、ジェイドにうなずいて見せた。


「信じてる、ジェイド」

「ああ」


 ルウルウは右手をジェイドに差し出した。ジェイドも右手を出し、握手する。彼のゴツゴツとした手が、冷たいような温かいような、不思議な感触を伝える。ジェイドの手は、ルウルウよりもずっと経験豊富で世界を知っている。そんな雰囲気がある。


「ねえ、ジェイド。ジェイドは、賢者さんに聞きたいことはないの?」

「俺か?」


 握手した手を解きながら、ルウルウはジェイドに尋ねた。ジェイドがきょとん、と目を丸くする。漆黒の瞳を伏せて、考え込む。


「……いや、ない」


 しばし考えて、ジェイドはそう結論づけた。彼らしい答えだ、とルウルウは思った。

 カイルが身を乗り出す。


「え、ホントにないの、旦那?」

「タージュ殿のこと、魔王のこと。それはルウルウが訊くべきことだろう。ルウルウが訊いて、俺たちに共有するならなんら問題はない」


 カイルの確認に、ジェイドはそう答えた。道理だ。ルウルウの師匠タージュと魔王の関わりは、弟子であるルウルウが尋ねてこそ、価値がある。


「俺個人で、賢者に聞きたいことはない」

「そうなんだ。ま、旦那らしいっちゃ旦那らしいや」

「そういうカイルはどうなんだ?」

「うーん、そうだなぁ」


 カイルは黄金色の前髪を指に絡め、くるくる回しながら考え始めた。

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