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第3-2話 朝日浴びて

 それからは早かった。ジェイドが村人と交渉し、食料を分けてもらう。カイルの着替えも調達した。いつまでも血痕と矢の穴が残る服は、着ていられない。長袖のシャツと着古したマントを手に入れた。


 ルウルウは村のそばで、薬草を摘んだ。春のまだ早い時分に、その芽を摘める薬草はそう多くはない。それでも傷や腹痛に効く薬草が採れた。布袋の中に入れて持つ。もし使わなくても、そのうちドライハーブになっているはずだ。


 ルウルウがタージュの弟子ということもあり、村人は好意的だった。中には水魔法や回復魔法を見たがる者もいたが、ルウルウは魔力切れを起こしたばかりだ。貴重な魔力の無駄遣いはできない、と断った。その代わり、ルウルウは薬草の使い方を教えて感謝された。


 そうこうするうちに、昼になる。村を出立することになる。


「明日の朝までいればいいのに」


 村人たちは気遣って言ってくれたが、そうもいかない。魔族がルウルウを追ってくるかもしれない。村が襲撃に巻き込まれるかもしれない。それならば、村を発って霊山に近づいた方が安全だ。ジェイドがそう判断した。


 霊山は、単に険しい深山幽谷というわけではない。魔族を寄せ付けない、不思議な力を有しているのだ。ゆえに賢者アシャは住処として、ハーリス山を選んでいるのかもしれない。


 ハーリス山のふもとまでは、一日もかからない。次の夜には、森の中へ入れるだろう。森の中へ入れば、ルウルウも慣れた環境になるだろう。彼女は十八歳になるまでずっと、森の中で育ってきたのだから。


 準備を終えて、ルウルウたちは村を出発した。村人たちが名残惜しそうに、ルウルウに手を振ってくれた。


「ありがとう、さようなら!」


 ルウルウは揃えた装備を背負い、マントをまとって、杖を手にして歩き出した。ジェイドもカイルも、装備を背負っている。マントは村人のお古で、かなり使い込まれているが、暖かかった。


「なぁ、ルウルウ。魔力切れ、大丈夫か?」


 カイルがルウルウの横に並んで、話しかけてくる。

 カイルも魔法使いだ。魔力切れのつらさは、理解しているだろう。


「大丈夫、寝たし、ごはんももらったし……明日には治るよ」

「そう? ならいいけど」


 ジェイドが口を挟む。


「魔力切れを治す薬はないのか?」

「旦那、そりゃ無理なんだ」


 カイルがチッチッチッと、舌を鳴らして指を振る。得意げに解説を始める。


「魔力ってーのは、魔法を使うための体力と同じだ。走りすぎて体力がなくなったヤツに、薬を飲ませてもまた走れるわけじゃない。一番の薬は、休養と栄養ってわけ」


 カイルの言葉に、ルウルウが続ける。


「魔力切れには、回復魔法も効かないしね……」

「そう言われればそうだな」


 ジェイドが納得したように、うなずく。

 ルウルウの言ったとおり、魔力切れを補填する魔法はない。他者から魔力を譲り渡すような魔法も、確立されていないはずだ。つまり現状、魔力切れは自然回復しか方法がない、というわけだ。


「……ルウルウ、本当に大丈夫か?」

「歩くだけなら、問題ないよ。魔力もゆっくりだけど回復していくと思う」


 ジェイドの懸念に、ルウルウは笑って答えた。もともと、ルウルウはレハームの森の中を走り回って育った。鬱蒼とした木々のあいだを走れるし、木にも登れるし、泉で泳げもする。人並みに体力はあるだろう。


「……村の人たちを危険にさらすわけにはいかないし」


 ルウルウはそう言って、うしろを振り返る。前へ進むたび、村が遠くなっていく。北西の方角には、ルウルウが育ったレハームの森があるはずだ。さほど距離は離れていないはずだが、ずいぶん遠くへ来たような気もする。


 これが旅か、とルウルウはぼんやり思った。


「ちくしょう、魔族さえ来なければなぁ」


 カイルがいつのまにか拾った小枝を振りふり、つぶやく。魔族に襲われなければ、ルウルウもこんな旅をしなくてよかったかもしれない。

 ルウルウは心配そうに、自分と同じ境遇の街を思った。


「ナディバの街は、大丈夫かな……」

「いまの俺たちじゃ、知るすべもない。歯がゆいが、アシャを訪ねた結果しだいで、どうするか決めよう」


 ジェイドがそう言って、道を歩く。さきほどの村でも、ナディバの街の状況はまだわかっていなかった。大きな都市同士ならともかく、僻地にある村々への情報の伝わり方は遅い。それが普通のことなのだが。

 正しい状況を把握できない。不安が募るが、やるべきことから進めていくしかない。


「足元、気を付けろ」


 三人が歩く道は、細い。霊山ハーリスへと続く、巡礼者だけが通るような頼りない道だ。前夜まで降っていた雨で、ぬかるんでいる。三人分の足跡がつく。


 道端には、春先の草が芽吹いている。気の早い草には、ささやかな花が咲いているものもある。昇りゆく太陽に照らされて、キラリと光っている。木々の先端にも芽が出て、黄緑色の宝石を飾ったようだ。


「…………」


 ルウルウはその光景を見て、美しいと感じた。こんなときでも、心は自然の美しさを理解している。守るべき家を失った残酷な出来事と、美しい世界とのアンバランスさ。不思議な気持ちにさせられる。


「きれい、だね」

「ルウルウ?」


 ポツリとつぶやいたルウルウに、ジェイドが近寄る。

 ルウルウは続けた。


「綺麗だね、世界は……こんなにもキラキラしてる」


 ジェイドが不安そうな、それでいて安堵したような表情になる。ルウルウの心情をおもんぱかってくれているのだろう。


「行こう、ルウルウ。いいことは……生きていれば、必ずある」

「うん」


 霊山ハーリス山、そのふもとはもうすぐだ。

 昼間の太陽が、ぬかるんだ道をどんどん乾かしていく。空気を温めていく。時折、休憩しながら三人は道を歩いていく。


「ここが、入り口か」


 三人はようやく、ハーリス山のふもとの森に到着した。

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