「導きの賢者に助言をもらうのはどう?」
カイルの提案に、ルウルウは首をかしげた。ジェイドが目を丸くしている。ジェイドが驚いているように、ルウルウには見えた。
ジェイドがカイルに尋ねる。
「導きの賢者を知っているのか?」
「ああ、エルフの……同族のよしみでね。どしたの、そんな顔して?」
ジェイドの驚いた表情に、今度はカイルが首をかしげた。
眉根を寄せたジェイドが、不審そうに、そもそもの話を口にする。
「導きの賢者アシャ……実在するのか?」
「ああー! そうか。冒険者のあいだじゃホラ話なんだっけ」
カイルはポンと手を叩いた。ジェイドが懐疑的な表情のまま、さらに眉をひそめる。
ルウルウはおずおずといった風に、カイルに尋ねる。
「ねえ、導きの賢者アシャって……?」
「ルウルウは知らないのか。僕の知り合いでね。西方大陸のあらゆることを知ってる、世捨て人の賢者がいるのさ。名前をアシャという」
「へぇ……」
カイルの答えに、感心するルウルウ。
西方大陸のあらゆる事柄を知る――というのが本当なら、タージュよりすごい能力を持っているのかもしれない。それは知識なのか、千里眼なのか。ルウルウは興味を持つ。
ジェイドが眉を寄せたまま、言う。
「しかし、アシャはとんでもない悪しき賢者だという噂もあるぞ」
「ああ、アシャは第二の神……いわゆる魔神の信奉者でね。そこんとこで誤解があるのかも」
魔神――第一の創造神のすぐあとに生まれた、第二の神。その神は第一の神の真似をして、泥から亜人たちを造ったという。魔族を造ったのも、魔神だと言われている。第一の神が絶対的な善神とされている一方、魔神は善悪両方を持つ混沌神だとされている。
アシャが魔神の信奉者とすると、やはり混沌とした悪人なのだろうか。
「変わってるけど、悪いヤツじゃないよ」
カイルはあっさりと言った。まるでよく知る友人のことを語っているようだ。
ジェイドが首を横に振る。
「助言を受けたはいいが、代償に命を取られるようなことがあれば厄介だ」
「大丈夫だって! 世間が誤解してるだけなんだって! いいヤツだよ!」
渋るジェイドに、カイルが言い募る。
ふたりのやり取りを見ていると、ルウルウの心が澄み渡ってくる。次にやるべきことがわかるような気がする。
「……わたし、会ってみたい」
「ルウルウ!」
ルウルウの希望に、ジェイドが咎めるような声を上げる。
「魔神の信奉者だぞ? 魔族とどんなつながりを持っているか……」
「わたし、カイルを信じる。導きの賢者って、どこにいるの?」
賢者アシャは悪い者ではないことを信じる。それはカイルを信じるのと同じことだ。ルウルウがそう言うと、カイルが嬉しそうに目を輝かせる。
「ありがとう、ルウルウ! やっぱルウルウはわかってくれるよな! なぁ旦那!」
「俺だけが頭固いような言い方をするな」
「旦那は真面目すぎるんだよ。冒険者とは思えねぇや」
「うるさい」
呆れるジェイドに、カイルが遠慮なく軽口を叩く。ジェイドがカイルを小突く。
「だいたい、賢者はどこにいるんだ?」
「アシャは、この時期は……ちょうどここから東にあるハーリス山のふもとにいる」
カイルが東の方角を指さした。
この村の東には、山脈がそびえている。霊山と称されるハーリス山を中心とする、深山幽谷である。ふもとには、ルウルウが住んでいた森と似た、広大な森林が広がっている。
「ハーリス山のふもと、か。そんな近くに……」
「時期によって、いる場所を変えてるのさ」
「渡り鳥みたいだな」
ジェイドが納得しかねる表情でつぶやく。
ルウルウはジェイドを見つめた。淡青色の瞳が心配そうに、ジェイドの漆黒の瞳を見上げる。
「ジェイド……」
「……わかった、わかった! そんな
ジェイドが降参し、両腕を掲げる。相変わらず彼はルウルウに甘い。
ルウルウとカイルは顔を見合わせて、にんまりと笑った。
「やった! ありがとう、ジェイド!!」
「そうでなくっちゃな、旦那ぁ!」
ルウルウとカイルは、ジェイドの大柄な体に抱きついてはしゃいだ。ジェイドはあきらめたように、肩をすくめる。ルウルウとカイルを引っ剥がし、ジェイドは覚悟を決めたように告げる。
「そうと決まれば、準備をしてこの村を出たほうがいい」
ジェイドが腰に下げた革袋を探る。革袋には丸い貨幣が入っている。西方大陸でよく使われる、金属貨幣だ。わりとどこの国でも通用するので、冒険者たちが重宝しているものだった。
「多くて四日分、というところか」
手持ちの金で揃えられる装備を、ジェイドが計算する。思えば、ルウルウもカイルもろくに所持金がない。あわてて家を飛び出してきたせいもあって、一文無しである。
カイルがもみ手をしながらジェイドに言う。
「へっへっへ、旦那、頼りにしてますよ~」
「君もな、カイル。ちゃんと賢者のところまで案内しろよ」
「合点! おまかせあれ!!」
ジェイドは、言い出しっぺのカイルにその責任を果たせと言っている。カイルはそれを理解しているのかいないのか、わからない態度で敬礼した。