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第2-3話 迫りくる危機

 ルウルウとタージュの家が、焼かれてしまった。

 泣きじゃくるルウルウを、ジェイドが慰めている。


「……ええと……」


 カイルがオロオロと、ジェイドとルウルウの周囲を回る。長い耳殻みみが、ピクピクと動いた。カイルは回るのをやめ、地面から小石を拾う。木立こだちの暗がりに向かって、勢いよく投げる。ゴツ、と鈍い音がする。


 ジェイドがハッと頭を上げる。


「カイル?」

「だ、誰だ!? そこにいるのは!」


 カイルは木立に向かって、叫んだ。木立の奥から、詠唱が聞こえてくる。


「――撹乱かくらんの奇跡を示せ!」

「しま――っ!」


 ジェイドが立ち上がり、カイルを突き飛ばそうとしたが、遅かった。

 バチッと音がして、カイルが頭を大きく揺らす。彼の流麗な顔から表情が消え、中空を見つめる。目の焦点が合わなくなる。


「けひ、けひひひ!」


 カイルが甲高く笑い声を上げた。頭を抱え、ガシガシとかきむしる。瓦礫を拾い、ジェイドたちに襲いかかる。


「カイル!」

「ひぁっはぁーー!!」


 カイルの一撃を、ジェイドは避ける。やむを得ず、ジェイドはカイルを突き飛ばす。カイルが尻もちをついたあいだに、うずくまるルウルウを立たせる。


「ルウルウ!」

「あ……ああ……」

「敵だ! 魔法使いだ! 混乱の魔法を使ってくる!」


 ルウルウはハッと、涙で歪んだ視界であたりを見る。木立の中で、何者かが詠唱しているのを感じ取る。ジェイドは敵だと言った。つまり、ルウルウの家を焼いた犯人ということか。ルウルウの心の中が、澄んでいく。


「ゆる……せない……」


 ルウルウはつぶやいて、杖を強く握った。


「ルウルウ! だめだ!」

「水よ、この世をあまねく閉ざす黒雨となるものよ!」


 ジェイドの制止も効かず、ルウルウもまた詠唱を始める。

 詠唱には体内で魔力を編み上げる重要な役割がある。通常であれば、綺麗に編み上がっていく魔力を感じながら、慎重に唱えるのがよいとされる。


「我が願いに応え!」


 しかし今のルウルウの詠唱は、荒々しいものだった。ルウルウの体内で、竜巻のように魔力が編まれる。彼女の全身に、痛みとも快感ともつかない感覚が走る。


水神鳴みずがみなりの奇跡を示せ!」


 ルウルウは叫び、杖を木立に向けた。編み上がった魔力が放たれる。同時に木立の中から、敵が魔法を放った気配がした。


 ルウルウの魔法が一瞬早く発動する。ルウルウの魔力が迅雷じんらいとなって、敵の放った魔法にぶつかり霧散させる。迅雷はそのまま、木立の中を貫いた。


「ぎゃああああああっ!!」


 木立の暗がりの中から、フラフラと人影が歩み出てくる。人間の魔法使いだ。迅雷に撃たれ、かなりのダメージを負っている。ばたり、と魔法使いは地面に倒れる。


「――あ、あれ?」


 カイルが正気に戻る。手から瓦礫を落とし、キョロキョロとあたりを見回す。


「ジェイドの旦那、僕はなにして……?」

「カイル、ルウルウを頼む!」


 ジェイドはカイルの腕をつかみ、ルウルウのもとへ向かわせる。ルウルウはへたり込み、茫然自失となって荒く息を吐いている。カイルはあわてて、ルウルウのもとへ行く。


 ジェイドは倒れた魔法使いのもとへ走る。ショートソードを抜き、魔法使いに突きつけた。魔法使いは喉元に剣を突きつけられ、怯えた表情を見せた。


「ひい……!」

「答えろ。ナディバを襲った魔族どもの差し金か?」

「……だとしたら……どうするのだ……」

「なぜ俺たちを襲った?」

「命令……だからな……」


 ジェイドの問いに、魔法使いはたどたどしくながら素直に答える。ジェイドは油断なく、周囲の気配も探る。囲まれてはいない。おそらく、朝日が昇って魔族たちは撤退し、人間の魔法使いだけが残ってジェイドたちを狙ったのだろう。


「誰の命令だ、答えろ!」

「ひ、い……! ま、魔王様だ……!」

「魔王、だと?」

「ひ、ひひ、おれを倒したくらいでいい気になるなよ!」


 魔法使いがひきつった顔で笑う。怯えと狂気に満ちた笑みだった。


「お前たちはなぁ! 狙われてんだ! 魔王様に! ざまぁ見ろ! ひひ、ひひひひ!!」

「貴様!」


 ジェイドが締め上げようとすると、魔法使いが叫ぶように笑った。次の瞬間、魔法使いの肉体が青い炎に包まれる。ジェイドはあわてて飛び退く。


「あ……ああ……あが……! ま、魔王様ぁ……魔王様、永遠なれ……!!」


 炎に包まれた魔法使いの口から、魔族をことほぐ言葉が漏れる。


 ジェイドも、ルウルウもカイルも、燃える魔法使いの最期を呆然と見つめる。魔法使いが燃えたのは、三人の能力ではない。魔法使い自身に、自害のための呪いがかかっていたのだ。


 青い炎の中で、魔法使いの肉体が骨になり、灰になってもろもろと崩れ去る。壮絶な最期だった。


「……はぁ」


 ジェイドが唖然とした声でため息をついた。カイルとルウルウの方を向く。


「旦那ぁ……」

「カイル、ルウルウ。怪我はないか」

「あ、ああ。僕は大丈夫。でも、ルウルウが……!」


 カイルはへたり込んだルウルウを抱きしめるように、支えている。ジェイドは二人に近づき、膝をつく。ルウルウの様子を見る。


「ルウルウ、しっかりしろ」


 ジェイドがルウルウの顔をのぞきこむ。ルウルウの顔面は蒼白になっていた。唇から血色が失われ、体を震わせている。


「さむい……ジェイド……わたし……死ぬの……?」

「たぶん魔力切れだ。死にはしない。大丈夫だ」


 ジェイドはルウルウを抱き寄せて、彼女の後頭部をなでた。ルウルウの真珠色の髪が、朝日を反射して美しく輝く。


「大丈夫だ……大丈夫」


 ルウルウを安心させるように、ジェイドは何度もそう言った。やがてルウルウの全身から力が抜け、彼女は意識を失った。


「ルウルウ!」

「大丈夫だ、魔力切れで気を失ってるだけだ」


 ジェイドはルウルウを背負った。ルウルウの杖を、カイルに持たせる。


「とりあえず、無事そうな里に出るぞ。これからのことは、そこで考えよう」

「あ、ああ。そうしよう、旦那」


 ジェイドの言葉に、カイルは同意した。


 ここでまごついているわけにはいかない。夜が来れば、また魔族たちが襲ってくるかもしれない。あるいは魔族に心を奪われた人間が、昼間のうちに襲ってくるかもしれない。この場を離れるのが先決だった。


 ジェイドはルウルウを背負い、カイルとともにその場を離れる。一瞬だけ、ジェイドは焼け跡を振り返った。タージュの家――ルウルウの育った場所は、もうない。守ってやれなかったことが、ジェイドの胸の中で火傷のような痛みを生む。


「……旦那?」

「行こう。朝日があるうちに」


 ジェイドは前方に視線を戻した。もう振り返らない。カイルとともに、歩き出す。ジェイドの背中で眠っているルウルウの体が、ひどく頼りなくジェイドには思えた。

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