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第2-2話 迫りくる危機

 魔族の囲みを突破し、ルウルウたちは山の中へと入っていた。


「よし、まいたか……?」

「ひえっ、ひえっ、ちょっと、ちょっと待って……!」


 ジェイドが後方を確認していると、カイルが情けない声を上げた。カイルの息は上がりきっている。ゼエゼエと荒く息を吐いて、肩を上下に揺らす。


「ぜぇ、ぜぇ、もう、大丈夫そう……?」

「朝までまだ時間がある。どこかへ潜むぞ」

「ど、どこかって……」

「……あ!」


 ルウルウがなにかに気づく。山の深い木々の中に、大きな草むらがぽつんとある。ルウルウの背丈より高い草むらに、ルウルウは入っていく。


「やっぱり……」


 草むらの中は、小さな住処のようになっていた。外からは草むらだが、中に入ると木材や布で草を支えているのがわかる。窓のような穴もある。地面はむき出しだが、踏み固められた固さがある。

 草むらに見せかけた、小屋――ルウルウには心当たりがあった。馴染みの猟師に聞いた話と合致する。


 ジェイドがルウルウに尋ねる。


「なんだ、ここ?」

「たぶん、猟師さんの使う小屋だと思う。夜になったときに泊まるんだって」

「なるほどな。悪いが、使わせてもらおう」

「や……休める~!」


 ジェイドとカイルも、草むらに偽装した小屋に入る。ジェイドは剣帯からショートソードを外し、いつでも抜けるように構える。入口側に座る。

 一方、カイルは小屋の奥に陣取って、どさりと倒れ込んだ。


「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」

「生きててよかった」


 疲労困憊のカイルの背を、ジェイドが軽く叩いた。三人で身を寄せ合うようにして、休む。ひどく寒いが、疲れのせいでルウルウはウトウトとまどろむ。


 山の中を、風が吹き抜けていく。夜闇に包まれた木々が、ザワザワと音を立てる。北風だ。春先の冷たい夜が、時間を緩慢に刻んでいく。


「ん……」


 すきま風のにおいに、ジェイドが鼻をスンと鳴らした。


「なんだ……?」

「……どしたの、ジェイド?」

「わずかに……焦げくさい、ような気がする」


 ジェイドは小屋から出ると、剣帯にショートソードを戻す。そばの木にするりと登っていく。ルウルウも続いた。山野の木に登るくらいなら、ルウルウにもできる。


 ジェイドが木の上から、あたりを見回す。もし魔族が山に火をつけたのなら、さらに逃げねばならない。だがそうではなかった――北の方角、レハームの森の中で火柱が上がっている。赤い炎が黒い煙を上げて、夜空へと立ち昇っていた。

 その様子を、追いかけて登ったルウルウも見ることになる。


「あ……!」


 ルウルウの家が燃えている――と思い至るまで、そう時間はかからなかった。ルウルウは思わず木の上で前に踏み出そうとして、ジェイドに止められる。


「ルウルウ! 落ちるぞ!」

「家が……家が!」


 ルウルウはあわてて、ジェイドを振りほどき、木を降りた。ジェイドが追って降りてくる。なにごとか、とカイルが草むらの小屋から出てくる。

 走り出そうとしたルウルウを、ジェイドが引き止める。


「ダメだ、ルウルウ!」

「だって、だって……!」

「魔族の罠だ、戻ってくるように仕向けてる!」


 ジェイドが断言すると、ルウルウは一瞬、口をつぐむ。ジェイドの言うことはもっともだ。あの火は失火ではない。魔族が、ルウルウの家に火を放ったのだ。ルウルウたちが気づいて戻ってきたところを襲う算段なのは、容易に推測できた。


「あ、あ……!」


 ルウルウの目に涙が溜まる。こうしているあいだにも、家は燃えているだろう。大切な本も、作った薬も、柔らかい寝床も、炎に呑まれているのだろう。焦燥感と悲しさ、そして悔しさが胸の中にあふれる。

 カイルが言いづらそうに、ジェイドに同意する。


「ムチャだよ、ルウルウ。魔族がウヨウヨしてる中に戻るなんて」

「……お願い」


 カイルとジェイドの言うことは、十分に理解できた。だが頭で理解しても、心がついていかない。ルウルウの淡青色の瞳から、大粒の涙がこぼれた。


「ジェイド、お願い……! すこしだけでいいから……!」


 ルウルウの懇願に、ジェイドが頭を抱えた。どうしたらよいか、迷っている。しばしの沈黙ののち、ジェイドが口を開く。


「……朝日がさしたら、戻るぞ」

「旦那ぁ!」


 カイルが悲鳴のような声を上げた。

 ジェイドはそれに応えなかった。戻るべきでないという気持ちと、戻るしかないだろうという気持ちのあいだで、板挟みになった表情だ。

 それでも――戻るというジェイドの判断に、ルウルウは感謝した。


「ありがとう、ジェイド……!」


 草むらに偽装した小屋に、三人で入る。会話はない。夜風の寒さに耐え、朝が来るのをひたすら待つ。時間が経つのが、ひどく遅く感じられた。


「……朝、だ」


 日の出が始まり、あたりがうっすらと明るくなってくる。小屋を出ると、東の空を太陽の光が染め始めているのがわかった。東の方角にある大きな山脈の肌が、白々と照らされている。


「戻るぞ、油断するな」


 ジェイドが言う。すでに火柱と黒煙は見えなくなっている。

 山を降り、レハームの森の中を注意深く進む。焦げくさいにおいが、濃くなっていく。さいわい、魔族には出会わなかった。魔族は朝日が苦手である――と、ジェイドが言ったとおりだ。


 やがて、ルウルウの家がある場所の近くに出る。ルウルウは足を早めた。


「あ……!」


 三人の視界に、燃え落ちた家屋が飛び込んでくる。

 ルウルウの家は、黒い残骸になっていた。屋根が崩れ落ち、柱が焦げ、中にあったものも黒く焼けてしまっている。


「あ、ああ……!」


 ルウルウは湿った地面にへたり込んだ。足腰から力が抜けて、上半身を寒気が震わせる。胃に不快感が襲ってくる。頭がガンガンと痛む。


「あ……う、うう……! うう、う……! ああ……!」


 言葉にならないうめき声を上げ、ルウルウの瞳から涙がこぼれた。淡青色の目から落ちた涙が、地面をさらに濡らしていく。


「あ、あ……! ……なさい……ごめん、なさい……!」


 師匠タージュと過ごした、大切な家を守れなかった。その想いが、ルウルウに詫びの言葉を漏らさせた。


「お師匠様、ごめんなさい……!」

「ルウルウ」

「う、あ、うあああぁぁ……!」


 大きくしゃくりあげて、ルウルウは泣き出した。熱い涙が目からあふれ、朝の北風にさらされて頬の上で冷たくなっていく。


 追いついたジェイドが、ルウルウの前にひざまずく。泣いているルウルウの頭を、抱き寄せた。


「すまん、ルウルウ。俺のせいだ。油断していた」

「あああぁ……! わぁあああぁ……!」


 ジェイドの詫びる言葉に、ルウルウは首を横に振った。振ったものの、なぜそうしたかはルウルウにもわからなかった。ひたすら悲しい気持ちが胸を貫き、ルウルウは泣いた。

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