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第1-5話 夕暮れの中で突然に

「び、美人……?」

「ありゃ、自覚ないか? ルウルウ、あんたは美人だ。なんだったら吟遊詩人風に讃えようか?」


 モグモグとナッツを噛みながら、カイルは大げさに右手を掲げた。


「おお、その白き髪は真珠のごとく、青き瞳は渚の水のごとく……」


 カイルが言うように、ルウルウの髪は白い。老人のような単なる白髪ではない。白い中にごくごく淡い黄色を帯びていて、光の加減でわずかに虹色さえ入る。まさに真珠の色だ。

 また、ルウルウの瞳は淡青色だ。青空の色に似ていて、空の色を映した淡水湖のようでもある。


「白き肌は夜に輝ける月のごとく、その容貌は麗しの女神ショーシャナのごとし……!」

「ええぇぇ……」


 カイルの即興詩に、ルウルウは困惑した。カイルはルウルウの様子は気にせず、気持ちよさそうに続ける。


「おお、美しきルウルウ! その艶美なる名に誉れあれ!」

「そこまでにしとけ」


 ジェイドがやっとカイルを止める。カイルは気にせず、ルウルウに尋ねる。


「どうだった、俺の詩は? あなたにピッタリだったろう?」

「ええと、よくわからない……かな」


 ルウルウは頬を赤らめた。褒められてはいるのだろうが、からかわれている気もする。容姿をここまで讃えられた経験は、ルウルウにはない。恥ずかしいような、照れた気持ちになる。

 カイルが口をとがらせる。


「なんだよー、けっこういい出来だと思ったのに」

「あああ、えっと! お茶、できたね!」


 ルウルウは照れながら、棚へ向かった。カップを三人分、取り出す。

 そんなルウルウの背中を見ながら、カイルがジェイドにささやく。


「旦那ぁ。あなた、ルウルウのこと褒めてやってないのかい?」

「……いつも感謝してる」

「そうじゃなくて」


 ジェイドとカイルが押し問答に入ろうとしたところで、ルウルウが戻ってくる。ヤカンを火から下ろし、中のハーブティーをカップに注ぐ。馥郁ふくいくとした香りが、台所に満ちる。


「はい、あったまるよ、カイル。ジェイドもどうぞ」

「すまんな」

「お、ありがとー!」


 三人でハーブティーを飲み、ナッツやドライフルーツを食べる。温かな暖炉の火が、冷えた肉体を癒やし、濡れた衣服を乾かす。たわいもない会話をする。穏やかな時間が過ぎていく。やがて皆、心地よい疲労感に包まれる。

 ジェイドは疲れた様子はないが、カイルはウトウトとまどろんでいる。


「ふぁ……」


 ルウルウは思わずあくびを漏らした。時刻はおそらく真夜中を過ぎたところだろう。今夜はいろいろなことがありすぎた、とルウルウは思う。寝る前に、干していたジェイドたちの服の様子を見ようと立ち上がる。ルウルウがさわると、ジェイドとカイルの服はほとんど乾いていた。


「ジェイド、服、乾いてるよ」

「――シッ」


 突然、ジェイドがシーツにくるまったまま、立ち上がった。剣帯と、そこに差したショートソードを取る。家の扉の前に移動する。ジェイドは外をうかがうように、扉の前で聞き耳を立てる。


「ど、どしたの?」

「静かに」


 ジェイドに制され、ルウルウは口をつぐんだ。

 しばらく聞き耳を立て、ジェイドが表情を険しくする。


「ひとり、ふたりじゃないな。……ルウルウ」

「う、うん」

「カイルを起こして、服を着させろ。俺の服も頼む」

「……うん!」


 ルウルウはジェイドに彼自身の服を放り投げる。うとうとと眠りかけていたカイルを起こす。彼に服を着させる。


「な、なんだよ~……旦那……」

「カイル、もう立てそうか?」

「あ、ああ。大丈夫、だと思う」


 ジェイドもまた、素早く服を来て革鎧をまとう。カイルの状態を確認し、ルウルウに視線をやる。


「ルウルウ。本当に大事なものだけ持て」

「えっと……」

「囲まれている」


 家が囲まれている、とジェイドは言った。ルウルウは当惑し、家の中に視線をさまよわせる。ジェイドの言う、「大事なもの」は多く置いてある。持てと言われても、瞬時に判断するのは難しかった。


「ジェイド……その、なにが起こって?」

「ここを包囲された。おそらく、魔族だ」


 ジェイドの口調が鋭くなる。彼の表情が、緊急事態を告げている。

 ルウルウの運命が、大きく変わろうとしていた。



 つづく

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