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第1-3話 夕暮れの中で突然に

 ルウルウはジェイドの隣に座っている。暖炉の火が揺れている。


「道化師……って?」


 ルウルウの質問に、ジェイドがシーツにくるまったまま答える。


「王や偉いさんについて、笑わせたり無礼な言をしたりすることが許されているやつだ」

「そんな職があるんだ。……でも、傭兵団に王様がいるの?」

「まぁ、似たようなもんかな。傭兵団の団長がそばに置いていたらしい。純粋なエルフは珍しい。人買いに売られて、傭兵団にたどりついたようだ」

「そうなんだ……」


 ルウルウは、眠っているカイルの顔を見た。


 この大陸で人身売買は珍しいことではない。と、ルウルウは聞いたことはあるが、実際に売られた者を見るのは初めてだった。この少年エルフは、見た目よりずっと苦労人らしい。


「カイルは、風魔法の使い手だ」

「風魔法……なるほど、矢避けの魔法かな?」

「察しがいいな。そのとおりだ」


 ルウルウは妙に納得した。


 矢避けの魔法は、風魔法の基本だ。風を操って、飛んできた矢を防ぐことができる。戦場でかなり役立つ魔法だ。矢避けの魔法を使えるなら、傭兵団もカイルを重宝したことだろう。


「あれ? でも……矢避けの魔法はあったけど、撃たれたんだね」

「それはカイルの落ち度じゃない」


 ルウルウの疑問に、ジェイドが答える。彼の口調は苦虫を噛み潰したようだった。


「今回は魔族の方が一枚上手うわてだった。ナディバの軍も傭兵団も、かなりの被害を出したはずだ」

「出したはずって、なにがあったの?」

「同士討ちだ」

「ええ……!?」


 ルウルウは驚いた。

 ジェイドはさらに苦々しい表情になる。乾き始めた黒髪を、後頭部でひとつにまとめて紐で縛る。フウッと息をひとつ吐く。


「おそらく精神に作用する魔法を使われたんだろう。ナディバの正規軍と傭兵団が、味方同士で戦い始めたんだ」


 魔法にはさまざまな種類がある。火を起こし、水を湧かせ、風を巻き、土を練る。そんな素朴な術から発展に発展を遂げ、他者の肉体や精神に作用する魔法もある。


 ルウルウは推測する。ひとの精神を混乱させる魔法はたしかに存在する。だが一方で、都市を守るために集結した軍すべてを混乱させるには、相当な技量がいる。魔族の軍は、かなり高位の魔法使いを抱えているようだ。


「俺はなんとか、混乱の魔法にはかからなかったようだった。だが、味方の矢がこちらを狙って放たれてな」

「それで……!?」

「やられると思ったが、そこに矢避けの魔法がかかった。カイルがかけてくれたんだ。自分も狙われていたのに、な」


 ジェイドを狙った矢はそれた。矢避けの魔法のおかげだ。ジェイドは難を逃れた。


 一方、ジェイドをかばったカイルは、矢で撃たれてしまった。しかも二本の矢が、カイルの背中に突き立った。ジェイドは魔族との戦闘を諦め、カイルを担いで、戦線を離脱したという。


「俺は同士討ちの輪を突破して、逃げてきたんだ」

「十キルテも、走ってきたの?」

「そうするしかなかった。魔族の包囲網もかなり厚くなっていたようだし」


 ジェイドはおのれの頭を左手で押さえた。非常に困った様子だった。


「はぁ……ギルドの義理を果たしに行ったが、とんだ災難だった。仕方ないことだが」


 ルウルウはなんとなく理解する。


 ジェイドはさっぱりした気質で、どこか生真面目な男だ。今回も、ほかの冒険者が嫌がった依頼を、仕方なく引き受けてしまったのだろう。ジェイドのおかげで、冒険者ギルドは依頼者――おそらくナディバの領主に対して、面目を保ったことだろう。


 結果として、ジェイドは災難に見舞われたわけだが。

 そんなジェイドが、ルウルウを見る。申し訳なさそうな表情だった。


「すまなかった、ルウルウ。驚かせたな」

「ううん」


 ルウルウは首を横に振った。にっこりと笑って、ジェイドに答える。


「ジェイドが無事でよかった」


 ジェイドが、黒い瞳をぱちくりと瞬かせた。そしてぎこちなく暖炉の火を見て、つぶやく。


「いや、本当に……そういうところ、がなぁ」


 モゴモゴとつぶやくジェイド。彼がなにを言いたいのか、ルウルウにはわからなかった。

 ジェイドが意を決したように、ルウルウを見る。漆黒の瞳が、ルウルウを見つめる。


「ルウルウ、君は大事なことを忘れている」

「大事なこと?」

「ああ、とてつもなく大事なことだ」


 ジェイドにそう言われて、ルウルウは考え込んだ。ジェイドと約束したことがあったか。それとも今日作った薬に入れ忘れたものがあったか。あるいは少年エルフの治療に手抜かりがあったか。考えてみて、いずれも違うだろう、と思った。


 考え込むルウルウを見て、ジェイドがため息をついた。

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