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第21話

 新幹線が飯山駅に到着したのは、ちょうどお昼どきだった。


 近代的な駅の改札を抜けると、正面で手を大きく振る明日香ちゃんの姿が見えた。わたしの中で嬉しさが一気に膨らみ、彼女の方へ駆け寄った。


「明日香ちゃん!」


「薫! 元気にしてた!?」


 抱き合って再会を喜んだあと、明日香ちゃんは、少し遅れてわたしの方に近づいてくる人影を見て、目をまんまるにした。


「ちょっと、もしかしてこの人が婚約者!? うわぁ、ありえないくらいイケメン! まさに世紀のイケメン! わが町の美術館に飾ってもいいですか?」


 明日香ちゃんは躊躇なく褒めちぎる。わたしは照れ笑いを浮かべながら、ふたりを紹介した。


「明日香ちゃん、こちらは出雲蓮さん。蓮さん、わたしの小学校からの友達の丸山明日香ちゃん」


「明日香さん、どうぞよろしく」


 明日香ちゃんは両手で頬を覆い、「こんなイケメンに直視されたこともなければ、名前を呼ばれたこともないよ! 薫、わたし今日まで生きててよかったァァァ!」と、大げさに地団駄を踏んだ。


「ところで薫、お昼は食べてないよね?」


「もちろん。明日香ちゃんがいつもの持ってきてくれてると信じて、食べてないよ」


 明日香ちゃんはニンマリ笑って、トートバッグを目の前に掲げた。


「じゃじゃーん! あんたの大好きな生姜とゴマ入りお稲荷さん、持ってきたよ! いつもの場所で食べよう」


「やったぁ!」


「デザートにはシュークリームつくったんだけど、なぜか膨らまなかったんだよね。でも、カスタードは美味しくできたから、無理やり中に詰めてきた」


「シュークリーム、膨らませるの難しいって言うよね」


「うん。でも、何がいけなかったんだろう? 油の温度とかかな?」


「……油の温度?」


 一瞬、頭の上に???が浮かんだあと、わたしは状況を理解した。


「明日香ちゃん、シュークリームって、油で揚げないんだよ?」


 明日香ちゃんは雷に打たれたようなショックを受けた顔で「ええー! そうなの!?」と叫んだ。


  そのとき、ずっと静かだった蓮さんが急にぷっと吹き出し、我慢できないといったようにお腹を抱えて笑い出した。その表情はまるで少年のようで、わたしはまたしても一瞬見とれてしまった。


「ふたりは……コントに出られるね」


 目じりに笑い涙を浮かべながら、蓮さんは言った。


「薫とわたしは、昔からいっつもこんな感じなのよ」


 世紀のイケメンに大ウケされて、明日香ちゃんはわたしの肩に手を回して自慢気に言う。


「わたしが帰省するときはいつも、千曲川が見える丘にピクニックシートを敷いて、明日香ちゃんのお稲荷さんを食べるのが恒例なの。蓮さん、今日のお昼はそれでいい?」


「コーヒーもありまっせ!」


 明日香ちゃんが特大サイズの保温ボトルを差し出す。


「もちろん。仲間に入れてもらえて嬉しいよ」


 蓮さんが本当に喜んでいるのを感じて、わたしの心はほんのり温かくなった。







 千曲川を一望する丘の中腹に、明日香ちゃんは防寒レジャーマットを敷いた。少し狭いけれど3人で座れて、真ん中にお稲荷さんが入ったホーロー容器を置くスペースは十分にある。


「すごい、まさに絶景だ」


 千曲川と広がる平地、それを取り囲む田園風景、さらにその向こうに連なる山々を前に、蓮さんは息をのんでつぶやいた。


 わたしもその隣に立って、懐かしい風景を眺める。


「いいでしょう。ここはわたしたちの秘密の場所。中学の頃、明日香ちゃんと自転車でウロウロしている時に見つけたの」


「秘密の場所に連れてきてくれて、ありがとう」


 蓮さんのお礼の言葉は、いつもわたしをくすぐったい気持ちにさせる。


 わたしのほうこそ、大好きな場所に来てくれてありがとう――そう言おうとした瞬間、明日香ちゃんがわたしたちの間に割って入り、おかんキャラ全開でまくしたてた。


「ちょっとちょっと! ふたりの世界に浸ってるんじゃないわよ! お稲荷さんいっぱいあるから、ほら、食べて食べて!」


 明日香ちゃんは、いつもよりたくさんのお稲荷さんを作ってきてくれた。わたしはこのお稲荷さんが大好きで、いつもお腹いっぱい食べてしまう。嬉しいことに、蓮さんもとても気に入ったようだった。


「これ、すごく美味しい」


「でしょう? うちの母直伝だからね。そういえば何年か前、薫も一緒に母さんのところに習いに来たよね」


「うん。いただいたレシピ、ちゃんと持ってるよ」


「いつも言ってるよね? レシピは持ってるだけじゃ意味ないの。作りなさい、薫」


 明日香ちゃんがピシャリと指摘する。


「うん、作ってほしい。これ本当に美味しい」


 蓮さんも明日香ちゃんに同意して頷く。そんな蓮さんがなんだかかわいく見えて、思わずニコニコしながらわたしも首を縦に振った。


「帰ったらすぐに作ります」


 蓮さんは嬉しそうに笑いながら、わたしと明日香ちゃんの紙コップにコーヒーを注いでくれた。


 お稲荷さんを食べ終わると、明日香ちゃんが例のシュークリーム(?)を無言でそっと差し出してきた。長い付き合いのわたしだから分かる。「黙って食え」ということだ。


 それは、見た目はまるでサーターアンダギーだったけれど、手作りのカスタードがたっぷり入っていて、意外と美味しかった。蓮さんも「これ、シュークリームじゃないけど、海外の郷土菓子みたいで美味しい」とつぶやき、気を良くした明日香ちゃんから2つ目を手渡されていた。


「そういえばさ、薫。去年うちらに取材してたシナリオって、結局どうなったの?」


 何の気なしに、明日香ちゃんが話を振ってくる。まずい。


「ほら、小学校のとき、ダルマストーブでクラス全員分の焼きみかんを作ろうとしたら、全部焦げ付いちゃって先生に怒られたあの話……」


「明日香ちゃん! 今日って飲み会何時からだっけ!?」


 わたしは慌てて明日香ちゃんの話を遮った。そのエピソード、『田舎の生活』で使っちゃってる!


「予約してあるのは7時からだよ」


 明日香ちゃんは話をそらされたことには気づかず、わたしの質問に答えてくれた。


 そっと蓮さんの方を盗み見ると、彼は両手の指を組んで顎の下に当てて、思案顔をしている。これ……まずいかも。


 わたしは焦り、何とか彼の考えを別の方向に向けようと、つくり笑いを浮かべながら言った。


「そうそう、今日来る和樹ってね、小学生のころから高校まで、ずっと大好きだった人なの。久しぶりに会うの緊張するなぁ!」


 言った瞬間、光の速さで後悔が襲ってきた。何を言ってるんだ、わたし。


 明日香ちゃんも蓮さんも、一時停止されたかのように動きが止まった。


 そして僅かな沈黙のあと、蓮さんが口を開いた。


「へぇ、ぜひ聞きたいな、その話」


 気のせいだろうか、いつもより少しダークモードな蓮さんが降臨している気がする。


 助けを求めて明日香ちゃんを見ると、片手で頭を抱えて「だめだこりゃ」的なポーズを取っている。


「小学校から高校までって、10年くらい? ふうん、長いね。よっぽど好きだったんだね」


 何だか、いつものあっさりとした蓮さんじゃない。


 なんと言えばいいかわからないわたしに代わり、明日香ちゃんがため息をひとつついて説明してくれた。


「和樹は、わたしたちの幼馴染なんだけど、めちゃくちゃいいヤツで、サッカー部のエースだったから、すごくモテたんだよ。薫と付き合ったのも一瞬だけだったよね?」


「4日です……」


 高校の卒業式の4日前、わたしは勇気を出して和樹に告白し、OKをもらった。そのときは天にも昇るような気持ちだったのに、卒業式の日、和樹は学校一かわいいと評判の後輩に第2ボタンをねだられて、わたしはあっさり振られてしまったのだ。


 明日香ちゃんは、3つ目のサーターアンダギー風シュークリームに手を伸ばしながら話を続けた。


「結局、和樹は卒業して離れ離れになっちゃったから、その後輩とも1ヶ月くらいしか続かなかったみたいだよ。でも、薫はラッキーだった! もし付き合ってたら、薫は東京の大学、和樹は名古屋の大学で遠距離恋愛になって、お金も時間も相当かかってただろうし」


 わたしは頷いた。頷いてから気づいた。


 そういえば、サッカー部のモテモテの幼馴染、『田舎の生活』にも登場させてたんだった……。初恋エピソードとしては描いていないけれど。


 今の話を蓮さんが、『田舎の生活』と関連付けて考えないといいけれど……。そう思いながら、彼の方をちらりと見ると、蓮さんはいつも通りの笑顔をわたしたちに向けていた。


「話してくれてありがとう」


 そのとき、一瞬だけ垣間見えた蓮さんの好戦的な表情は……いや、きっとわたしの見間違いだ。うん、きっと。

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