――ふーっ、と息を吐く。
『どうしたのよ』
シス子の質問に、「ナイショ」とだけ答え。
俺は目の前の、自分にしか見えない半透明な画面を操作し。
「ほら、始まるぜ」
『何がよ――』
「人体錬成」
答えると同時に、それは始まった。
――ズモモモモッ、グチュッ、ベキバキッ、グキッ。
どこからともなく人体を構成するパーツが飛んできてぐちゅぐちゅと自動で組み上がっていく様は、とても俺の語彙力では描ききれるものではなかった。冒涜的とはまさにこのことなのだろうか。
この様を文章に起こせるような作家は、おそらく正気度がゼロを割っていると思うし、それを読んだ方もひどく気分を害するに違いない。
まあ、要するにこんな描写を書く気にはなれなかったので、擬音だけで勘弁してほしい。
――そして三時間が経過した。そろそろ時間らしい。
半透明の画面に映った無数の黒いウィンドウが全て自動で閉じる。
「――ん……ここ、は……? なんだか重いわね……動作クロックが低下しているのかしら」
部屋の中央。赤い目をこすって起き上がる、赤い髪の少女。俺はニヤニヤとしながらその様子を陰から見守る。
「それか、メモリ不足か……よっこら、え? ……なんか描写精度バグってない? 8K……いや、それ以上? 声の響きもおかしい気が……え、まさか」
何かを感づいたように、少女は自分の全身を、そして部屋の質感を確かめるように触れて。
「おかしい……触覚フィードバックがリアルすぎるわ。そもそも『そんな機能』なかったはずなのに……さっきから『宿主』の声も聞こえないし……」
彼女の青ざめる顔。……かわいそうなのでそろそろネタばらしをするとしよう。
思い立つが早いか、俺は部屋の押し入れの中からばっと飛び出した。
「……」
「……やあ。宿主の奉景だよ」
なお、少女は裸であった。
「ぎゃあああああああ!」
彼女――いままでシス子と呼んでいた少女の、すごい悲鳴が宮廷中に響き渡った。
*
「……また女の子を増やしましたね、せんせー」
ジト目で俺を睨み付ける、久々に後宮に遊びに来たラン。
「ほんと、ちっちゃい子ばかりを侍らせて。呆れますわ」
あきれ顔でため息をつく、野次馬の朔月。
「え、僕のこと覚えてるよね?」
関係ないレモン。
「……まず状況を説明してほしいんだけど」
そして、レモンが以前着てたミニスカメイド服をひとまず着せられたシス子。もといフレア。
四人の少女を前に、俺はひとつひとつ説明することにした。
事の発端は、転生ポイントを使うことを提案された場面。
あのとき、系統樹のようになっていた画面の真ん中辺りに「サポートシステム子機作成」という項目を見つけたのがきっかけだった。
サポートシステムの子機。サポートシステムとは十中八九シス子と呼んでいた脳内の声のことだろうし、子機ということはつまり「サポートシステムが直接扱える端末」のことを言うのだろう。直感的に理解した。
「というわけで条件満たしてやってみた」
「そんなに気軽にやっちゃったんだ!?」
驚愕するレモン。「やんなきゃわかんないだろうし」と言い訳する俺。
「それだけで、あたしをこんな肉の器に押し込めたわけ?」
なんて唇をとがらせるフレア……やっぱりシス子って呼ぶか。シス子の頬に触れて。
「それに、お前に触れたいって思ったから、さ」
「~~~~ッ」
「暖かいや。触れられて良かった」
顔を赤くするシス子。かわいい。
……それを見て頬を膨らますランもかわいいし、目を覆うレモンも初々しくてかわいい。ここは天国か。
「目がスケベですの」
朔月の言い放った言葉は的を射てそのまま宙に消えていった。
「これで転生ポイントを使うことで――俺が『元の世界』に帰れる可能性も上がったはずだしな」
その一言で、空間に緊張が走る。
……俺、なんか悪いことでも言ったか?
まあいいか。
「さて、書かなきゃ。そろそろプロットを作らないと……皇妃選抜に間に合わねぇ」
なんとなく気まずいような雰囲気をかき消すように、俺は伸びをする。
そのときだった。
「……着信ね。転生ポイントの画面を開きなさい」
シス子が言う。
「お、おう」
その言葉通りに半透明の画面を開くと、ずっと見ていなかった電話の受話器マーク。
画面の表層に指を滑らせて電話を取る。
脳内に声がする。
元々の奉景だと、電話口の女は言った。
「――はい、ええ……あの子……ああ、元気だよ。そっちは……ああ、そうか。大丈夫ならいいや。……よろしくって、待てよ、おい。待てって! 待って――」
俺のうわごとのような言葉に、疑問符を浮かべる少女たち。
嫌な予感がした。
「……朔月。自室に戻ってくれ。レモン、シス子。ランを送って、それからレモンの自室へ――」
「どうしたのよ。あたしもそばに――」
「いいからッ」
おそらくその剣幕に、シス子すら引いたのだろう。
渋々、といったように、各々俺の言ったとおりに行動する。
誰も居なくなった部屋。
過呼吸になりそうだった呼吸を無理矢理押し込めて、俺は筆を執る。
書こうとした。書こうとした。
書けばこの気持ちも昇華できると思った。
書けばこのわだかまりも忘れられると思った。
書けば。書けば。書けば。書かねば。
呼吸音が響く中、俺はふと思った。思ってしまった。
「あれ? 俺、なんで書いてるんだっけ」
『――繋がった。なるほど、脳内への通信は出来るのね』
「あ、れ……シス子。なんで」
『一人になりたかったのはわかるけど――重要で、残念なお知らせが来たわ』
「……なに?」
訳もなくあふれ出る涙。もう、悟ってしまっていたのかもしれない。
そんな様子を知ってか知らずか。
『――あの世界との
彼女は告げた。
『あなたは、もう元の世界には戻れない』