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#33 光の差す方へ


『それ、叶えられるわよ』


 シス子の声がした。

「何のことだ」

『身体のことよ』

「……どういうことだ」

 潰れた声で尋ねる。

 彼女はそんな俺を一瞥したかのように。

「――ねぇ、この世界に来た日のこと、覚えてる?」

 そう尋ねてきた。


「……どのことだかわからねぇな。あの日は情報量が多い」

『特に、あの……一緒にお風呂入ったときのこと!』

「あのときは結構戸惑ったなー。なんていうか、女の胸ってこんなに柔らかくて重いものだったんだなって初めて解った気がしたよ」

『へー。やっぱりそんなに大きいと重いものなんだー……大変なものなのね。――って、そうじゃなくって!』

 見事なノリツッコミを決めつつ、わめくシス子。からかうのはここまでにするとして。

「で、なんのことだ?」

『転生ポイントのことよ』

 …………。

「なんだっけ、それ」

 俺の問いに、シス子は大きくため息をついた。

『あのとき説明したじゃない。――貯めるとスキルやアイテムと交換できたり、願いを叶えたりするポイントのことよ』

「あ…………あー、あったなそういうの」

 そう、俺はその存在を完全に忘れていた。

『あなたのポイントはいま、七千五百ポイント程度がたまっている状態よ』

「ななせんごひゃく……」

 えーっと、確か五千ポイント貯めると帰れるんだよな? ということは――

「え、もうとっくに帰れるじゃん」

 そう告げると、シス子は申し訳なさそうに告げる。

『……残念ながら、叶えられる願いにも上限があってね。叶えていくたびに上限が解放されて、いつか帰れるようになるって仕組みだったんだけど……』

 いままでその存在を忘却していて、当然叶えた願いはゼロ。

 そう都合のいい話もあるわけなかった。

「最初に言っておけよそういう話は……。で、そのポイントがどうしたんだ?」

 尋ねると、彼女はまたため息をついた。


『だーかーらっ! そのポイントで自分の風邪も治したらって話!』


 ようやく合点がいった。

『正直、あなたの風邪――いや、毒はこの世界の医療技術では手に負えないレベルよ。放置したらそのまま死に至るわ』

「マジかよ」

『でも、その『願い』を使えば、確実に治るわ。しかも、願いの上限も上げられる。どう? 悪い話じゃないと思うのだけれど』

 その提案に、俺は乗ろうとして――。


 ……あれ、そうまでして生きたい理由ってあるか?


 フラッシュバックする過去。

 この世界に来て、いいことなんてあったか?

 フラッシュバックする過去。

 俺なんて、所詮は偽物なのに。

 フラッシュバックする過去。

 批判されるべき人間なのに。

 フラッシュバックする過去。

 俺なんて。

 フラッシュバックする過去。

 俺、なんて――。

 フラッシュバックする過去。


『お前自身が思うより、ずっと価値のある人間だということさ』


 昨日言われた言葉が、なんか妙に胸に残って。

「……生きていても、いいんですか」


『胸に手を当てて、よーく考えなさいな。――あたしは、あんたに生きててほしい。それだけよ』


    *


 あれから、しばらくの時間が経った。

 ぼんやりとする頭の中、渦巻くのは渾然とした思考。

「……転生ポイント、かぁ」

 誰も何も話しかけてきやしない。一人きりの空間。


 やるべきことはたくさんあったと思う。

 ひとつひとつを思い出す気にはなれなかった。もう何もかもを投げ出してしまいたかった。


 生きててほしいとか、そんなこと言うなよ。

 俺は、この世界の『異物』なんだから。

 ――本来、生きていてはいけない人間なのだから。

 死者だから。死人だから。

 居場所なんて、ないはずだから。


「俺の代わりなんて――」

 誰でもいい。そう思う。けど。


『お前自身が思うより、ずっと価値のある人間だということさ』

『あたしは、あんたに生きててほしい。それだけよ』


「ああ、クソ」

 わだかまりは募っていくばかりだった。


 体育座り。足と足の間に顔を埋めた。

「誰か、助けてよ――」

 独り呟く言葉。……俺らしくないのなんて、わかってる。

 わかってても、どうしようもなかった。


『……そろそろ、決めなさいよ』

 声がした。

 うじうじ悩んで、どれくらいの時間が経ったのだろう。

 窓の外はもう暗くて。

 息を吐いた。吐いた息は白かった。


「確認だけど」

 そう切り出すと、彼女は『なによ。転生ポイントの仕様のことなら――』と口走り始める。それを遮るように、俺は。

「俺って、ここに居てもいいのかな」

 そう尋ねる。

 しばらく無音になった後、彼女は大きく笑い出した。

「なにがおかしい」

『なにもかもよ! ……居てもいいに決まってるわ、ばーか』

 清々しいほどの笑い声に、俺は少しだけ目を伏せて。


「ポイント、使うよ」

『そう。……ありがと』


 目の前に半透明の板が浮かぶ。

 その表層には、パソコンのウィンドウのような画面が広がる。

『系統樹のようになっている部分の、一番根元。そこをタップして――』

 半ば直感的に操作した。そうして目的の画面にたどり着く。


「願望ランク一、二千五百ポイント。――病毒治癒。はい、いいえ」

 その画面に書いてあることを復唱し、俺は少しだけためらう。

 ――これで、いいんだよな。

『いいのよ。……やっちゃいなさい』

 シス子の後押しに、俺は一つ深呼吸をして――「はい」に指を置いた。


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