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#閑06 三人目の廃妃


「そういえば、さ」

 ある日。俺は当然のように俺の部屋に居座っていた朔月に尋ねる。

「廃妃って俺たち以外にももう一人いるんだっけ」

「そうですわね……」

「そいつってどんな人なの?」

 そんなことを聞くと、朔月は露骨にいやな顔をして。

「……それ、聞いてしまいますの?」

 と、渋る。

 そんなにいやなやつなのか……?

「そういえば、あたしも見たことないわ」

 朔月の隣にいたギャルのおねーさんもそう言って……

「……って、誰!?」

「私の専属使用人の第荘ダイソウですわ」

 知らなかったんだけど!

 戸惑う俺に、彼女は「まー最近入ったばっかだからねー」と茶化すように告げる。

「平民出身のくせに、なかなか話のわかるやつですのよ」

「ははっ、ご主人様ってばよく言うじゃん! あんがとー!」

 朔月にすっごくラフに接するそのダイソーとやら。……百均の名前にしか聞こえないが、まあいいや。

「で、何の話してたんだっけ」

「もう一人の廃妃の話」

「あー……そうですわ」

 朔月はまたいやな顔をして、大きなため息をついた。

「あの子は――」


 そのとき。

 バンっと大きな音がした。

 音源の方を見ると――ドアが突き破られていて。

 土煙の奥から、人影が見えた。

 灰色の髪を長く伸ばした、英国式の格式高そうなメイド服をまとった美人なお姉さん。

「二人とも、お久しぶり。くたばれビッ○、マザー○ァッカー――だそうです」

「挨拶が派手すぎやしないかなぁ!」

 叫ぶ俺。あっけにとられる朔月。大笑いしている第荘さん。「ただいまー……あれ?」ちょうど散歩から帰ってきたレモン。

「……なにこのちっこいの」

 レモンが驚いたように、メイド服の女性の背後を指さす。

「やめてあげてください。……灼苑シャクエン様は知らない人が苦手ですので」

 ――どうやら、三人目の廃妃は彼女――の後ろにいる小さな女の子らしい。


「……彼女がもう一人の廃妃、灼苑ですわ」

 メイド服の女性の隣に、ちょこんと座る赤褐色の髪をした小さな女の子。朔月は間違いなくその小さな女の子の方を指して言っていた。

「え、間違いじゃないの?」

 聞き直すが。

「間違ってませんわよ。弱冠八歳にして自立式機械人形オートマタを作り上げ、その年の皇妃の座を勝ち取った天才人形作家、灼苑とはまさにこの方ですわ」

「すごい人じゃん」

 どうやら間違いではないらしい。


「で、なんで廃妃になっちまったんだ?」


 俺が尋ねると――え、なんでみんなしてドン引きしてんの。

「……奉景ちゃんさー、デリカシー無いねってよく言われない?」

 第荘さんの言葉。俺は失言を悟った。

 あわてて灼苑ちゃんの方を見る。……当の本人はきょとんとしていた。

「…………てか、それ聞いちゃうんだー」

 周りの人からすると、結構話したくない話題だったらしい。

「え、結構有名なの?」

「……この芹矢セリヤから説明いたしましょう」

 灼苑の傍らにいたメイド服の人が立ち上がる。やめろ、やめてくださいまし、という声も聞かずに、彼女は嬉々として主人の武勇を語り始めた。


「端的に申し上げますと、灼苑様は皇帝様の大ファンでして」

「ファンは良いじゃないか」

「好きすぎて、夜這いを仕掛けてしまうほどに」

「ファンはファンでも厄介ファンじゃないか!」


 あの皇帝の人柄からして、きっとこんな小さな子を手にかける(性的に)ということはしないだろう。絶対に。

「自分から皇帝のものをしごき、口に入れ、あまつさえ――」

「やめろ! 聞きたくない! 絶対に七歳児がやっていいことじゃない!」

「――要は皇帝に対して夜這いを仕掛けたという逸話はこの国ではあまりにも有名です」

「逸話だよな⁉」

「ほとんどすべて事実ですが」

「逸話であってくれよ頼むから!」

 絶望する俺。絶句するレモン。そのほかの面々はみんなこの「逸話」を知っていたようだったが、それでも「あー……やっちまったかー……」みたいな何とも言えない雰囲気が漂っていた。

 なお、その「逸話」を生み出した本人はというと。


「こーてーさまのおちん×ん、おいしかった、よ……。んふふ、こーてーさま……しゅきぃ……」


 自分の世界に入りながら、その「事実」を裏付ける証言を口にしていた。というかしゃべれるんかい。

 俺の部屋は一時の阿鼻叫喚に包まれた。


     *


「誰も話したくない理由が分かった……」

 そりゃ廃妃になるわけだ。牢屋にぶち込まれても仕方ないレベルのことなのに後宮への隔離一年で済んだのは、もはや皇帝が甘すぎるということに他ならないと思う。

 ため息をついて、俺は目の前の皇帝逆レ○プ少女を見据えながら。

「で、なんでこんなところに来たんだ?」

 尋ねる俺。こしょこしょと従者――芹矢さんに耳打ちする灼苑。芹矢さんは「これは、自分の言葉で伝えてみては?」と告げて。

 彼女はこくりと頷いて。

「……せんせんふこく、なの」

 突然俺に、彫刻刀を向けた。

 喉元に突きつけられた刃物にひゅっと息をひそめる俺。


「こうひせんばつ、まけないから」


 俺は目をしばたかせ、思い知る。

 彼女も、創作者なのだ。

 創作者としてのプライドが、俺たちに負けることを拒んでいるのだ。

「こうていさまのおち×ちんを手にするのは、わたし、なの」

 ……創作者としてのプライド、だよな?

 ともかく、俺はニッと笑い。


「おう! 絶対負けねぇからな!」


 そう、宣言したのだった。


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